Sakata-ke

:4-4



―――・・、ごめんな」

猫の額よりももっとずっと小さなの額を、自分のそれにコツンと当てる。ぴとり、と眉間に触れる手のひらのあたたかさに胸が詰まった、ふくふくとした頬をつたう熱い涙の破壊力と言ったら限界突破を繰り返したアルテマウェポンにも引けを取らない。最終兵器だ、今ならきっとATフィールドだって素手でこじ開けられる。

「・・にしても、お前ずいぶん遠くまで来たなァ。あのパチンコ屋から結構距離あん、ぞ・・・・・・・」

銀ちゃんばっかりズルイネ、早くをこちらに渡すヨロシ!、とぎゃんぎゃん喚いている神楽の頭を空いている片手で押さえながら、これまでの三時間プラスこの先一週間分のを充電していた銀時だが、不意に開けた視界にまぶたを開けた。くるんとはねた銀髪の一束をにぎった妖精が人ごみの一角を指差している、その延長線上にいたのは見慣れた・・というか、見飽きた黒服。

「「なんでテメーがこんな所にいんだよ、」」

目の前の人間から発せられた一言一句違わぬ言葉に、互いが眉を吊り上げる。

「ンなとこぷらぷらしてねーで、市民のために働いたらどうなんですかァー、この税金泥棒ども」
「そーゆーセリフは税金まともに払ってる奴が言うセリフなんだよ、顔洗って出直して来いダメ人間」
「顔ぐらいちゃんと洗ってますゥ、昨日の朝ちゃんと洗いましたァー」「毎朝洗えェエエエエ!」

顔を突き合わせて怒鳴りあう銀時と土方、やがて土方は銀時の手のひらにちょこんと座り、その白髪天パをにぎるチビに気がついた。きょときょと見上げる視線が不思議そうに二人のあいだを行き来している。

「おい、そのチビはお前んとこのか?」
「あ? ・・ちょ、何、多串くん。気持ち悪い目でのこと見んのやめてもらえる?」
「お前にだけは気持ち悪い目とか言われたくねーよ、つーか質問に答えろ。じゃねーと誘拐容疑で、」

銀時の目の前を掠めたのは白銀の風だった、ザァッと駆け抜けていく霞が一瞬彼の視界を奪う。――さて、間違い探しだ。目の前には妖怪ニコチンコとサディスティック星の王子、銀時の隣にはを独占していたことに対する怒りをドSへのそれへすり替えた神楽。妖怪ニコチンコは口にくわえた煙草から紫煙を上げ、腰には一振りの刀を差している。ドSも同様に刀を引っさげ、手には虫取り網。番傘を折りたたみ、発射準備を既に整えている神楽に、片方の手を袖の中に仕舞いこみ、もう片手の小指で鼻をほじる銀時。・・・・・・・『ドSも同様に刀を引っさげ、手には虫取り網』? 『片方の手を袖の中に仕舞いこみ、もう片手の小指で鼻をほじる俺』?

「総悟がテメーらぶった斬るぜ」

沖田が片手に携えた虫取り網がもぞもぞと動いている、どうやら何かを捕らえたらしい・・・・・・・・・・さァてこのクソガキ、どんな目に遭わせてくれようか。

を返すヨロシ。さもないとドタマに風穴開けてくれるネ」
? 知らねェなァ、コイツの名前は サド丸にじゅう・・・・・32号でさァ」
「自分で付けた名前間違うアホに任せられるわけねーだろ、さっさと返せ」

沖田はつまらなそうに眉をひそめ、くちびるをわずかに尖らせている。自分ばかりに向けられる敵意が納得いかないらしい、更に言うなら虫取り網の中のそれが銀時たちの声のするほうへ全力の逃走を図ろうとしていることも気に食わないらしい。むっつりと押し黙る沖田を見て取った土方は、白煙とともにため息をつく。

「おい万事屋、あのチビはなんなんだ」
「・・さァな。詳しいこたァわからん、どっかの星の天人だろうとは思うが」
「・・・知らねェってのかよ」
がどこの天人だろーと関係ねェんだよ、俺らにとっちゃ」

