ねがいごと ひとつ ふたつ
「隊長さん、書けた?」
「ん〜・・・・・・」
屯所、一番隊隊長の私室。
机に向かう沖田に寄りかかり、は振り向きたい欲求を抑えて問いかけた。
肩越しに帰ってくるのは肯定とも否定とも取れない声。
この調子はきっと後者だろう。
「は?何書いたんでィ」
「ひ・み・つ〜」
「どうせ大したこと書いてねェんだろ」
「失礼な。空の上の自堕落カップルもビックリなスケールのでっかいヤツ書いたぞ」
そう嘯きながら手にヒラヒラ持っているのは長方形に切られた色紙。
世に言う短冊というヤツだ。
「ちょっと参考に見せてみなせェ」
「やだ」
軽口を叩きながらも、の表情は晴れない。
背中合わせで顔は見えなくても、けっして浅くはない付き合いのお陰で沖田にははっきりとその様子は伝わっていた。
伝わってはいたが、あくまでもそこまで。
原因までは分からない。
(何だってェんで・・・・・・自分から持ちかけてきたってェのに)
***
時は遡ること3時間。
例によってのその性別に似つかわしくない肉体労働なバイトは佳境を迎えていた。
七夕祭りの準備だ。
持ち前の器用さと、無駄に有り余る体力をフルに稼働させ、かぶき町を右に左に奔走していた。
「ー!もう上がっていいぞ!」
「はいよ〜」
葉よりも多くの短冊でその身を飾った笹の最後の一本を運び終えたに今回の祭りの実行委員がバイト終了を言い渡す。
そして即日払いの給料と共に小ぶりな笹の枝を渡した。
「?」
「お礼だ。祭りには参加しないだろ?これで気分だけでも味わえ」
「ははっ、笹は今日1日で1年分は見たけどな」
苦笑しながらもは礼を言い、その笹と短冊を2枚受け取った。
そしてその足で沖田の所に向かったのだった。
***
「んな真剣に考えなくってもいいのに(どうせ叶わないんだから)」
待つのに飽きてきたは沖田の道具箱を勝手に漁り、飾りらしきものを作り出した。
道具箱の中身は藁とか釘とか、用途が明らかに邪悪なものばかりで、余計に腕が鳴った。
(そうは言ってもねィ)
適当でいいのだと言われても、の持ってきた笹に「死ね土方」なんて言葉は託したくない。
第一、その願いという名の呪いの言葉は屯所の笹の頂上ではためいている。
程なくして、沖田の短冊も無事に埋められた。
***
祭の喧噪を背に、河川敷へ向かう。
江戸っ子は騒ぐネタを見逃したりはしない。
目の前に広がる漆黒の川面と遠くに聞こえる街の賑わいが奇妙なコントラストを描き、その狭間に取り残された錯覚に陥る。
(ま、錯覚も何もホントに取り残されてんだけどね)
「晴れて良かったなー」
「そうですねィ―――天の川干上がっちまえばいいのに」
「・・・・・・何だその唐突なサディスティック発言は」
「別に」
澄んだ星空には目もくれず、沖田は笹を受け取り短冊をくくりつける。
そしてぼんやりと空を見上げているの手からさり気なく、彼女の願いが託された紙片を抜き取った。
天の川に見とれていたは反応が遅れ、気が付いた時には沖田に自分の短冊の文字をばっちりと見られていた。
『来年も、一緒にいられますように』
「ちょ、な、何勝手に見てんだよ!」
慌てて取り返そうと手を伸ばすが、同じく高く腕を避難させた沖田には身長差で勝てない。
「来年も―――ねィ」
「う、うっさいな。誰もキミだなんて」
「誰も俺とだなんて言ってねェでさァ」
「〜〜〜〜っ」
腕1本分はありそうな差をなんとか埋めるべく飛び跳ねるの頭を笹を持ったままの手で押さえつける。
尖った葉がチクチクと頬に当たり少し大人しくなる。
「来年まででいいんですかィ?」
天の邪鬼な抵抗を見せても、これが沖田のことだということは考えないでも分かる。
期間限定の願いに少し気分を害した。
しかしそれも一瞬。
「来年またお願いするからいいんだよっ!」
すぐに機嫌は浮上した。
「へいへい。叶うといいなァ」
