第5話
「はーい、はいはい、いらっしゃいませー」
がら、と戸を開けると、玄関先に立っていたのは見るからに高そうな着物に身を包んだ少女。
その珍しい訪問者に、銀時はわずかに目を丸くする。依頼の連絡は受けていない。
かぶき町に住む人間なら連絡なしにひょっこり現れ、ちょっとした仕事を依頼することだって珍しくないが、この少女はどうもそういう風には見えない。
――――銀時は、少女が一瞬だけ浮かべた侮蔑とも軽蔑ともつかない表情を見逃していなかった。
「どしたの、お嬢さん? 仕事の依頼?」
「・・あの、こちらは万事屋銀ちゃんであってますよね?」
「おーよ」
ぼりぼりと首筋を掻きながら、少女の言葉を待つ。しかし、その言葉は銀時の予想だにしていなかったもので。
「さまをよんでいただけます?」
「・・・さまだァ?」
「・・、リィナさん!?」
驚きを隠しきれないように、事務所を振り返った銀時の視線の先でが表情を固まらせた。
「あぁ、さま! わたくし、お伺いするところを間違えたのかと思って、怖かったですわ・・!」
表情を未だ固まらせたままのに、リィナがしがみつく。
「さま・・!」と小さく呟いたリィナは、の着流しの袖を縋るようにきゅうと握る。
「・・・リィナさん、どうして、ここに?」
「隊士の方にお聞きしたのです。どうしてもさまにお会いしたくて・・・」
は少しの間、天を仰いで瞠目する。
彼女を―――リィナを、甘く見ていた。
稽古の日に会いに来て、ちょっとお話をして、そうしてしばらくすれば彼女のほうから離れるだろうとタカを括っていたのだ。
まさか・・まさか、ここにまで来るとは。
思えば、リィナがの居場所を特定することは容易なのだ。
近藤や土方、沖田ら真撰組幹部がの住所を漏らすことはありえない。
これ以上、の負担になることは絶対にしないと言い切れる。
けれど、下級隊士は違うのだ。彼らはリィナを「高嶺の花」と見ており、彼女に言い寄られているを羨んでいるふしがある。
そんな彼らが、リィナの頼みを断るはずがなく。
「(アイツら・・・今頃絶対浮かれてやがるな・・・)」
「あの・・さま・・・、ご迷惑でしたか?」
の着物の袖をきゅ、と握って。リィナはチラとを見上げる。
そのに向けられる色づいた視線に、銀時もピンと感づいた。
「(あー・・・なるほど)」
「いいえ、迷惑だなんてそんなことありません」
そう言って笑みを浮かべるに、銀時は賞賛の感すら抱く。
そして同時に、の本当の笑顔を知る自分に少しの優越感を。
「(ったく、きっちり断りゃいーのによ。ほんと、そゆとこ押しに弱いっつーか、人が好いっつーか・・)」
「銀さん、俺これからリィナさんにこの辺案内して、送ってくるよ」
「おー。あんま遅くなんねぇよーにな」
「・・・・ん、ありがと」
くしゃり、と髪に絡められた銀時の手は温かい。
「あの、さま? あの方は・・・」
「あぁ、銀さん? あの店の店主だよ」
万事屋を出て、真撰組屯所へ向かう。屯所前で待つ世話係に見つからぬよう、裏庭から抜けてきたらしい。
今頃屯所では上を下への大騒ぎだろうとは考えて、小さくため息を漏らす。
「はじめてお話を聞かせていただいたときも思ったのですが、万事屋とは一体どういったお店なのです?」
「ええと、町の人たちから頼まれたことをする、便利屋さんみたいなものですよ」
「・・そうなのですか」
――――気付いている。リィナが、この町の人たちを蔑みの目で見ていることぐらい。
道を歩いていて気軽に声をかけてくれる町人の人たちを見る目だけではない。
銀時に会ったときも、平の隊士を見るときだってそうだ。彼女の目は酷く冷徹な光を帯びている。
おそらく彼女にそのつもりはない。
彼女がこれまで生きてきた環境や、これまでに作り上げられてきたものの考え方が、無意識にそうさせているのだろうと思う。
「さま、是非今度我が家へお出でになってください」
「リィナさんのお宅へ、ですか?」
「はい。きっと、気に入っていただけると思いますわ!」
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「リィナ、さまとお庭の散策などしてきたらどうです?」
コン――・・とししおどしが石を打つ音に、はハッとして意識を取り戻した。
あれから・・怒涛の勢いで話は進み、の知らないうちに見合いの場がセッティングされていて、なぜか仲介人にはの会ったこともない松平がなっており、断ろうにも近藤の手前そんなことはできなくて。
それでももちろん松平はが女であることを知っているから、それを隠し通したままやんわりお断りをする方向で動くことにはなったけれど・・・どうもその方向に動いているようには見えない。
「さま、いかがですか?」
「・・・・ええ、行きましょうか」
