第7話


「土方さん、俺今日ここに泊まるから」
「・・・・・は?」

土方の自室まで彼を引き摺ったは、ぱたんと後ろ手に障子を閉めて開口一番そう言った。

「いやいや、何言ってんだよ。泊まるって・・おま、屯所にか?」
「そ。もう風呂も入ったし!」

は隊士たちの計らいで、一番風呂に入らせてもらっていた。勿論、今回は沖田の乱入もない。風呂場の脱衣所の付近には、を先生と呼び親しんでいる隊士が複数名で抜け駆け不埒なやからの見張りに勤しんでいるし、脱衣所には召喚獣を呼び出してある。厳重な警備の元、は大きな風呂を満喫した。着替えは前沖田に貸してもらったようなものを再び借り受けようと思っていたのだが「もう俺には小さくなってたんで捨てちまいやした」と言われて。じゃあ仕方ない、今まで着ていた着流しを着ようとため息をついただが、「その代わりと言っちゃあなんですが・・・」と差し出されたのが、いま身につけている浴衣だ。

「・・・なんで女物の浴衣があんの?」
「山崎は監察方ですぜ? 女装くらいしまさァ」
「じゃあこれ山崎の?」
「はい、そうです! (ホントは違うんですけど・・・)」

実際のところ、この浴衣は沖田が最近買ってきたものである。どうして沖田がそんなものを買ったのかといえば、自身の誕生日の際に買って渡した浴衣の味を彼がせしめたからだ。己が見立て、買い与えた着物が予想通りかそれ以上に様になると、なんだか誇らしく、また自分のものだと宣伝して歩いているように見えて。風呂上りの髪を梳き、ゆるく纏め上げたのも実は沖田である。

「・・アレ? 土方さん、なんかいつもと違う匂いする」

土方が脱いだ上着を受け取り、それをハンガーにかけようとしていたが不意に、土方に顔を寄せてくん、とその匂いを嗅いだ。目に飛び込んできた、襟足から覗くうなじが2番目でも構わないとにじり寄ってきた女の面影と重なって。しつこく居座っている酩酊が、頭の芯をじんと熱くする。そして、土方の鼻腔をくすぐる、風呂上りの女のにおいが―――・・・

「てめぇ・・俺をナメてんのか」

土方の右手が、の左手首を捕まえた。反射的に身構えようとするにそれを許さず、力任せに壁に押し付ける。驚愕に目を丸くし、鋭さを帯びた黒曜石が土方に向けられる。

「な・・っ、なにす「ナメてんのか、って聞いてんだよ」


ヤメロ、と頭の中で声が叫ぶ。

やめろ、引き返せなくなる!


しかしそのか細い叫び声は、今まで築き上げてきたなにかが一気に崩れていく音に飲み込まれる。

それ以上は言うな・・!


この音はそう、喩えるなら世界の悲鳴。



も う 何 も 聞 こ え  い 。








「こんな夜中に女一人、野郎の部屋にのこのこ上がり込みやがって・・・ふざけるのも大概にしろよ」

ぎり、と締め上げた手首の細さに土方はわずかに目を見張る。つい数時間前に己の手に触れてきた女とさほど変わらないその脆さに、笑いが漏れる。そうだ、所詮はこいつも女に過ぎない! 痛みに表情をゆがめ、睨みあげる視線は土方を更に煽るだけで。

「な・・んの話してんだよ! 俺が土方さんの部屋に一人で来るなんてしょっちゅうある話だろ・・・それを、今更なんなんだよ!」

噛み付くように叫んだが、しかし思わず声が漏れそうになるほどの痛みに顔を歪めた。

「・・部屋に入ってほしくないんなら、そう言えよ! 俺が屯所に遊びに来るのが鬱陶しいならそう言えよ! 俺と顔合わすのが、そんなに嫌ならそう「違う!」

怒鳴るように、の言葉を覆い隠すように吼えた土方は、捕らえていた手首を力任せに引き寄せて。



の体を抱きとめた。





小柄な体はまるで測ったように土方の腕の中にすっぽりと納まる。左手は思いがけず小さな彼女の背を抱き、右手は後頭部を押さえる。パチンと音がして髪留めがはずれ、の髪がはらりと舞った。指に絡んだ彼女の髪だけが、土方の見知ったで。外界から切り離そうとするようにきつく抱き締める。そうすれば、の視界に写るのはきっと土方ただ一人だ。ひゅ、とが空気を呑む音に、彼は知らないフリをする。初めて抱き寄せた体は土方にとってあまりに脆く、けれどだからこそ、手離せなかった。

「ひ、土方さん・・・なんなんだよ、なんか変だよ今日・・っ」
「うるせぇ、黙れ」

これまでに聞いたことのない―――怯えた、現状に戸惑っているの声が、もう後には引き返せないことを土方に知らしめた。今腕の中にの温もりを抱きとめることと引き換えに、との間にあった目に見えないたくさんのものを差し出している。もう取り戻せないものかもしれない。もう二度と得られないものかもしれない。きっと次にの体を離したときには、今までの関係ではいられなくなっているのだろう。もしかしたら、こんな風に言葉を交わすこと・・・・いや、顔を合わせることすら、最後になるのかもしれない。
それでも。それでも土方は、こうしてを抱き締める今この時を選ぶ。


骨が軋むほど力を込めてまわした腕が とひとつになればいい。

――――・・・好きだ、


novel

chapter11   post script

はい、第11章「崩壊の前奏曲−prelude−」はこれにて完結・・・・・してねーじゃねーかコノヤロー!、なんて苦情はNo thank you! あいてっ、いい痛いです・・石つぶてを投げるのはお止めください! 火炎ビンもだめですってェエエエ! 今この場で多くは語りません・・・・次章をお待ちください。

writing date   07.04.29 ~ 07.05.22    up date  07.09.29 ~ 07.11.03