第6話
「ちょ、銀さんもう止めとけって! 飲みすぎだっての」
「んあ〜? だいじょーぶ、だぁいじょーぶ! まだまだ俺ァ飲めるっつーの」
「・・・ったく・・」
ろれつの回らない舌、不自然に赤く染まった顔、死んだ魚のようなというより、鮮度の落ちた魚のように真っ赤になった目・・・・明らかな酩酊を晒す銀時を横目に、は深いため息を漏らす。久々に手に入った正当報酬にただでさえ浮かれ気味だった万事屋だが、そこに銀時が酒を持ち込んだから収拾が付かなくなった。神楽はや銀時に見つからないようにこっそり飲んでいたのか、とっくの昔に定春に寄りかかって丸くなっているし、新八は 「お通ちゃん・・・」 と冷や水でもぶっかけてやろうかと思わせるだらしない笑みを浮かべて夢への旅路に立っている。今この万事屋で意識があるのは、酒を一滴も含んでいないと意識があるというかむしろただ目が開いているだけといったほうが正しい銀時のみ。空になったコップを覗き込み 「ありゃ、もうねェや」 とぼそぼそ独り言を呟いた銀時が、酒のビンに手を伸ばす。は銀時がそのビンを掴むより早くそれを取り上げ、恨めしそうな顔をする彼を睨み返した。
「もう今日は終わり。明日がしんどくなるの、銀さんなんだからな」
「・・・あとこれ一杯だけ」
「水持ってくるから、待ってろ」
はーっ、と大袈裟に吐き出されるため息を背中に聞きながら、はそんな銀時を不審に思う。こんな風に明らかに悪酔いするような飲み方は久しぶりだ。ただひたすらに、口に含んだ酒について美味いともまずいとも言わずにコップを煽いで・・・まるで、嫌なことを忘れようとしているみたいな飲み方。
「ホラ、この水飲め。俺は新八たちにかけるもの取ってくるから、それまで寝るなよ」
「んー・・」
どうやら銀時の限界点を見誤ったらしい。彼の瞼はいかにも重たそうに瞬きの回数を増やしているし、冷たい水の入ったコップを手に持ってぼんやりとしている。あと5分したらこのまま眠ってしまうに違いない。
「(・・・ったく、いい大人なんだから自分で制御しろっての・・)」
いかにも明日起きたら体の節々が軋みそうな寝方をする新八はそれでも幸せそうな寝顔を晒し、定春によりかかり彼の毛皮にくるまって眠る神楽も同様に静かな寝息を立てている。次はちゃんと二人が酒に手を伸ばさないよう気をつけていようと思う反面、まぁたまにならいいかと思わせる二人の様子はの目にも微笑ましい。ただ――・・・そんな彼女の後ろでコックリと大きな舟をこぐ、いい年した銀髪天パがに再び大きなため息を呼び戻した。
「銀さん、ちょっと銀さん」
「んー・・・」
「どうすんの、もうここで寝る? それとも布団いく?」
「んー・・・」
「どっちなんだよオイ! ここで寝るんなら何かかけるもん取ってくるから、ほら決めろよ」
ぺちぺちと頬を叩くと、銀時はさも不機嫌そうな顔をしてうっすらと目を開け、眠気に掠れた声で小さく言った。
「・・布団いく」
「じゃあ部屋に布団敷いてくるから、ちょっと待ってろ。寝るなよ、絶対寝るなよ?」
「・・・・」
どうしてここまで俺がしてやらにゃあならんのだ。いつから俺はアイツの介護係になった。おかしい、絶対おかしい。憤懣やるせないといった表情を浮かべながらも、は結局銀時のために押入れから布団を引っ張り出しそこにちゃんと敷いて、かけるものも取り出し・・・奴がここに横になってすぐ眠ってしまっても、困らないようにする。まったく損な役回りを引き受けたとしか言いようがない。
「ほら、銀さん立って。ああもうここで寝るなよ! 折角布団敷いてやったんだから!」
目を擦り、のっそりと立ち上がった銀時は一歩を踏み出してすぐ足元をふらつかせる。見るに見かねて脇を支えてやると、聞き逃しそうなほど小さな声が頭の上から降って来た。
「・・・・悪ぃな」
「なにを今更。ほら、しゃんと立てって」
敷かれた布団に銀時の体が沈む。思ったよりも重たくて、最後は突き放すように銀時の体を布団に投げ出したせいか、枕に顔をうずめた銀時が小さな声で「いってぇ・・」と呻くのが聞こえた。
仕方がない、今日は自分が神楽の眠る押入れで寝るとしよう・・・はため息を一つ零し、神楽と新八が眠る居間の電気を落とす。布団に落ちた格好のまま身動きをしていない銀時を見ては少し笑う。
