第5話
「じゃあなーっ! 団子ありがとー!!」
屯所の門を出て、曲がり角を曲がる前に。
は門の柱に寄りかかる土方に大きく手を振った。
彼女の表情なんてぼんやりにしか見えないはずなのだが、それでもありえないくらいの笑顔なのだろうという予測は簡単だ。
ふ、と土方の表情が和らぐ。
の笑顔の最もすごいところは、見たものをも笑顔にすることだ。
「土方のくせにニヤニヤしちまって、気色悪ィ」
「・・・いつからいたんだテメー」
門の内側・・・からは見えない位置に陣取った沖田は、浮かれ気分も一気に冷める言葉を浴びせかけた。
実際、土方のテンションは一気に降下してしまう。
「土方さんも隅に置けねぇなァ。吉原で遊んで、帰ってすぐですかィ?」
「オイィイ! 吉原なんざ行ってねぇから! 適当なこと言ってんじゃねーぞコラァアア!」
勢いよく振り返った土方だが、沖田はすぃと身体を動かして。
見えなくなった背中を追うように視線を投げる。
「・・・手ェ出すの、止めてもらいませんかねィ。アレ、俺のもんなんで」
ぼんやりと。
それでももう見えなくなった背中から視線を外そうとしない沖田の横顔は、これまでの長い付き合いの中でも土方の知らないもので。わがまま、めちゃくちゃし放題のこいつにもそういう時期が来たのか・・と土方はふと考える。
あの田舎道場から出てきて、必死でここまでやってきて。同年代の奴らと遊ぶ時間を剣と真撰組に捧げてきた、コイツにも。
「ありゃあ、俺のオモチャでさァ」
「・・・・・・は?」
物騒とも取れる台詞に土方が沖田を仰ぎ見たとき。
それまで彼に浮かんでいた見慣れぬ表情は跡形も無く消えうせ、そこにあるのは他人を揶揄するニヤリとした笑み。
ひとごとながら、土方の背筋はぞわわ・・ッと粟立つ。
「ぁ、ぁの・・総悟? オモチャっておま、比喩・・・・・だよな?」
「は? 言葉通りに決まってろィ、土方のバカヤロー」
―――――マズい。
やたらめったらプライドが高く、またそれが他人に傷つけられるのを決して許さない。そして極度の負けず嫌い。
・・・・土方の知る限り、そんな沖田の惚れただの好いただのという浮いた話は聞いたことがない。おそらく、これが初めてである。
だから正直、沖田がどうでるのか・・・・・長年近くにいる土方といえど、予想がつかない。
「・・・・・惚れたか?」
「ん? あぁ、そうか。俺、に惚れてんのか」
ああ、ナルホド納得! みたいな顔をされて、驚くのはむしろ土方だ。
「でもアレだな。俺はに惚れてんのに、はなんでもねぇのってムカつく」
「・・は!?」
「だって負けちまったみてぇだろィ」
色恋を勝ち負けにしてしまうところが沖田らしいというか、なんというか。
同年代の友人が少なかったせいだろうか、どうにも思考が子供っぽさを帯びている。
「だから土方さん、邪魔したらアンタでも容赦しやせんぜ?」
す、と合わされた視線はガキ臭い意固地な色をしながら、それでも確かに真剣な光を滲ませている。
「・・ハ、言ってろ」
「ヨユーってわけですかィ?」
踵を返し、屯所へ戻ろうと沖田に背を向ける。背中に注がれる鋭いまでの沖田の視線に、土方は言葉で応じた。
「敵は俺だけじゃねーってことだ」
瞠目した土方の瞼に映ったのは白髪糖尿くるくるパー。
咥えた煙草に火をつけ、くゆる紫煙は夕日の赤に染め上げられる。うまいはずの煙草はどこか苦味を帯びて、体に沁みた。
novel
第6章のシリアス具合から一変しての第7章でしたが、いかがでしたでしょうか。
のらくら記本編におけるメインデビューを果たした沖田くんですが、これから正々堂々(?)と主人公にちょっかいを出しまくることでしょう。
危うし銀さん・・! さぁどうする!
Take it easy!! この作品はワンドリサァチ!様のランキングに参加してしています。面白いと思われましたら一押しお願いします。
writing date 06.12.06 ~ 06.12.19 up date 07.04.18 ~ 07.05.06