Gundam Meisters

SS



――・・っていう、夢を見たんだ」

背中の真ん中辺りまで長さのある髪はにとって数少ない自慢の一つだけれど、ヘルメットをかぶるときには邪魔で邪魔で仕方ない。ゴムと髪留めでそれを纏め上げるときはいつだって、今度こそばっさり切ってやろうと思う。ティエリアと同じか、それよりも短く。けれどその決意はいつだって、ロックオンの言葉でうやむやになる。

「ほんと、の髪はキレーだな。羨ましいぜ」

は自身の人生の中で、ロックオンほど人を褒めるのが上手な人を見たことがない。彼女の人生はソレスタルビーイングという小さな箱庭で培われたひどく矮小なものだけれど、それが彼女にとっての全てで、セカイの形。彼女は、これから自分たちが変革を促そうとしている世界について、ほとんど何も知らなかった。自身の知らない世界がどれだけ醜く、どれだけねじれていて、どれだけ愚かしいのか。にはその実感がない。トレミーからでもいいし、ガンダムのコックピットからでもいい。宇宙から眺める地球はいつだって、彼女の目に美しく見える。

「下らない」

既にノーマルスーツに着替えていたティエリアは、声に分かりやすい侮蔑を滲ませてそう吐き捨てた。脇に抱えた彼自身のヘルメットを、苛立たしげにコツコツと爪で叩く音が響く。自分とティエリアの二人しかいないこの部屋は、静寂が支配している。無音。初めて地球に降りたとき、なによりもまず驚いたのは音の多さだった。音に酔う――無意識的に取捨選択が出来るようになるまでずっと、気持ち悪さに悩まされた事実をは忘れない。そうすることで初めて知った、無音の淋しさも。

「・・だよな、ほんとそう思う」

夢の中で自分は大学生だった。猫を飼って、一人暮らしを満喫していた。ゆるやかに流れる時間の中で行われる日々の営み、つつがない日常。隣人との間に起こった、些細ないさかいと時間をかけた相互理解。



馬 鹿 馬 鹿 し い に も 程 が あ る 。





知らされぬ真実と一部の人間にとって都合のいい虚構を鵜呑みにし、日々の平穏をいたずらに食い潰す民衆。自国の利益追求のために他国の人間の命を掃いて捨て、脆弱なプライドを積み上げていくばかりの国家。張りぼての平和と偽りの夢――私がガンダムマイスターになったのは、それらすべてを破壊するためだ。この手で。

「・・それとも、」

低重力に設定されているトレミー内部で、ティエリアの体はふわりと床を離れる。の頭のすぐ横――鈍い音と共にティエリアの片手が壁に触れた。見上げた深紅は冷徹で、射抜くような光を湛えている。はいつだってそれを綺麗だと思う。人形のような美貌の少年に宿る、ひどく人間らしい負の感情。凄烈なそれ。見上げる深紅には視線を惹きつける力がある。圧倒的なほどに。

「この期に及んで、現実逃避でもするつもりか 
「・・そんなつもりじゃあ、なかったんだけど」

は一歩を踏み出して、そしてそのまま自身を預けるようにティエリアの肩口に額を押し当てた。静寂が支配するこの空間では、額を乗せたときの音すら響く気がして。瞼を閉じた暗闇の中で、ティエリアの存在だけが明確になる。彼から派生するように、自分の体は闇の中から形を得ていく。自分という器が分解され、そして再構築されていくような感覚。

「ミッション前に言うようなことじゃなかったよな。・・悪い」

髪を切ろうという決意をうやむやにするのがロックオンで、はさみを取り出したときにあたふたしながら止めるのがアレルヤ、じぃと見つめるその瞳で無言の圧力をかけてくるのが刹那なら、その決意を根こそぎ破砕するのがティエリアだ。きっと彼にはその意識すらないに違いない。ティエリアの関心はただ、ヴェーダにのみ向けられている。おそらく彼の中で私や他のマイスターたちは “仲間” という括りですらないのではないかと思う。“共同作戦者” このあたりが妥当だろうか。

「下らないことを考えて任務を失敗などしたら・・俺が撃つ」

不穏極まりない言葉が投げつけられて、それと共にティエリアの存在が離れていく。構築された器が、闇の中で置き去りにされた気分。けれど去り際に頭に触れた手が誰のものであるのか、考えるまでもない。ほんの一瞬、過ぎ去る風のように。・・地球に降りて初めて知った、風のように。

「こわ」

自分の頭はティエリアに触れられるためにあるに違いないと、は本気で思うことがある。彼女は “思考すること” を求められなかった。気が付いたときには属していた組織が、彼女に求めたのは “反射” 。自分の手足を動かすことと同じようにガンダムの手足を操り、呼吸をするのと同じように敵機を破壊しうる能力は、の潜在能力とともに求められたがゆえに開花した才能。

大脳を除去したカエルは、それでもなお刺激による筋収縮といった反射行動を示す。反射の中枢は大脳皮質ではなく脊髄や脳神経核にあるから、というのがその理由なのだが、それを知ったときは思わず笑ってしまった。どうやら、私に大脳は必要ないらしい。けれど頭の中に大脳は残されていて、求められなくとも思考する余地は与えられている。何故? ――彼女の思考は感情と深く結びついている。そこから導き出される答えはいつだって安直で、ひどく愚かだ。

自分の頭は、ティエリアに触れられるためにあるに違いない。



「でも、あんな夢なら・・・・目が覚めなくてもいいって、本気で思ったよ」


白昼夢

novel

ソレスタルビーイングのガンダムマイスター設定。・・こんなダークな仕上がりになるなんて予想もしなかった。
writing date  08.04.29   Re:up date  08.06.01