部屋を出るとき「なんとか上手く断って!」と手を合わせる松平と目が合ったけれど、無視した。
「さまは・・・どうしてあのようなところにお住まいになっているのですか?」
「え?」
池の幅が狭くなったところ。そこに渡された橋で、はリィナの思いがけない言葉に振り返った。
彼女の目はなんだか少し苛立ちを滲ませているようで。
「真撰組指南役という役を仰せつかっておられるのに、なぜあのような場所に?」
「・・・・・・」
「さま、我が家にお出でくださいませ。わたくしの夫として。
そうすれば、さまはあのようなところに住まわずともすむのですし・・、もっと自由な暮らしをおくれましてよ」
リィナの瞳の奥に、はゆらめく炎を見た。
これが彼女の本当か―――はふ、と口元に笑みを浮かべる。
しおらしさを演出した彼女よりも、勝気な瞳を輝かせ、欲しいものを欲しいとはっきり言うリィナのほうがにはキレイにうつる。
「さ「リィナさん、申し訳ありません」
「・・・ッ!」
「俺は、あの家を出る気はサラサラありません。あの人たちが好きなんです。リィナさんが思われているよりも、多分ずっと」
「そう―――・・・何を言っても無駄だというのですね。なら、結構です。あなたは要りません」
こうして、を巻き込んだ一連の騒動は静かに幕を下ろした。
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昼飯を終え、残った執務を片付けようと己の執務室の障子を開けた土方は、そこに普通あるはずのない人間を見つけ、数秒固まった。
そしてものも言わずにスッと障子を閉め、あたりを見渡してやはりそこが自室であることを確かめると、首を斜め45度に傾けながらもう一度開けて―――。
「やっほー、土方さん。約束果たしにもらいにきた」
「ってなんでオメーが普通に寛いでんだコラァアア!」
バリバリ、とせんべいをかじりながら、座布団を半分に折り曲げ、それの上にうつぶせになって本を読んでいたのは、。
着流しの裾が乱れるのも構わず、足をぱたぱたさせて土方を見上げる。
「何読んでんだよ」
「ん? 新入隊士の名簿。早く覚えなきゃだろ?」
なんだかんだ言って、の仕事ぶりは大したものだ。
幹部連中の名と剣の流派をきちんと把握しているのはまぁ当然としても、平隊士の流派まで頭に入っているのだから。
「(・・・・脚ほそ・・)」
早々とが名簿に目を戻してしまうから、土方は困ったように視線を漂わせる。
なんというか、まァ言っても無駄なのだろうという予測は朝飯前だけれど・・・・もうちょっと考えてもらいたいものである。
精神安定上、よろしくない。
「そーだよ、今日は俺そんなことしに来たんじゃないんだって」
「・・・あ?」
見上げたの視線にどきりとする。
時々。
そう、時々ではあるけれど、は不意に“女”の顔をする。普段はそこらの男なんかよりずっと男前な立ち振る舞いをみせるくせに、こちらが油断したときに限って女になる。
と思った次の瞬間には、男前なに戻っていたりして・・・なんとも忙しく、不安定な生き物だ。
しかも、女の顔をしたは、妙に扇情的だったりするからたちが悪い。
ギャップに弱いのはどうやら、女に限った話ではないらしいと、土方は自身の体験をもって知った。
「約束したよな? 終わったら、三春屋の菓子大人買いしてくれるって」
にま、とが笑う。
土方は怪訝な顔をして数秒、己の言動を振り返り――確かにそういったことを思い出した。
「あー・・・アレな」
「“忘れてた”とか“冗談だ”とかはなしだからな」
「・・・・・」
すっくと立ち上がったは、苦虫を噛み潰したような顔の土方を急かすように。
「ホラ、行こうよ土方さん!」
まるでそうすることが普通であるかのように。は土方の右手を、自身の左手で取って駆け出す。
「な・・っ、ちょ、オイこら!」
「待ったなーし!」
明るい声を上げて笑うの背を追って。繋がれた手の温かさを実感して。
やっぱりこれがコイツの笑顔だ、と土方はひっそり微笑んだ。
novel
第8章「男と女の境界線」完結です。それぞれの思いを整理してみました。
主人公の自分自身に対する印象と、彼ら3人との間にある想いのズレを表現したかったのですが・・ううむ。
キャラより女にモテる主人公ってどうなんだ、という思いもありますが気にしない方向で進みます。
次章ではついに・・・ついに、満を持してあの方の登場です! 乞うご期待!
Take it easy!! この作品はワンドリサァチ!様のランキングに参加してしています。面白いと思われましたら一押しお願いします。
writing date 06.12.21. ~ 07.01.16. up date 07.05.19 ~ 07.06.03