Coupling Parody

:fairy story



「ティエリア! 起きろよ、今日はティエリアも一緒に学校行くって言ったろ!?」

ふわふわの綿が敷き詰められた妖精用のベッド。いつもなら、その自分のためだけにある人間にしてみればおもちゃのようなベッドの中で、彼のパートナーである今年十歳になったばかりの子どもが学校へ出かける時間になっても我関せずの姿勢で惰眠を貪っているティエリアだが、この日ばかりは勝手が違った。欠片ほどの容赦もほんのわずかな配慮もない子どもの声を全力で受け止る羽目になったティエリアの耳が、キーンと悲鳴をあげる。驚く間もなくぬくぬくとした布団をひっくり返され、小さな体を包むのは晩秋のひんやりと冷たい朝の空気。ぶるりと体を震わせたティエリアは、その小さなこめかみをひくひく引きつらせる。

「・・・・・・いきなり何をする、!」

精巧に作られた人形のように美しい白皙をわかりやすく歪めた不機嫌丸出しの妖精を、しかし子どもはほとんど見向きもしない。これから人形遊びでもはじめるかのように、は妖精用に作られた服を彼女のベッドの上にばらばらとひっくり返した。ふかふかの羽毛布団の上に無残にも散らばった自分の衣服を、ティエリアは吐き出すため息と共に見なかったことにして布団のなかにもう一度戻ろうとしたが、それよりが動くほうが早かった。散らばった服をサッと一瞥して数枚を選び出した子どもは、ベッドの上に上半身を起こしている彼女の妖精にそれらの服を投げつける。

「とにかく早くきがえろよ、オレ朝ごはん食べてくるから!」

扉の向こうから 「ー? 朝ごはん食べないつもりでしたら片付けますよー?」 というにこやかな脅迫が届き、子どもはわあわあ叫びながら駆け出していく。・・バタバタという騒がしい足音が遠くなり、ダイニングで子どもと保護者が言葉を交わしている気配が伝わる頃、頭に引っ掛かっていたピンクのカーディガンがずるりと手元に落ちてきた―――・・屈辱的だ、どこまでも、際限なく。団子のように絡まった衣服を足元に投げ捨てたティエリアが試みることと言えばひとつしかない、湧き起こる苛立ちをため息で無理やり押し流しながら布団を引きずり上げ、

「言っとくけどティエリア、二度寝してる時間なんてないからなっ」

口に箸をくわえたまま走ってきたパートナーに、妖精のたくらみは阻止された。



のろのろと服を着替えたティエリアは、しかし律儀に寝巻きをたたんで自身のベッドの上に重ね、子どもの自室を後にした。パートナーである子どものベッドの上には彼の服が散乱しているが、あれはがやっただけで自分とはなんら関係ない。後で保護者に怒られようと知ったことか。居間に近づくに従って濃厚になるコーヒーの匂いに少し気をよくしたティエリアは、まるでシャボン玉のようにふらふらしていた足取りを先程よりは安定させて空中を横切る。日中の二倍以上の時間をかけて渡りきった廊下の先、明るい朝の日射しに満ちたリビングは既にしっかりと機能を果たしていた。こんがりときつね色に焼けた厚いトーストの上にはバターとたっぷりのジャム、箸でつつけば黄色の黄身があふれ出す目玉焼きとカリカリベーコン、インスタントなどではない濃厚で芳醇な味のコーンスープ、それにみずみずしくパリッとしたレタスに真っ赤に熟れたミニトマト。成長期にある子どもの胃袋を満たすに十分な朝食、特に気に入っているコーンスープを子どもの器からスプーンで少しずつ拝借しながら、ティエリアはまるで掃除機のようにそれらを胃袋に収めていく子どもを半ば呆れたように眺めた。

基本的に、妖精はものを食べる必要がない。食物から得られるエネルギーではなく、パートナーからのエネルギーを利用していれば生存に問題が生じないからというのがその理由だが、食べる必要がないだけで、それはつまり “食べてもいい” ということだ。事実、妖精が使うのに適したサイズの食器類は大抵どこの家にも見られ、妖精が食べるのにちょうどいいサイズの製菓も出回っている。の保護者にあたる人間の妖精もそれらをよく好んで口にしているが、ティエリアはほとんど口にしない。ごくたまに、気が向いた時にだけ子どもから少しずつ拝借して口にする程度だ。