笹をの頭に置き、奪った短冊をくくりつける。
彼女の願いが叶うよう、一番てっぺんに。
大人しく笹の台になっていたはふと笹とは違う感触を感じ目を向ける。
『明日1日といたい』
妙に思い切りの良い字で書かれたそれは沖田の願い事。
「―――よし、出来・・・・・・何でィ」
黙り込んだに気づかず、完成させた笹を持ち上げた沖田は急激に不機嫌になったの視線に晒される。
「・・・・・・明日だけでいいのかよ」
ぽそっと呟かれた言葉に思わず笑いが漏れた。
「何勝手に見てんでィ、変態」
「キミだって見ただろ」
***
河原に転がる石を適当に集めて、小さな櫓を組み、笹を据える。
慣例に則って、願いを星に託すべく火にかけるのだ。
副長の懐から拝借したライターで点火すれば小さな笹の枝はジワジワと炎に侵食されていった。
白く流れる天の川をくすんだ煙が縦断する。
はこの煙にも似た感情に戸惑い、俯いて沖田の裾を掴んだ。
瞬く間に炎は短冊に燃え移り、すれ違う願い事は灰になる。
「誕生日なんでさァ」
「・・・・・・なに?」
静かに煙を見送る2人の間に、沖田の声はよく響いた。
しかし意味は伝わらない。
「明日、誕生日なんでィ」
きょとんとしている少女に、繰り返す。
は脳へその言葉が伝達されるまでしばし固まり、意味を理解した途端顔をしかめた。
「・・・・・・そう言うことはもう少し早く言えよ。あと5時間もしねーうちに明日じゃねーか」
「つーかなんでィその嫌そうな顔は」
「なんか欲しいもんあんのか?24時間以内に調達出来るもんで」
「じゃあ明日」
「だから明日までに用意するから」
「だから明日をくれっつってんでィ」
ここまで言われて分からないではない。
つまり明日は1日一緒にいろということで。
プレゼントは誕生日を共に過ごすことでいいわけで。
―――あの短冊はこのことを意味していたわけで。
「明日一緒にいてくれたら、来年も一緒にいてあげますぜ」
それじゃ七夕の意味がないだろう、と微かな矛盾を感じながらも、七夕なんかよりずっと確かな約束にの頬は緩む。
笹はすっかり燃え尽き、星明かりしかない河原でははっきりとは見えないが、沖田にはの嬉しそうな表情が見えた気がした。
「明日一緒にいてやるから、1年後も絶対一緒にいろよ!」
post script.......彩斗の呟き。
贔屓にさせていただいている同マダオな姉御サイト「真冬の熱帯夜」は夏人が、気前よくフリー配布しておられたため、奪取してまいりました。
総悟を書かせたら天下一品、右に出るものなしな素敵サイト様です。総悟の魅力に取り付かれること請け合い!
是非にとオススメさせていただきますー!
07.07.03
おまけ。
「それにしても」
「なんでィ」
「意外と無欲なんだな〜」
「何言ってんでィ。誕生日を甘く見ちゃいけませんぜ?8日になった瞬間から9日になる瞬間まで片時も離れちゃダメなんですぜ?飯の時も着替えの時も風呂の時も便所も「ちょっと待て」」
「・・・・・・なんでィ」
「いやいやいや今変な単語があった!飯はともかく着替えなんて一瞬じゃん!つーかトイレって、おまっ、冷静に考えろ。そこまで一緒にいたいか?」
「なんで風呂に触れなェんで」
「なんか巧いこと避けられなかったんだよ!」
「ん?じゃあ風呂はオッケーですねィ」
「いくねーよ―――ってそうじゃなくって!」
「いいじゃねェかよ。便所に籠もるのなんか1日通しても精々10分だろ。我慢しろィ」
「お前が我慢しろ」
「ギブアンドテイクって言葉知ってますかィ」
「一方的搾取じゃねーか。よーっく考えろよ?あたしもキミのトイレに着いてくんだぞ?親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってますか」
「・・・・・・(考え中)・・・・・・うん、問題ねェ」
「ウソだろ!?」