ヒュンッ、と空を裂いたのは銀時の腰にくくりつけられていた木刀だった、鋭い一閃が網の付け根をばっさり切り裂く。沖田が呆気に取られたその一瞬の隙をつくように、は弾丸さながらの素早さで網を潜り抜けた。チラリとも後ろを振り返ることなく銀時の懐にもぐりこんだそれはどうやら、足を抱え込んでまあるくなっているらしい、帯で留められている一張羅の懐がちょうどテニスボールくらいの大きさにぽっこりふくれている。木刀をいつものように腰にぶら下げ、当たり前のように懐に腕を突っ込んだ銀時はにやんと笑う。

「ウ・チ・の・がどーもお世話になりまして」
「・・フン、税金泥棒もたまには役に立つこともあるネ」
「こらこら神楽ちゃん、“たまには” なんて本当のこと言っちゃダメでしょーが」
「それもそうアルな、げはははは」

ゲラゲラと高笑いをあげながらその場を去っていく大小の背中に、マシンガンなりバズーカなりをぶっ放してやりたい衝動を必死に押さえ込みながらチラと視線を隣に流した土方は、そこで見てはならないものを見た。クツクツと押し殺した笑いで肩を揺らすサディスティック星の王子――土方はこの日二度目の合掌で彼らを見送る、確率として限りなくゼロに近い冥福を祈って。



「・・・・・・あいつ、そんな怒ってんの?」

不意に耳を掠めた低い声に、神楽はふと顔を上げる。見上げた傘の隙間にのぞく まるでダメなおとこ 略してマダオは、死んだ魚のような目から殊更生気を抜いてぼやぼやと前を向いていた。神楽の知る坂田銀時というマダオは、来るもの拒まず去るもの追わずというぐだぐだに受動的な格好をしてみせるマダオだが、そのくせ寂しがりで構ってもらいたがりのマダオである。どうやらそれを自覚していないあたり手が焼けるなぁ、と神楽は思う。大人のプライドってやつなんじゃない?、とは新八の言葉だ、銀さんは絶対認めないだろうけどね、というのも新八の言葉だ。自分たち二人がそんなふうに思っているということを知ったら、このマダオはどんな顔をするだろう。

だからせめて神楽は “あいつ” というのが誰のことなのかピンと来ていないの前で、なけなしのプライドを立ててやることに決めている。

「怒り狂ってたヨ、きっと帰るころにはツノ生えてるアル」
「マジでか」

いつもと同じように、銀時の頭の上に座り込んだの姿を神楽は見ることができない。けれど、なんでもねぇよ、と笑みを含んだ銀時の言葉から推察することはできる。・・まったくもって手が焼けるマダオだ、あんな切羽詰った声で電話を寄越してくるぐらいなら、はじめからパチンコ屋になんぞ連れて行かなければいいのに。けれどそこでそうするからこそ、いま神楽のとなりをのそのそ歩いているのは銀時なのだ。このあと新八にこっぴどく叱られても、きっと来週くらいには同じことを繰り返そうとするのだろう。まったくもってオツムの出来のかわいそうなマダオだ、こうはなりたくないなぁと思う。切実に。

「この先三ヶ月はお風呂権ナシにするって言ってたネ」
「・・・マジでか」

ウサギは寂しいと死んでしまうのだと聞いたことがある。それが本当のことなのか、それともただのウワサに過ぎないのか神楽はよく知らない、ただその話を聞いたときに銀ちゃんみたいだなぁと思ったことは鮮明に覚えている。一匹を家の中で見かけたら他に最低二十匹は家の中にいると言われる長い触角が特徴のテラテラした昆虫頭文字Gのように、凄まじいまでの繁殖力・・・・・・違う違う、妙にしぶとい生命力を持った銀時のことだ、実際にどうこうなるとはとてもじゃないが思えない。ただその時、目の前にいるのは神楽の知る銀時ではないのではないかという、ひどくぼんやりした、けれど確信にも似た予感がある。・・だとしたらやはり、ウサギは寂しさで死んでしまうのだろう、きっと。

だから神楽は何も言わない、本当ならを腕に抱えて、心配でおろおろうろうろした挙句きっと部屋の大掃除でもし始めているだろう新八にその安否を一刻も早く伝えたい。けれど、この先三ヶ月とまではいかずとも、最短でも一週間はと隔離されるであろうマダオが死んでしまわないように。神楽は亀の歩みよりものろまな、ぐずぐずでだらだらした足取りに付き合ってやる。――まったく、なんて世話の焼ける。


鍵のない鳥篭


novel / next

鍵のない鳥篭 ... ジャベリン
writing date  090324    up date  090513
今期アニ銀EDでみんなが坂田家に目覚めればいいと本気で思っている。