2度目の7月8日
先月の梅雨を引きずって突入した7月。
「総悟、今年は何が欲しい?」
ストレートな質問は実に近藤さんらしい。
「そうですねィ、ちょいと副長の座を一つ二つ」
「はっはっは、ちゃんと考えて置けよ〜。当日は宴会だからな〜」
「へーい」
◇◇◇
「近藤さん、今年も屯所で騒ぐのか?」
「当たり前だろう!総悟の誕生日だぞ」
「・・・・・・小娘がいるのに?」
「あ・・・・・・あ、じゃあちゃんも一緒に・・・・・・」
「そういう問題じゃないだろ」
◇◇◇
そういえば誕生日だった。
当然、思い出すのはの姿。
去年は教えてなかったから仕方がないとして、その分きっちり体に教え込んだはずだ。
それなのに全く音沙汰がないのはなぜだろう。
直球で聞いて来いとは言わない。
だけど多少挙動不審になっても良さそうじゃないか。
それなのに、俺自身が思い出さないくらい普段通りの様子だった。
「あ、沖田隊長。お嬢ですよ」
見回り中、部下が報告する。
いちいち報告するなとか、それでも反射的に視線を向けてしまうのがいけないんだとか、あれがお嬢ってタマかよとか、色んな言葉が頭を巡り、しかしパブロフの犬よろしく今日も示された方向を向いてしまう。
視線の先に捉えたのは大荷物を抱えた姿。
肩掛けタイプの大きな鞄を持ち斜め前方を歩いていた。
見慣れないその姿は、例えるなら、そう―――このまま旅にでも出られそうな・・・・・・
◇◇◇
「っ!」
「ん?――あっ!隊長さん、いいところに」
「隊長さん、じゃねーよ。なんだ夜逃げかィ?」
「??白昼何言ってんだ?」
「うるせィ」
呼びかけに振り向いたは、ぱっと音がしそうな笑顔を咲かせた。
可愛いなーと初めの頃は自分でドン引きしていたような感想も1年も経ってしまえば、息をするのと変わらない自然さで浮かんでくる。
だというのに1年以上経っても未だに「隊長さん」と呼ばれるのはどういうことだろう。
「良かった、見つかって」
「見つけたのは俺でィ。どっか行くのか?」
急いでいるらしく歩みは止めないまま。
この方角は駅だ。
「これから本業で出張なんだ」
「・・・・・・いつまで?」
事も無げに目的を告げられ、どこに?とかそんな話聞いてないとか、今会えなかったら黙って出ていくつもりだったのかとか、色んな文句が頭によぎるが口から出たのは一番重要な質問。
「んー・・・早くて1週間、遅くても10日後には帰れるはず」
1週間。
つまり俺の誕生日には間に合わないことは確定。
「今回は珍しく報酬が期待できそうなんだ〜」
ウキウキ話すに気づいた様子はない。
完璧に一週間後何があるか覚えていない様子だ。
落胆は隠せない。
だけどまあ、誕生日だと騒ぐ年でもないかと思い直す。
直そうとした。
(そうは言っても俺まだ十代じゃねェか。近藤さんは覚えててくれたのに・・・・・・まあ俺も言われるまで忘れてたけど)
モヤモヤと納得行かない感情を渦巻かせた俺に、すでに仕事モードなは気づかない。
しかも今回は報酬付きらしい。
仕事量から考えると可哀想なくらい儲けの少ないの本業を考えると、この浮かれようは仕方がないかもしれない。
結局、誕生日だということは告げられないまま、お土産は八橋な〜と呑気に言っているを見送った。
◇◇◇
(やべェ、俺超大人じゃね?)
7月8日。
我ながら立派な対応だったと思い出しつつも、今頃遠い地で俺のことなどさっぱり忘れて仕事に励んでいるであろうを思うと、一言でいいから俺の誕生日はガン無視か?とでも言ってやれば良かったかと後悔もする。
今日は残すところ後30分。
携帯も持たないと音信不通になってからすでに5日。
帰ってくるまでまだ2日もある。
(よし、俺の誕生日祝いに携帯を持たせよう。俺直通の。あ、でもラブ定額廃止になったんだよな・・・・・・家族割りはまだ早ェし)
「ん?」
名案が浮かんだその時。
スパンっと小気味良い音がしたかと思うと、小さな塊が飛び込んできた。
それは襖を投げ開いた勢いのまま、飛びついてくる。
「総悟ーっ、良かった間に合ったー!!!」
飛びかかられた勢いを殺し損ね、後頭部を畳に強打した。
そして倒れた俺に馬乗りになった侵入者は続ける。
「ごめんな?わざとじゃなくてすっかり忘れてたんだ。いや、5月ごろまでは覚えてたんだけど気がついたら7月になってたって言うか気分的にまだ6月じゃね?みたいな」
「〜〜っ、とりあえずどけ」
「あ、ごめん」
腹から降り、ちょこんと脇に正座する。
決まり悪そうに見上げてくる瞳をあえて無視して乱れた服を正す。
部屋の端には投げ捨てられた旅行鞄がひっくり返っていた。
「あっ!そうだ、プレゼント!」
妙にテンションの高いがかわいそうな鞄をずるずると引き寄せる。
がさごそと中身をひっくり返す姿を眺めながら、俺は頬が弛むのを止められなかった。
結局要約すると「忘れていた」わけで。
しかしどんな経緯でか思い出してくれたらしい。
だっては「お土産」ではなく「プレゼント」と言っていた。
「あった!じゃ〜ん―――見て見て、かわいくね?」
「・・・・・・」
目の前にぶら下げられたのはむき身のマスコット。
携帯ストラップだ。
白いはんぺんみたいな動物(?)が浅葱色の羽織りを着ている。
「・・・・・・なんでィこりゃ」
「ご当地ステファン」
「・・・・・・どうも」
完璧土産じゃねェか。
なんて口にすることは叶わず、帰り道土産物屋で急いで買った気配がゆらゆらと見え隠れするそれを渋々受け取る。
ふに、とも、ぷにょ、とも形容しがたい不思議な感触。
無表情な瞳が正直気持ち悪い。
「ちゃんと着けろよ〜」
「いやでィ」
「なんでだよ、かわいいじゃん」
「かわいいか?これ」
着けろ着けろと期待を込めた視線で刺してくるから仕方なく、携帯を取り出し何もないホルダーに括り付ける。
一応仮にも隊の支給品であった携帯の威厳は完璧に粉砕された。
一方、ふにゃっ笑っていたは突然弾かれたように正気に戻り、部屋の中を見回した。
そしてある一点で止まる。
「あっぶねー・・・・・・なんか色々めちゃくちゃでごめんな」
そして何やら謝罪の言葉と共ににじり寄ってきたかと思うと、首に腕が回され一気に距離が縮まる。
「誕生日おめでと」
本日最上級の笑顔で紡がれた「う」の音は俺の口内に消えていった。