Vitamin X :04
We are Super Supriment Boys
「みずきーっ、がっこ行こー!」
玄関先から轟く隣人の声に、斑目瑞希はまたうとうとし始めていた意識を覚醒させた。姉さんの作ってくれる朝食も食べたし歯も磨いたし今日の準備ももうしてある、あとは隣においてあるランドセルを背負って立ち上がるだけなのだが、頭の隅に残っているとろとろした眠気のせいでそれがひどく億劫だ。ん・・、と喉の奥で低く唸った瑞希には、のあのテンションがどうしても理解できない。いつも半分眠っているような自分をあっちこっちに引っ張りまわすあのバイタリティーはどこから生まれてくるのだろう。
「おはようございます、はづきさん!」
「おはよう。今日もちゃんは元気一杯ね」
「はい! それだけがとりえですから!」
――・・人の姉に全力で取り入ろうとするその図太さも、瑞希には理解できない。
「・・・・・朝からうるさい・・」
「こら瑞希、せっかくいつも迎えにきてくれてるのに・・」
「・・・別に、たのんでない・・」
「はづきさんにたのまれたんですぅ、みずきのいけんは聞いてませーん」
瑞希がのそのそと靴を履くあいだに、トゲーはとあいさつをする。瑞希が許可を出すより早く、好奇心を募らせたトゲーがの腕に渡ったのは数週間前。はじめはトゲーの存在を胸ポケットに忍ばせて学校に通っていた瑞希だが、が堂々とトゲーを顔にはりつけて教室に入って以来当たり前のように連れて歩いている。担任である南先生も、はじめこそ目を丸くしたものの今では 「おはよう瑞希くん」 の前に 「おはようトゲー」 と言うことがある始末だ、あの先生も見た目を裏切って実にたくましい。
「じゃあ姉さん・・いって、きます」
「いってきます、はづきさん!」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
瑞希の服の袖をにぎって歩く背中を前に、彼は小さくため息をつく。
瑞希は他人に触れられるのがきらいだ。いつでもどこでも立ったままでも眠ってしまうのは瑞希の性分だが、誰かが触れようとすればその気配でハッと目を覚ましてしまう。清春と瞬が繰り広げるど突き漫才などもってのほか、翼と一の妙にべたべたした感じも謹んで辞退する。・・瑞希のそんな心うちを読み取ったのか姉から聞いたのか、それとも転校初日、じゃれて抱きついてこようとする風門寺を反射的に振り払ってしまったのが効いているのか。は自分の行くところ行くところに瑞希を引きずっていこうとする割に、彼の手を取ることだけは絶対にしない。
「おーいみずきぃー、ちゃんと起きてるかー?」
「・・・・・・・ぐぅ・・、」
「ったく。もう着くから、ねるなら学校でねろよ。歩きながらはほんとあぶないって」
「・・・・・・んー・・」
「だめだコリャ」
袖口を引っ張られるばかりでくたりと力なく折れた瑞希の手に、の指が一瞬触れる。
「・・・・・・・・、」
「ん、呼んだ?」
「・・・靴ひも、ほどけてる。あぶない」
「うあ、ほんとだ。ごめんみずき、ちょっと先行ってて」
フッと離れる指先、軽くなる腕。瑞希はその場に立ち止まったまま、右手の喪失感について考える。喪失感
――なんだか不思議と物足りない感じ、おもしろくない感じ。肩の上にするすると登ってきたトゲーが、へ渡る橋が上がっていることに対して不満を訴えている。
「・・・・・・・・・・・うん・・」
「・・・・みず、き? なにしてんの?」
「・・・・うん」
「いや、“うん” じゃなくて。え、何、今日の寝グセそんなひどい?」
しゃがみこむの頭のてっぺんを、瑞希のてのひらがそよそよ撫でる。
「・・・・うん。・・なんかもう、だいばくはつって感じ」
「まじでか。そりゃまずいな」
きゅっと眉根を寄せ、眉間に皺を寄せて立ち上がったの前に瑞希は手を差し出す。予想通りのきょとんとした顔、夜のような瞳をぱちぱちと瞬かせたは、自身の前に差し出された手と瑞希の無表情とを見比べてこてんと首を傾げた。やはり彼女は、自分が他人に触れられるのを忌避していることに気付いているらしい、まあるい瞳が 「・・いいの?」 と問いかけている。
「・・・・・・ねむい・・、・・・・ぐぅ」
「あのなァみずき、ねるならせめて学校で・・・・・はー、ダメだこりゃ」
パシッと瑞希の手をつかんだ一回り小さな手を、瑞希はそおっと握りかえす。てのひらに溶けていく体温が事のほか心地よくて、彼は半分閉じかけたまぶたの下で瞳をとろりと細めた。・・やっぱりは、おかしな子だね。瑞希の呟きを受け取るはずのトゲーは、さっさと橋を渡ってその首すじにぺたりとはりついている。通学路にやわらかく響くくすぐったいと笑う声と呆れ混じりのため息、トゲーの鳴き声。
「ちィーっす、てェなわけでキヨハル様さーんじょー! キシシシッ」
もはやトレードマークと化した巨大ウォーターガンを背負い、ガシャコン!と慣れた手付きで銃身に水を充填させた清春は、彼らの横に並ぶと同時に片方の眉を吊り上げた。驚いたように悪戯な瞳を二、三度瞬かせた清春は、次の瞬間新たなオモチャを見つけたような顔でにたりと口の端を歪める。下唇を赤い舌がぺろりと舐め、その間から白い歯がのぞく。
「ンだァ? 手ェなんかつないじまって、お前らラブラブだなッ!」
