第6話


が目覚めたとき、その目に飛び込んできたのは神楽の寝顔である。ゆるゆると瞼を開け、目の前にあったのは無邪気に眠る神楽。その頬には幾筋もの涙の跡があり、閉じられた目の端にはまだ少しばかりの涙が浮かんでいる。それを見て、ああそうか、俺はついに言ってしまったんだっけ・・、と寝起きの頭でぼんやり思った。言わなければならなかったけれど言えず、だからもうずっと胸に秘めておこうと思っていたのに、気が付いたら口走っていた。

「・・行かないでヨ、・・・・」

眠ったままの神楽からそう言葉が零れ、それと一緒に新たな涙が頬を走る。その神楽に、彼女が望む言葉をかけてあげられない自分が情けなくて、は小さく謝罪の言葉を口にする。そうして伸ばした手のひらでその涙を拭い、ゆっくりそろそろと布団から這い出た。

「やっと起きたのか、・・・・・ってオメーひでぇ顔してんぞ」

ソファにどかっと腰を下ろした土方が、を見てまじまじと言う。瞼は重たげにむくれ、しかも赤い。見方を変えれば、ものすごく不機嫌そうな顔である。無言で立ち止まってしまったに土方は一つため息をついて立ち上がる。台所へと移動し、ビニール袋に氷をいくつか放り込み、そして水を注ぐ。ぎゅっと口を固く絞って、土方はその即席氷嚢をに押し付けた。

「冷やしてろ。そーすりゃ、少しは治る」
「・・・銀さんたちは?」

土方の向かいのソファに座り、は上を向いて氷嚢を押し当てる。瞼に宿っていた熱がじんわりとほどけていくのが心地よく、はほっと息をついた。腫れぼったい感じが早く引けばいいと思う。

「糖尿とメガネは買い物。総悟は・・・・その辺うろついてんだろ」

そんなノラ猫じゃあるまいし、と呟いただが、思ったよりも“ノラ猫”という表現がピッタリな気がして小さく笑う。ひとたびSという伝家の宝刀を抜けば、虎も真っ青の牙を剥くノラ猫。

「・・・やっと笑ったな」
「へ?」

が視線を向けた先で、土方は火の付いた煙草を右手に緩やかに笑った。この人は笑った顔よりも怒鳴っている顔のほうがずっと多くて、けれどはこれまでに何度もこの人の笑った顔を見てきたはずだ。煙草の紫煙を燻らせながら、唇の端をニヒルに吊り上げて、鋭い眼差しに分かりにくい優しさを伴って。なのに、今目の前で微笑む土方さんをは知らない。見たことがない。・・・・だから。


土方さんを目の前にして、一瞬、呼吸が止まったのはそのせいだ。





「・・ったく、昨日から見てねぇせいで調子が狂って仕方ねェ」
「・・な、にをだよ」
「決まってんだろ。お前の笑った顔だよ」

思わず呼気を飲み込んだに「なに鳩が豆鉄砲食らったような顔してんだ」という呆れた声が降ってくる。

「は、話聞いてなかったのかよ!? 俺は・・っ「知ったことじゃねーんだよ、そんなこと」

訳がわからない、と眉をひそめる。予想通りの顔に、土方は小さく笑う。

「俺だってなァ、好きで惚れたわけじゃねーんだよ」

「気付いたらテメェに惚れてたんだ。今更どーもこーもできるかよ」
「・・でも「でももクソもあるか」

は、と土方の口から吐き出される煙草のけむり。が見知っているのはただそれだけで、他のどれも今までの土方とは結びつかない。は表情を歪める。

「俺は・・っ、俺は・・この世界の誰も好きになったりしない・・!」
「おー、せいぜいやってみやがれ。好きだの何だのって感情が、テメェの思い通りになるんならな」

フッと唇を三日月の形に引き上げる目の前の男は、一体誰だ。

「覚悟してろよ、。お前を俺に惚れさせてやる」

目を逸らしたいのに、逸らせない。「冗談言ってんなよ」と笑いたいのに、笑えない。吸い込まれるんじゃないかと思わせるような鋭い瞳が、にそうすることを決して許さない。何に対して、誰に対してなんだかわからない。けれどその鋭い眼光がただ、本気なのだとに告げていた。

「・・大した、自信だな」
「当たり前だ。端から負ける気で仕掛ける奴がいるかよ」

困ったように、どうしたらいいのかわからないように苦く笑うに、「だけどな・・・」と土方は言葉を続ける。

「お前は今まで通りでいーんだよ。普通にしてろ」
「・・・そんなの、無理だ」
「ハッ、違ェねぇ」

・・・・ああ、こうやって笑う土方さんは、知っている。

と土方の間にあった何かは、脆くも崩れ去ってしまった。けれど、そこから新しい何かが生まれないほどに二人の距離は離れていない。破壊と創造は確かに表裏一体なのである。
―――こうして、土方がヘタレキャラの座を返還したことを、その席に最も近い場所にいる銀時は知らない。

novel

chapter12  post script

はー・・・・なんとかこれでひと段落、ですかね。土方さんがなんか好き勝手してくれちゃいましたが、あたま一つ飛びぬけたと見て・・いいのかどうなのか(汗) さて微妙な変化が生じつつありますがこれからどうなることやら・・・これからもまた、変わらぬお付き合いをお願い申し上げます。

writing date  07.05.23 ~ 07.06.01    up date  07.11.10 ~ 07.12.18