日 花粉症の男


ひ・・ひ・・・っ、ぶぇえっくしょん! あーもークソッ

「・・先生、随分オヤジ臭いクシャミするのな」
「るせ、ほっとけ」

というや否や、銀八から飛び出る再び盛大なクシャミ。 決して広くない資料室に木霊して、耳にわんわんと響くそれには眉をひそめる。咎めるような視線の先で、銀八が居心地悪そうに煙草を咥えなおした。

「しゃーねーだろ。出てくるもんは出てくるんだから。上から出てくるもん押さえ込んだら下から出るんだよ
「・・・頼まれた分の整理は終わりましたので、帰らせていただきます。さようなら、坂田先生」
「ゴメン、俺が悪かった! 俺が悪かったからスルーしないでちゃんとツッコんで!

と銀八がいるのは職員室横の小さな部屋、資料室。 三畳もないその部屋には、先生たちがプリントアウトした資料やらそのミスプリ、はたまた要らなくなった会議用資料など、とにかくいろんな紙が散乱していた。 その時その時にちゃんと整理すればいいだけの話だが、面倒だったり忙しかったり面倒だったりで、なんの脈絡もなんの統一感もないプリントが山積している。

探していたプリントを山から見つけ出した銀八が、それを無理やり引き抜こうと・・・こう、テーブルクロス引き抜きの要領で華麗にサッと抜こうとしたら、ドサァアアッとプリントが頭上から降ってきた。 ―――見事に、山を崩したのである。 知らん顔しておこうと素知らぬ顔で資料室を出た銀八だが、理事長のお登勢に見つかって。この際だから、と資料室のプリント整理や掃除まで言いつけられてしまったのだった。

そしてそこにどうしたがいるのかといえば、それは彼女が銀八に騙されたからだ。「プリン食っちまった礼に、今日の帰りファミレスでパフェおごってやるよ」という、ある意味見え透いた銀八の嘘に引っ掛かり、は放課後、資料室まで足を運んでしまった。

「なんで俺が手伝わなきゃならないんだよ! ヤダ、帰る」
「終わったら絶対おごるから! これ終わったら絶対パフェおごってやるから!」
「・・三春屋の季節の和菓子5点セットがいい」
「・・・・・・」
「ダメなら帰「わぁーった! わかったよ、三春屋の季節の和菓子5点セットでいいんだな!?」
「おうっ」

明らかに必要のなさそうなプリントをまとめながら、銀八は思わずため息を漏らす。 思った以上にをここに誘い出す費用がかさんでしまった。
本当なら、ファミレスに行くと思わせておいて、最近話題のフルーツパーラーに向かい、ファミレスのパフェよりグレードの高いもので喜ばせてやろうと思っていたのに。三春屋の季節の和菓子5点セットになるとは・・グレードが上がりすぎである。 大体、季節の和菓子は時価ではなかったか。 時価。それかけることの5である。値段の見当がつかない。 給料日前の今日財布にはいくら入っていただろう。足りないんで1個抜いてください、なんてダサすぎる。 教師の威厳も大人の余裕も地の底だ(もう既にナイなんて言わないで)

「なぁ先生ー。このプリントここでいい?」
「ん、おお。悪ィな」
「いいって。三春屋の季節の和菓子5点セットが俺を待ってるし」

やっぱりいちご大福5個詰めでは許してもらえないらしい。
それにしても、はくるくるよく働く。 季節の和菓子5点セットという餌が目の前にぶら下がっているのも理由の一つになりうるが、それを抜きにしても働く。 基本的に器用で、要領がいいのだろう。いや、悪い意味ではなくて。目の間にやらなければならないことがあったら、口ではぐちぐち言いつつも、結局は手を動かさずにはいられない性格なのだ。

「よっこらしょ・・っと」
「おいおい、随分ババ臭ェな・・・って気をつけろよ、

は抱えたプリントの山を、自分よりもかなり高いところにある棚に置こうとしている。 ごみでも挟まっているのか、ぐらぐらする椅子の上に爪先立ちしてまで苦心している。
・・・ここでが校則に従ってセーラー服を着ていたら・・! 背伸びをしたら絶対、膝上のスカートがこう・・・ホラ、アレだよアレ。 わかるだろ? スカートが上がって、チラリズム的なかなりいい眺めになるじゃん! だが如何せん、は学ラン。銀八は“チッ”という舌打ちを隠そうともせず、深いため息を吐き出す。 惜しい。この上なく、惜しい。

、ムリしねぇで置いとけ。後で俺がやっとくから」
「んにゃ、だいじょーぶ・・・ってうおぉおおッ!?」

―――・・・ドッサァアアア! ガツッ! グシャッ!