クラッシャーキヨハルの異名を持つ彼は、おませな同級生たちの淡く幼い恋心をブチ壊すことにかけても定評がある。
「・・・・うらやましい? 清春」
「え、らぶらぶ・・って、何、どゆこと?」 とひとり首を傾げているは捨て置くとして、ぼそぼそと、しかし思いのほかしっかりした声で囁かれた言葉に清春は目を丸くする。真っ白のトカゲを連れて歩く、無口で何を考えているのやらさっぱり読めないこの風変わりな転校生はどうやら、清春の望む反応を返してくれるつもりはないらしい。・・おっもしろくねェな、吐き捨てるように小さく呟いた清春は、それでも唇の端を凶悪に吊り上げる。
「ハッ、それ言うならカベにしろっつーの! オレ様こんな女男にキョーミねェし!」
「・・・・そう?」
「そーなんだよ、分かったかァ?マダラ。・・・ぜったい忘れんじゃねェぞ」
「・・ん・・・、わかった」
「
―――・・思うに、“それ” は・・ジャマではないのか?」
「・・・んー?」
小学校卒業まで、残すところあと一週間。公立の中学校に進む子もいれば別の私立に進む子もいるクラス内は、目前に迫った別れのときを前に妙に浮き足立っている。それぞれが用意したノートにコメントを寄せたり、色紙に寄書きをしたためたりこっそり写真を撮ったり、これまでほとんど経験することのなかった別離に対し、準備は着々と進んでいた。
「なに、じゃあ瞬が代わりにもらってくれんの?」
「いや・・それは勘弁してくれ」
「・・・・・僕だって・・やだ」
迫り来る別離はたちにも同様に訪れる。国内でも有名なブルジョワ校、私立聖帝学園中等部への進学を決めた翼ら六人とは対照的に、は自転車で通える近くの公立中学校へ進むことを決めた。そんなの机はいかにも可愛らしいノートで埋まり、一言コメントを書き込むので忙しい。
「バカ瞬、ジャマに決まってんだろー! これじゃ身動きとれねっつの」
「・・・・・・ひどい、・・僕のこと邪魔って言った・・・・・・しくしく」
「ジャマなもんをジャマと言って何が悪い。・・んっとに、はなれろよ瑞希!」
「やだ」
椅子に座ってノートに言葉を書き込むと、背もたれ越しに彼女の肩に両腕をまきつける瑞希。寝る子は育つという言葉が示すとおり、何をするわけでもないのにぐんぐん伸びた瑞希のタッパは、のそれを優に超えている。座るとその頭のてっぺんにあごを乗せ、とろりと表情をたゆませる瑞希のセットは遠目に見ていて微笑ましいものがあるが、抱えられているの眉間に刻まれた深い皺が不満を如実に訴えていた。動きにくい上に重い。邪魔だ、ジャマ以外の何物でもない。
「あははっ、最近のミズキはずっとこーだね」
「ゴロー、こいつホント何とかしてくんない? うっとーしいんだけど」
「・・っひどい、鬱陶しいだなんて・・・・・うぅっ」
「あーあ、がそんなこと言うからミズキぽぺら泣いちゃったじゃーん」
「ゴローと瑞希のうそ泣きにはもうだまされません」
「・・・・・・ちっ」
「おい瑞希、お前いま舌打ちしたろ」
はじめの数日はも抵抗した。休み時間になるたびに頭ひとつ分大きな同級生にぴとりと纏わりつかれてそのままにしておけるわけもない、しかしその抵抗もまったくもって意味を成さず、基本的に面倒くさがりなが諦めるのも時間の問題だったわけである。
「・・でも、ゴロちゃんもミズキの気持ち・・ちょっとわかるよ」
「はぁあ? ゴローまで何言ってんの」
「だって、もうお別れなんだよ? とゴロちゃんたち・・」
ノートから顔を上げたは、しゅんと俯く悟郎を前に決まり悪そうに頬を掻いた。
「まァ・・そら確かにそーだけど・・・、」
「あと一週間しかないんだもん、ミズキはといっしょにいたいんだよ」
「そう、悟郎の言うとおり・・・充電・・・今のうち」
ぎゅうっと強くなった瑞希の腕に、は複雑なかおをする。邪魔なものはジャマだ、けれどそう言われてしまうと邪険に扱うのも気が引ける。
――が、やはりどうにも邪魔くさい。
「・・・・・家、となりなのに?」
「うん。ダメ・・・それじゃ、足りない」
「はぁ
――・・、もう勝手にして」
「ん、じゃあ・・そうする」
「・・・・・あれって、注意したほうがいいのかしら・・? でもちゃんも本当に嫌がってるわけじゃなさそうだし・・なんだか子犬がじゃれてるみたいに見えなくもないけど、でもあれで一応男の子と女の子だし・・問題なのは二人が男の子同士に見えちゃうことよね、ちゃんが悟郎くんみたいな格好してたら全力で止めに行くのにっ。・・・まぁ、二人ともなんだかんだ言って楽しそうだし、今はいっか!」
「永田っ、永田ぁああああっ! “押してだめなら引いてみろ” 作戦、まったく意味がないではないか! 見ろ、あの瑞希のしあわせそーな顔を・・っ、あんなにべったりくっついて、なんて羨まし・・・・・ゴホン。大体もだ、嫌ならどうしてもっとはっきり嫌がらない? だから瑞希がどんどん調子に乗っていくというのがなぜ分からん! くっ・・待っていろ、今すぐ俺がお前を助け出して・・・・・・・・ってなぜこんなところに White snake!?」
amabile
novel
amabile ... アマービレ (伊) / 愛らしく、柔和に(曲想)
writing date 090614 up date 090615
もうツバサをかっこよく書ける気がしない。