「じゃあ銀さん、電気消すよ」
「おー・・・」
音を立てぬよう、静かに襖を閉じる途中のことだった。名前を呼ばれた気がして、はふと顔を上げる。
「・・・銀さん? いま呼んだ?」
「、ちょっとコッチ」
闇に慣れた目が、暗がりで手招きする銀時を見つけた。
「どしたの、水持ってくる?」
どうやら布団の上に胡坐をかいているらしい銀時の前に、がしゃがみこんだ瞬間。両側から伸びてきた腕に捕らえられ、の視界は闇に包まれた。
「・・・・・・はィ?」
ようやく我に返ったがそう一言だけくぐもった声で漏らしたときには既に、銀時の太い腕がをぎゅうと抱き締めていた。昼間のときとは、違う。昼間のはもっとずっと優しくて、でも今のほうがずっと熱い。首元にかかるヤツの吐息がくすぐったくて、酒臭いというよりどうしてだか酷く甘やかで、そしてやっぱり酷く熱い。どくん、どくんという体の髄に響く低い音が、銀時の心臓の音なのだと気が付いたとき、の体から緊張が四散していった。
「どしたの、銀さん」
昼間してもらったときのように。は彼の銀髪にくしゃりと指を絡ませる。の体を締め付ける、腕の力が少しだけ抜けた。
「なに、怖い夢でも見ましたかー?」
「・・・そんなんじゃねーよ、アホ」
「アホって言ったほうがアホなんですぅ、この天パめ」
「・・今ここで天パ関係ねぇだろーが」
「てゆーか俺は、今どうしてこうなってるのか聞きたいんですがね、銀さん」
「・・・・・・」
「うあ、ここでだんまりですか」
「・・るせ」
「ったく・・。別にもうどーでもいーけど」
銀時に体重を預け、着物の襟元を手でそっと握る。彼によってもたらされる暗闇は怖くない。自分が一人ではないことを、日の光の下にいるときよりもはっきりと認識できるから。もぞもぞと動き、は至近距離に銀時を見上げる。電飾の光のない暗闇の中でも、外から漏れてくるかぶき町のネオンに照らされて彼の銀髪が淡く光を放っている。点々ばらばらな方向を向いている彼の銀髪には指を遊ばせ、その感触を楽しんだ。
「――・・っと、ちょ、銀さん?」
不意に銀時が寄りかかってくる度合いが増した。ぐぐぐ、とのせられる体重には顔を顰める。
「・・っ、どわッ!」
ぼふん、との体は布団に沈む。圧し掛かってくる重みに肺の空気が押し出され、息が止まった。しかも背中がやたらごつごつと痛い。それら全てが自分の上に覆いかぶさっている人間のせいだと認識するのにかかった10秒という時間は長いか否か。
「ちょ、銀さん? お前ふざけんな・・・・・・・・・・って、え」
もしかしてコイツ、眠ってる・・・・? 耳をそばだてれば聞こえる深い呼吸。ちらりと見上げて目に入る、やたら満足そうな顔。そして、外そうとしても一向に外れる様子のない背中に回された腕。
はあぁ・・、とは今日で一番長くて深いため息を闇の中に零す。一体俺にどうしろというのだ。
「(・・コイツ、ほんとに寝てんだろーな・・・)」
もしもこれが寝たフリなら大したものだが――きっと奴にこんな演技は出来まい。ということは銀時はを腕の中に抱き締めたままぐっすりと寝入ってしまったということで、それがわかったところでにはどうしようもない。無理やり抜け出そうとしたら、肩がはずれるかと思った。眠りこけている人間に関節技を決められる日が来ようとは・・・人生とはわからないものである。
「(・・・・・寝よ)」
はこうして銀時の腕の中から抜け出すことをあっさりと諦め、ある意味どちらにとっても不可抗力によって一夜を共にする。そのせいで次の日のまだ太陽が昇るより早い時間、トイレに目を覚ました銀時が 「オイィィィイイイ!」 と万事屋中に響き渡る奇声 (しかも裏声) を上げることになるのだが――・・・それはまったくもって致し方ないことである。
novel
13章終了です、おつかれっした! 黒い制服の彼らが全く出てきていないのは仕様です。今回はとりあえず、銀さんに焦点を当てて反逆の土方編の後処理をさせていただきました。変わったようで変わらず、今までのままかと思いきや変化のあったらしい関係を銀さん視点でいきました。逆に可哀想になった感が否めませんが、お楽しみいただければ幸いです。
writing date 07.06.10 ~ 07.07.09 up date 08.01.20 ~ 08.04.29