「あ、占いはじまった」

それまでのニュースや天気予報などには見向きもしていなかったくせに、はたと顔を上げた子どもは食い入るようにじいっとテレビを見つめている。朝のこの時間は大抵ベッドにもぐりこんだままのティエリアは、12星座の一日の運勢を一位からランキング方式で伝えるコーナーがあることなど知らなかった。ただ、脳裏を過ぎったヴィジョンにそれが描き出されていただけ。

「・・・・・射手座は最下位ならしいぞ」
「えっ」

ぎょっとしたように机の上のティエリアを見下ろした子どもは、まだ六位までしか発表されていないテレビ画面にすぐ視線をとって返した。

『今日もっとも運勢が悪いのは・・申し訳ありません、射手座の方です! 予想外の出来事に遭遇してしまうかも、ラッキーアイテムは靴べらです!』

「・・・靴べらぁ? せめて持ち歩けるものにしろよなぁ・・・つーかティエリア、なんで言うんだよ!」
「“見えた” から言ってやったまでだ。後に知るか先に知るかのことだろう、感謝されこそすれ恨まれる筋合いはない」

ぶー、とむくれた子どもは、「はやく食べないと、遅刻しますよー?」 という保護者の言葉で朝食に意識を集中しなおした。
妖精であるティエリアの能力は、未来を見る先見のちからだ。現在ではない少し先の未来を、ほとんど確実に予見する。ティエリアが意思を持って能力を行使しようとするときだけではなく、例えば今のようなふとしたときに、未来の光景がヴィジョンとなって彼の脳裏に描かれる。どのくらい先の未来が見えるのかは、その時の二人の信頼関係によって大きく左右され、さらにはティエリアやの体調にまで左右される非常に繊細で不安定な能力だ。ティエリアらしいなぁ、とがひそかに思っているところである。今のところの最高記録は10分ほど先の未来だが、能力の酷使によりティエリアがへろへろにへたり込んでしまい、それ以来挑戦は控えている。青菜に塩というよりは、死にかけのカゲロウのようだったと子どもはその時のことを振り返り、復活したティエリアに一時間の説教を食らわされた。

さらにその能力は、パートナーであるが関わった未来しか見ることができない。ティエリア自身が関与している必要はないが、何らかの形で子どもが関わる必要がある。まったくどこまでも不完全で中途半端な能力だが、不思議と彼らはそのことを不便に思ったことはなかった。それがとっくに当たり前になっているせいもあるだろうが、現状以上のことは二人にとって必要のないものなのである。

「いってきまぁす!」

小学校指定のPコート、校章の入っている胸ポケットに収まったティエリアは、もこもこしたハンカチサイズの布切れをポケットに持ち込み、それにぐるぐる巻きになった状態でひょっこり顔を覗かせていた。秋と冬のちょうど真ん中ぐらいの季節、落ち葉をおどらせる風は既に木枯らしへと移行をはじめ、二人の髪を弄ぶように流れていく。その予想外の冷たい風に首をすくめた子どもは、ほとんど反射的に胸の前にてのひらをかざした。彼女の妖精は、暑さ寒さに対して異常に弱い。

「・・・・それで? 今日は一体なんなんだ」
「だからぁ! クラスのみんなに、自分の妖精のことを話すってゆー授業で、今日はオレの番なの。昨日も言ったぞ、これ」
「・・・・・・・・・・・・・・」

小学校に近づくにつれ、同じ型のPコートに身を包んだ子どもが道に多く見られるようになる。仲のいい友達を見つけ、だんだんと大きな団子状になって学校へと向かう小学生の群れ。そんなものを見る機会にとことん欠けているティエリアは、朝の冷たい風に体を震わせながらもどこか興味深そうにその様子を眺めている。普段のこの時間はたいていベッドにもぐりこんだままのティエリアにとって、ほとんどの子どもたちがその肩や頭に妖精をちょこんと座らせているのは予想外だった。

「よお!」

タタタ・・、という後ろから近づいてくる足音がだんだん大きくなる。それに気付いてが振り向くより早く、彼女より少し大きめの影がいきおいよくドンッとぶつかってきた。突然の衝撃に、それまでポケットに掴まって外を眺めていたティエリアがころりと転がってポケットの中に尻餅をつく。思わず抗議の声を上げたティエリアだが、妖精の小さな悲鳴はパートナーの子どもの耳には届かなかった、自身のはじけるような明るい声に掻き消されてしまったせいである。

