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Special story

Thanks ANEGO!




月曜日の憂鬱




月曜日はキライ





「銀時」


決して広くはない事務所では、普通にしてたって、小さい私の声だってかき消えたりしない。
だらしなくソファーに寝そべる頭の側で声をかければ尚のこと、聞こえないハズはない。


「銀時ーっ」


それなのに私の相棒は、聞こえているのかいないのか、私の声になどぴくりとも反応しない。
仰向けに寝転がり、重たい雑誌を掲げ、死にかけたような目でごちゃごちゃしかページを追っている。


月曜日はキライ


「ぎーんーとーきーっ」


目の前にあるじゃもじゃした銀色を一房掴み引っ張る。
気合いの入った天然パーマはその一本一本は芯のあるスベスベした手触りで、私は決して嫌いではない。
むしろスキなくらいだけど、銀時がキライというのにスキだなんて言ったらまた拗ねてしまうから口には出さない。
コンプレックスを前に褒め言葉は無力なのだ。
特に私の相棒は筋金入りのひねくれ者だから。
でも緩いバネのような反動が楽しくてくいっくいっとリズミカルに引っ張ってしまう。


「んぁあ?」


気のない返事。
両手にの中に広がる友情・努力・勝利の前では、私の行動などハエの羽音のようなもの。
刺したりもしないから蚊以下だ。
アリの歯ぎしりかもしれない。
もちろんそんなもの聞いたことも無い。


「もぉ、銀時!一瞬でいいからこちらを見なさい!お話するときは相手の目を見てっていつもおっしゃるのは貴方でしょう!?」

「―――ぉぉ」

全くもって欠片も、微塵も私の話を聞く気がない。
今のだって、とうとう我慢できなくなってつい声を荒げてしまったけど、返事らしきものが返ってきたのは語尾が疑問系だったからだ。
その癖「デザートのプリンちょうだい?」と聞いたら即答で断るのだろう。


「〜〜っ!ばか銀時っ!貴方なんていっそハゲてしまえばよろしいんですわっ」

「イッテ!っ、こら、ホントにハゲたらどうすんの。20代後半の毛根はデリケートなんだから「うるさいですわっこの天パ!そんなクルクルした毛を生やすような毛根がそんな柔なもんですか!」」


いくら話しかけても無視する癖にくりんと弧を描く銀色を一房掴み、思いっきり引っ張ったらすぐに反応を返してきた。
非力な妖精の力では、束になった髪は一本も抜けなかった。
妖精だからじゃない。
私は他の、少なくとも私が知っている他の妖精に比べても各段に非力だ。
一本ピンポイントで引き抜けばきっと抜けるけど、相棒をハゲさせるつもりは毛頭無い。

だけど私より自分の髪とジャンプの心配しかしていない相棒にはやっぱり腹が立つ。


「ぁんだよ、。銀さんは今忙しいんです。ちょっと大人しくしてなさい」

「っばか!わたくし家出させていただきます!探さないで下さいまし!」


ずっと大人しく我慢していたのに。
これ以上週刊誌ごときに負けていることを突きつけられるのは我慢ならず。

高々と家出を宣言し、勢いよく窓に向かい、飛び出した。


「おー、おやつまでには戻って来いよー」


格好よく飛び出したのに、そのセリフを聞いた途端に、私の体は真っ逆さまに転落した。

悔しいから悲鳴はひとつも上げなかった。




と言うのは強がりで。
さすがに2階の窓から落ちたら痛い。
べちっと言う音と一緒にぅぎゃっと我ながら変な声が漏れてしまった。




よろよろと立ち上がり、乱れた服を整える。
ふんわりと広がるドレスのスカートがクッションになったこともあり、特に怪我はなかったが代わりにふんだんにあしらわれたレースが埃っぽくなってしまった。
ぱさぱさとスカートを振って砂埃を落とす。
少し目がしぱしぱするのは舞い上がった砂が目に入った所為だ。

家出すると宣言した手前、もう家には戻れない。

絡まった小さなゴミを完全に取ることは諦めて私はとぼとぼと道路の足を向けた。
窓から落下したことから試してみなくても分かる。

また飛べなくなってしまったのだ。



きっかけはほんの些細なことなのに。
月曜日、相棒の意識があの変な色の紙の束に奪われるのは今に始まったことではない。
一巡目が読み終わるまでは話しかけても絶対に返事をしてくれないし、一体何をそんなに読むところがあるのか、火曜水曜になっても暇さえあれば広げる始末だ。
意図的に無視されている訳ではないと思っている。
ただ集中しすぎているのだと思っているけど、それにしたって世界で唯一無二の存在たる自分の妖精を意識の外に追いやることができるなんて。
我が相棒ながら情けない。
そんな扱いを受ける自分がもっと情けない。

視線が自然と地面に吸い寄せられ、解けた髪がぱらりと視界に入りこむ。
せっかく神楽に結ってもらったリボンもすっかり解けてしまった。
相棒と同じ色の、ゆるく巻いた髪によく合う翡翠色のレースがゆらゆらと揺れる。

地球に来るまで妖精と言う種族を見たことのなかった少女には、初めは力加減が掴めず何度か本当に死んでしまうかもしれないような目にも合わされた。
相棒の人間が健在なら死ぬことはない妖精じゃなかったらきっと今頃ひねりつ潰されていたと思う。
故意にではないから怒ることもできない。
最近はようやく勝手を掴んでくれたのか生命を危機にさらされることもなく、髪を結いあったりできるようになったのだが。

