Gundam Meisters

SS



出力を落としたコックピットには暗さが満ちる。とっぷりと全身を埋める深い闇。ヴェーダの推奨するミッションを命令どおり完璧に遂行したティエリアに、ヴァーチェが与える闇は優しい。鈍い音と共にハッチが開き、開けた視界に光があふれ出す。途端に流れ込んでくる光の渦に一瞬視界を奪われたティエリアは、それでも慣れたようにコックピットを蹴る。完全無重力下にあるガンダム格納庫で、空間を泳ぐ彼の視界に別の機体が目に入った。――のそれである。

普段ののらりくらりと掴みどころのない態度は、コックピットに入ると豹変する。彼女はそこで、ガンダムを動かすための、ミッションを遂行するためのシステムのひとつになる。恐ろしく単純なアルゴリズムは、それ故にわずかなイレギュラーの介在も許さない。思考や感情が入り込む余地はなく、だから彼女はミッション中のアナログな助言を受け入れない。極端な話、自爆を行うことでミッション達成が得られるなら、彼女はそれを厭わないだろう。のことをティエリアは完全だとは認めない。あれは不完全だ――それこそ、刹那・F・セイエイよりも、ずっと。最も完全に近い不完全要素。

ー! あんま遅くなんねぇうちに出て来いよー? 夕飯とっておくからなー!」

その不完全さが露呈するのが、今だ。ミッションを終え、トレミーに帰艦したとき。ほとんどの出力を落とした状態で、はガンダムのコックピット内に閉じこもる。外部との連絡手段を緊急以外ほとんど絶って、引きこもるのだ。それはわずか5分足らずのときもあるし、半日に渡ることもある。トレミーの乗組員にとって当たり前の光景は、確実にの不完全とリンクしていた。

「ロックオン・ストラトス」
「お、ティエリア! お疲れさん」

当たり前のような気軽さでロックオンはティエリアに片手を挙げ、自身もミッション終了後だというのに労をねぎらう言葉をかける。ロックオン・ストラトスという人間はそういう、ティエリアにとって “下らない” 行動を率先してとるような、理解の範疇をおおよそ超えている人間だった。けれど、だからこそ彼の周りには人が集まる。その事実もティエリアには正直理解できないことだったが、も彼にはひどく懐いていた。あの甘やかすことに慣れた表情で頭を撫でられると、彼女はふわふわと相好を崩す。そうして狂いかけた歯車を、日常へと戻していくのだ。

「じゃあ、後は頼んだぜ ティエリア。によろしく伝えてくれ」



いつだったか、この時間一体何をしているのか、本人に尋ねたことがある。それは確か、彼女が他のマイスターたちより一足遅れてノーマルスーツを着替え、シャワーを浴びた直後のことだったと思う。いつものように、膝丈まであるだぼだぼのTシャツを一枚だけかぶり、漆黒の髪からぽたりぽたり雫を滴らせながら、は不思議そうにティエリアを見上げた。アレルヤがいればそれこそ悲鳴をあげそうな光景は、ティエリアとだからこそ成立しうる。彼らの間に、性差はほとんど意味を持たない。

「・・別に、何も」
「きみは毎回あそこで、何もせずただ無闇に時間を浪費していると?」
「えーと・・、」

このトレミー内でただ一人以外に、彼女は最後の最後で本音を明かさない。へらへらした笑みを顔に貼り付けて、のらりくらりと様々なものを回避しながら立ち回る。凄腕の戦術予報士にすら悟らせない本音はしかし、ティエリアの前でのみ暴かれる。その事実をティエリアはよく理解していた。理解したその上で、ティエリアが必要だと認めたときにのことばは彼女という器から外へ溢れる。ティエリアはただ、たがを外してやるだけだ。

「本当に、何もしてないんだ。こう・・・膝を抱えて小さくなって―― “いつも” に、戻るために」

むせ返るほど濃密な闇の中に体を沈めて。
ガンダムマイスターたちが遂行するミッションには濃厚な死の臭いが付きまとう。そこにひとり閉じこもり、彼女は一度手放した思考を取り戻す。ティエリアにとってのヴァーチェが、与えられる任務を完了するための必要不可欠だとすれば、にとってのそれは日常を切り離すために必要なものであり、日常に戻るために欠かせないもの。

手を伸ばして触れた頬が、ひどく冷たかったことを覚えている。



どういった理由でそうなるのか皆目見当もつかないが、ティエリアはガンダムのなかに閉じこもっているが出てくるタイミングを感じ取ることができた。 “声” というほどはっきりしたものではなく、 “勘” というほど曖昧なものではない。強いて言うなら “空気” が、天の岩戸が開くときをティエリアに告げる。それは不遜にして臆病に。知ったことかと切り捨ててしまえる脆弱さで、ティエリアを呼びつける。それまで読んでいた本から目を上げ、ティエリアは時計を見遣る。今回の引きこもりは2時間――まぁ、平均といったところか。

ティエリアがちょうど格納庫に到着したとき、鈍い音とともにガンダムのハッチが開いた。ノーマルスーツはもちろんヘルメットもそのままで、はハッチに足をかけて周囲を見回し、ティエリアを見つけると同時にガンダムを蹴る。ほとんど加減せずに宙に飛び出した彼女は、重力の影響を受けず、蹴りだした勢いをそのままに自分に向かって突っ込んでくる。毎回のことだが、どうにかならないものか――眉間に皺を寄せるティエリアはしかし、自分に向かって伸ばされた手を握った。

「・・よく飽きないものだな、
「へへ・・、お待たせしまして」

ヘルメットを外してへらへら笑う彼女の頬に、うっすら涙の痕があることを知っているのは、ティエリアただ一人である。


雫は流れて
月面を滑る



081:雫は流れて月面を滑る ...鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
あれ、なんか引き続いちゃったんですけどCB設定・・・!
writing date  08.05.02    up date  08.06.01 (Re:up date 08.07.03)