「(・・・イテテ、なにがどーなったんだコリャ・・)」
「うわっ、先生大丈夫かよ!?」

思いがけず近くでというか、ほとんど耳元で発せられたの声に銀八は反射的に身を竦ませる。
背中からケツにかけて走った鈍い痛みと、のしかかる重みに顔を歪ませた彼の目前には――

「ご、ごめん先生。俺が押しつぶしちゃってんな」

ぐらつく椅子の上で、セオリーどおりにバランスを崩した。 頭上に掲げていたプリントの束と、反射的に手を伸ばした棚にあったプリントの山を雨のように降らして。床に激突するかと思われたとき、かばったのは銀八だった。 銀八のおかげでは床との激突を免れたわけだが、それはつまり、銀八の上にのっかっているということで・・・。

「(・・こ、これは流石にまずいだろ・・・っ、体勢的に! てゆーかアレだ、俺の理性がヤバイ!)」

一般的に言うところの、“押し倒されている”図。 専門的に言うところの、“攻め/銀八受け(×銀八)”な光景である。 床に手をついて銀八を見下ろすとの距離は30cmそこそこで、首筋とか鎖骨なんかがそれはもうよく見える。見えすぎだ。

、お前一体どうしてほしいんだ・・・」

―――・・という台詞を、舌の上まできたところでギリギリ飲み込んだ。 口にしたらタダの変態だ、と認識するぐらいの理性は残っている。ギリギリだけれど、残っている。

「ず、ずいぶん積極的なのなー、ってばァ」

声が裏返ってしまったが、仕方ないと思う。こうやってスルーでもしないとスイッチが入ってしまう。 なんのスイッチか、なんて愚問はナシの方向でお願いします。・・アレだよ、オオカミに変身するスイッチだよ。

「は? 何言ってんの?」

きっとのことだから、こう返してくると思っていた。 こう切り返してくれれば、銀八だってそれにのっかって雰囲気をギャグの方に持っていける。 そうして全てを水に流して・・しまうには勿体無い気はするものの、ここで変な空気になってしまうことのほうが怖い。どうなるのかサッパリ想像できないからだ。なのに・・

「な・・っ、なに言ってんだよ! バッカじゃねーの!?」
「(ぇえええ、何その反応!? こんな時にそんな新鮮な反応要らないから!)」
「そんなんじゃねぇし・・っ! し、仕方ないって分かってんだろ!」

見上げたの顔は影になっているのにも関わらず、はっきりわかるくらい赤い。 つられてコッチまで赤くなってしまいそうになるほどだ。 普段のからは想像もつかないくらいハイテンションで矢継ぎ早に言葉を吐いたかと思えば、しまいには黙り込んでしまう。 唇を真一文字に固く結び、頬をりんごなんかよりもずっと赤くしてうろたえたように視線を泳がす。

「(・・ヤベェ・・・・)」
「せ、先生のバカヤロ・・・っ」

―――頭の隅っこで、なにかがプツンと切れる音がした。

・・・・」

彼女の名前が無意識のうちに口からこぼれた。 手を伸ばしての頬に指を這わせれば、ビクッと身を竦ませる。 困惑と混乱で出来上がったの視線が、縫い付けられたように銀八から外れない。いつもならすぐさま鉄拳が飛んでくるか、もしくは距離をとるだろうに(前者の確率が99%)、今のは固まってしまったように動かない。

「・・・っ、ごごごめん! す、すぐ退くか「

名前を呼ばれただけなのに。ただそれだけで、は今にも泣きそうな顔をする。 そんな今までに見たことのない表情をたまらなく愛おしいと思うと同時に、ぐしゃぐしゃにしてしまいたいとも思う。 ああ、やっぱり自分は変態かもしれない。誘われるように動いた親指がそっと唇をなぞる。

「・・少し黙ってろ」

の後ろ頭に回した腕に力をこめて身体を引き寄せ、そして―――・・



ぶぇえっくしょん!



「・・きっ、きったねーッ! 今ツバ飛んだぁあ!」
「なっ、俺のツバだぞ!? 汚くなんかねー!」
「汚いよ! 男子野球部の部室並みに汚いよ!」
「違う! サッカー部ぐらいだ!」
「うぇえ・・俺どっちもやだ・・」

さっきの空気は遥か彼方へ消え去ってしまった。 惜しかったと思う反面、やっぱりどこかで安堵している自分に気が付いて銀八はに気付かれぬよう自嘲する。
あまりに居心地のいい今の関係。いつかそれを変えてやろうと思う気持ちに嘘はない。けれど、今の関係をもう少しの間ぐらい楽しんでおきたいと思う気持ちにも、嘘はない。まったく人間ってやつは、欲が服を着て歩いているようなものなのだ。 そして、さっきみたいな表情を他の誰にも見せたくないと心底思う自分が、きっと一番強欲。

「・・せんせー」
「あ? バカお前、口動かしてもいいから手も動かせよ」
「はいはい。俺さっき、三春屋の季節の和菓子5点セットがいいって言ったの覚えてる・・よな?」
「・・・・・・・おう (出来れば忘れたかったけどな!)」
「やっぱいいよ。アレ高いし」
「・・バッカ、貰えるときに貰っておかねーとお前損すんぞ」
「最近、学校の近くにフルーツパーラーできたの知ってる?」
「・・話は聞いてる・・けど (店の場所だって把握してる、けど)」
「あそこでいいよ。てか、俺そこがいい」
「でも、お前三春屋の菓子好きなんじゃ・・」
「うん、まぁ。でも、今日はそこでパフェ食べたい気分なの、俺」

―――ああ、やっぱり俺は。を手放すなんて到底出来ない。

novel

chapter10   post script


ノリではじめたのらくら記3Zパロ、いかがでしたでしょうか。今までにない一面を垣間見た気がする管理人です。ですがまぁパロディなので、本編にはきっと何の影響もでないと思います・・・・なんてゴメン銀さん。こんな空気を本編で探そうとしてもきっと見つからないと思うので、そのへんはもう諦めてください・・・・なんてねアッハッハ!
もしかしたらまたひょっこり顔を出すことがあるかもしれません。そのときにはまた、どうぞよろしくお願いします。

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writing date 07.03.27. ~ 07.04.19.    up date 07.07.10 ~ 07.07.31