今朝はそれがいけなかったのだ。
神楽の髪を結ってやり、お返しにと腰を超えるふわふわの銀髪を二つに分けて耳の後ろで結んでくれた。
そしてリボンが上手く蝶々結びにならず、梃子摺っているうちに銀時の姿は万事屋から消えていた。


(毎週買いに行くまでは一緒ですのに。ちょっとくらい待ってくれてもよろしいんじゃありませんの?いつもはお昼までごろごろしてるのに月曜日だけ朝からお出かけですから楽しみにしてましたのに・・・・・・)


リボンに梃子摺った神楽が悪いわけじゃない。
自分勝手にさっさと出かけてしまった銀時が全部悪い。

だけど一番悪いのは・・・・・・


「友情?努力?勝利!?全くもって不愉快ですわっ!ジャンプなんて滅んでしまえばよろしいのにっ!」


今日はいつもの月曜に増して相棒に忘れられている時間が長いのだ。
そんな恨み辛みを込めて足元に転がる小石を蹴り上げたら、小気味良く放物線を描いた代わりにつま先に形容しがたい激痛が走った。


ぎゃんっと決して小さくない獣の声を聞いたのはその直後だった。




全くもってついていない。
むしろ何か憑いているかもしれない。

蹴り上げた小石は吸い込まれるようにたまたま前方にいた野良犬に向かって落ちていった。
野良犬だから当然首輪も鎖も付いていなくて。

そんなに痛かったはずはないのに、妙にお怒りになったお犬様はもの凄い形相で追いかけてくる。


(なんなんですの!?この駄犬めっ!うちの定春とは大違いですわっ!)


足元にまとわりつくスカートが盛大にめくれるのも構わず通りをひた走る。
飛べない今の自分では追いつかれてしまうのも時間の問題だ。
相棒に無視され、家を失い、挙句の果てには犬の餌とは。

きっと生まれてくる相棒を間違えたんだ。
犬に食べられたらさすがに死んでしまうだろう。
というかそれはさすがに死んでしまいたい。


「きゃぁ!?」


どれくらい走っただろうか。
体力が多いほうではない私に限界はすぐに訪れて、足が縺れて転んでしまった。
あごを打たないように引いた拍子に勢いあまって一回転。


(もうだめですわっ!)


布の多いドレスに足を取られ起き上がれない。
餌を覚悟した頭に浮かんだのは、妖精が死んでしまったら人間はどうなってしまうのだろうかと不甲斐ない相棒の行く末。

大きな黒い影と、獣くさい息が近づく。
きっと大きな牙がすぐ側まで来ているのだろう。
怖くて目を開けることなどできないが。

むっとする生臭い湿った息を浴びるほどの距離に来て、もう何も考えられなくなってしまった。





次に聞いたのはガラッと言う、ガラスのはまった木の擦れる、聞きなれた、つまり万事屋の玄関が開く音。
ゆらゆらと感じていた心地よい揺れは夢の中での出来事ではなかったようだ。


「お?姫のお目覚めか?」


ゆらゆらの正体は私を運ぶ銀時の歩みだった。


「ぎん、とき?わたくし・・・・・・犬の餌に・・・・・・やっぱり妖精は死ねませんのね」

「は?犬の餌?何言っちゃってんのこのお姫様は。あの野良犬なら銀さんが颯爽と退治したっつーの。あれは我ながら格好良かった。見れなくて残念だったな」

「何をバカなことを。って何を平然と連れ帰ってますの?わたくし家出中ですのよ?まだ怒ってますのよ?」


颯爽と退治ですって?
そんなに見たかったのに決まっているじゃない。

気絶してしまっていて残念・・・と思いかけて自分が目下家出中だということを思い出した。
だけどもう一度万事屋を飛び出す勢いはもうなくなっていた。

それどころか迎えに来てくれたのだ。
しかも野良犬に襲われているところを間一髪助けてくれた。
限界まで走り回ったお陰で体はダルイけど、今ならあのターミナルくらい平気で飛び越えられる気がする。
あんな野良犬にだって負けない。


玄関をくぐり、銀時の机の上に敷かれた小さな座布団へ移され、離れていこうとする親指に抱きつくとふっと笑われた気がした。
そして手を離すことなく、机の下にある引き出しの一番上の段から私の身だしなみセットを取り出した。


「今日は大冒険だったんだな」


中途半端に解けて絡まったリボンを一度解き、くしゃくしゃに乱れた髪に優しく櫛が通される。
銀時の大きな指は、見た目からは想像できない位器用だから、絡まった髪も大した痛みを伴うことなく解れていく。


「冒険じゃありませんわ。・・・・・・家出ですのよ」

「家出なんてすんなよ。銀さん寂しいだろ」

「っ、・・・・・・わたくしだって、寂しかったですわ・・・・・・」


引っかかることなく櫛が通るようになった髪は梳かれるたびに艶を増す。
リボンはやめておくか、という呟きを合図に身だしなみセットが仕舞われていく。


「ったく、が犬と遊んだりしてっからおやつがこんな時間になっちまった」


銀時は自己中だ。
長い付き合いでそんなことは百も承知。
家出なんて私は滅多にしないけど、ジャンプは毎週出ているのだ。

だけどおやつを取りに冷蔵庫に向かう背中は確かに寂しげで。
もちろん気のせいかもしれないけれど、気が付いたらその背中に小さく呟いていた。


「・・・・・・ごめんなさい、ですわ」





後書戯言
絶対に謝らないダメな大人。銀魂回帰中の妖精ネタの親元へ捧げます。
返品可というかスルー可ですよ。もちろん。
09.02.15

スルー?何それおいしいの?
真冬の熱帯夜 の管理人をされている夏人の姉御より頂いた 身内にツンデレ な銀さん・・・萌え殺す気かァアアア!