「はよっ、ハレルヤ!」

顔を見合わせてニッと笑ったふたりの子どもはまず、互いの手首の辺りをクロスさせるようにこつんこつんと順番にぶつけた。それからグーに握った手を同じようにタイミングよくぶつけあう、そして頭と同じくらいの高さで互いの手をわしっと握り合い、

「今日は俺が勝つぜ!」
「ハレルヤなんかに負けないし!」
「「・・・・・・・・・・・・、せーのっ」」

じゃんけん、ポン!

「ハッ、俺の勝ち!」
「えーっ、せっかくの三連勝がかかってたのにー!」

むすっと眉間に皺をよせ、口元をへの字に曲げるに、ハレルヤはにんまりと満足気に笑った。向こうのほうから 「ハレルヤ、待ってよー」 と息を切らしながら追いかけてくるアレルヤを確認すると、ハレルヤはすぅと金色の目を閉じる。ポンッという軽い破裂音の後、それまでハレルヤが立っていた場所には彼と同じ姿をした妖精が、自慢げに腕を組んだ状態でふよふよと浮かんでいた。

「ぁ・・、おは、よう っ」
「アレルヤ、おはよー。今日も朝からたいへんだなー」

アレルヤの背の高さからすると少し小さめのPコートからは、りんごのように赤くなったひざ小僧が覗いている。それに手をついて、はあっ、と大きく息をついたアレルヤは、と元のサイズへと戻った自分の妖精を銀色の瞳に映してふにゃりと笑った。

「今日は、ハレルヤが勝ったんだね」
「まーな。じゃ、しつれーするぜ」
「・・あ、そうだ」

ハレルヤとのこのやり取りは、毎朝恒例の決まりごとだった。運動場のど真ん中を使い、他の学年の子が遊べないような陣地の取り方をして遊んでいた上級生にハレルヤとが食って掛かり、見事こてんぱんに打ちのめしてしまったときに決めた二人だけの遊び。タイミングよく一連の動作を終えた後のじゃんけんで、が勝てば彼女の荷物のひとつをハレルヤが学校まで運んでやり、ハレルヤが勝てば妖精サイズになった彼をが学校まで乗せていく。夏の暑い時期は肩に乗ったりかばんのなかにもぐりこんだりするハレルヤだが、寒くなってきた最近はPコートの胸ポケットに収まるようになっていて――

「・・・うわッ、なんだコイツ!?」
「それはこっちのセリフだ! 〜〜〜っ、頭の上の足をどけろ!」

押し出された鉄砲玉のようにポケットからハレルヤが飛び出し、それを追いかけるように姿を現したのはティエリアだった。それまでふわふわした厚手の布に包まっていたはずのティエリアはそれを取っ払い、つややかな紫苑の髪を逆立てて苛立ちをあらわにしている。いつもの不機嫌とは違う、明らかな怒りの表情だ・・・・・どうしよう、ティエリアがいたこと忘れてたなんていえない。

「わぁ! もしかして、彼がの妖精さん?」

―――小学四年生にもなって、妖精に “さん” 付けして許されるのはきっと、アレルヤくらいのものだと思う。

「うん。・・・・ティエリア、っていうんだ」

空中で一人ぴりぴりした雰囲気をばら撒いていたティエリアに、はためらうことなく両手を伸ばした。まっさらな水を掬うように、舞い散るさくらの花びらをそっと包み込むように、ティエリアの足元に自分のてのひらで土台を作る。トン、とてのひらに感じた重みに口元をほころばせたは、手の中の彼が冷たい風を感じないように注意しながら慎重に腕を引き寄せる。そしてむすっとしたままの妖精を目の前に、

―――・・オレの、たったひとりの、妖精」

季節はずれの、ひまわりのような笑顔を見せた。


散る散る満ちる


novel

散る散る満ちる ... ジャベリン
writing date  08.11.06    up date  08.11.27
Mr.Knows の管理人をなさっている水瀬さまが書かれた妖精パロに触発されまくってティエリア妖精ver. ・・めっさ楽しかった。