「・・オイ、嘘だろお前これ・・・・、マジで?」
「・・・はぁ」
の重たいため息を背中に聞きながら、銀八は体育館倉庫の扉を開けようと粘る。
が、どれだけ力づくで開けようとしても、ガタガタと音を立てるばかりで扉は開こうとする気配を見せない。
「間違えて、カギ・・かけられちゃいましたか」
+ + + + + + + + + +
今日は各学期ごとにあるクラスレクの日だった。
クラス内での親睦を深めるという目的で行われたレクリエーションで、銀八率いる3年Z組はドッジボールを選択。
普通の体育でも異様な盛り上がりを見せる3Zが、授業時間をつぶして堂々と遊べる時間を無駄にするわけがない。
同じく運動場を使っている他のクラスが引くほど、3Zの面々はドッジボールを全身全霊で楽しんで。チャイムのなる15分前には" 妙・神楽 vs 沖田・土方(盾)"という変動のない状態になっていようと、レクの時間を思う存分遊んだ。
自分以外のクラスメート全員の推薦を受けて学級委員になってしまったは、(ハメられた、とも言う)一番最初から外野に出ていて結局最後まで外野にいたが、みんなが楽しんでくれたんならまぁいっかとぼんやり考えていた。
始めから外野へ出ていた人は内野へ戻れたはずだけれど、そろそろ戻ろうかなぁと思うくらいに外野の人数が増えたころには、
内野は部外者が割り込んで命を保っていられるとは思えないような様相を呈していたから、敢えて戻らなかった。
クラスレクはその日の最後の授業時間だったため、次の日の連絡事項を伝えた後に運動場で解散。本当ならクラスに戻ってHRをするところだが、運動場に残っているのはもはや3Zだけで、他のクラスはとっくに放課後を迎えていた。
これ以上のばして、部活顧問の先生に文句をつけられることを危惧した銀八は、運動場でのHRを決行したのだった。
「今日は確か、部活ない日ネ! 一緒に帰ろっ」
「あー、ごめん神楽。私、色々片付けあって遅くなりそうだから、先帰ってていーよ」
「・・しょうがないアルねー。分かった! じゃあ先に帰るネ」
「ん、また明日ねー」
運動場のあちこちに転がったボールを集める。
本来なら1つで事足りるはずなのに、最後には4つのボールがコート内を行き交っていて、それらは見事、四方に散っていた。
「・・・・・どーしよ」
2つ目まではいい。3つ目も・・・どうにかなる、きっと。問題はその次だ。
「お前ねー、人に頼めばいいだろーが」
くしゃり、と頭を大きな手が撫でた。
通り過ぎざまの手はすぐにの頭から離れ、3つ目のボールを掴む。
「3つ目はどーにかなるかなるとしてよォ、4つ目どーするつもりだったんだ? 」
「先生・・・ごめん、ありがと」
「ん、いいってことよ」
白衣に眼鏡、咥え煙草といういつも通りのスタイルの銀八ももちろんレクに参加し、一番最初に神楽の強烈なボールに当たって外野行きの運命を辿っていた。4つのボールをすべて拾い上げ、二人は連れ立って体育館倉庫へと向かう。
空はまるで燃えるように紅くて、西の空にはぽつぽつと星が輝き始めている。
「・・・、お前今日部活は?」
「休み」
「ふーん・・神楽とかと待ち合わせしてんの?」
「ん、してない」
そっか、と言いながら隣を歩く銀八が、にんまりと笑ったのをは知っている。
「じゃ、送って帰るわ。いつもン所で待ってろよ?」
+ + + + + + + + + +
「で? ボールってどこに置きゃあいいんだ?」
「こっち。ドッジボールなんかあんま使わないから、奥にあって」
普段の体育でよく使うものは入り口付近に、使わないものは奥にあるのが当然だ。
バスケットボールやサッカーボールなら投げても届くところにあるのだが、ドッジボールは隅っこのほうに追いやられている。
「ったく、しょーがねぇな」
「あー・・手伝わせてごめん、先生。私の仕事なのに」
「じゃあ今日の帰り、パフェおごれな」
「・・・・おしるこで手を打とうよ、先生」
「なんでお前おしるこをチョイスしたんだよ」
バレーボールで使う支柱をまたぎ、跳び箱をこえ、ハンドボールで使う小さいゴールの網をくぐり、ようやくドッジボール入れを見つけ出したときだった。
「ったく、まぁた誰かがイタズラしやがったなァ? 開けたら閉めろっってのが、わかんないかねぇ」
用務員のオジサンの声と、倉庫の扉が閉まる音。そして、ガチャガチャという不吉な―――・・
「ぇ、嘘だろ? ちょ、待 ―ガチャン― あ・・・・」
銀八の声は、用務員のオジサンのそれはもう 大 音 量 の鼻歌にかき消されて、無常にもオジサンの耳には入らなかったらしい。
―ガチャン― という音は、考えたくも想像したくもないが、やはり・・・・。
「・・オイ、嘘だろお前これ・・・・、マジで?」
「はぁ・・・。間違えて、カギ・・かけられちゃいましたか」
「って、なんでお前そんな落ち着いてんの!?」
銀八に言われ、はきょとんと首をかしげる。
「え? 焦ってるよ、私」
「・・・・そーは見えねぇっつの」
ぼそりと呟きながら、扉にもたれかかりながらずるずると座り込む。小さな窓見える空は紅というか、もう青の強い紫色をしている。
この窓は東向きだから、西の空には既に夜の帳がおりつつあるだろう。
「どーすんだよコレ・・・もう夜になっちまうぞ」
「先生携帯は? 私のは教室にあるんだけど・・」
「ねぇ。俺のも職員室だよ」
自分はどうにでもなる。が、を遅く帰すわけにはいかない。
今日は部活が休みだと知っている親御さんが心配するだろうし、なにより・・・
「ま、どーにかなるよね」
「・・、なんでオメーはそんな落ち着いてられんだよ・・・」
弱りきった声で銀八が零すと、はその顔に笑みさえ浮かべて言った。
「だって先生がいるから。だから大丈夫でしょ」
時々。は突然そんなことを抜かす。タチが悪すぎる、と銀八は思う。
こういうとき、ハマっているのはではなく、自分なのだと実感する。
「・・・・・・・、ちょっと来い来い」
招き猫の手みたいにして、を呼び寄せる。
普段、学校じゃこんなことしても絶対・・そう、絶対には近づいてこない。
自分たちの仲が周囲に露見するのを防ぐためなのだろう。
それは重々わかっている。(が、ちょっとツマラナイ)
しかも、そのの配慮に救われているのは他でもない、銀八自身なのだ。(それでもツマラナイものはツマラナイ)
不思議そうに首をかしげながら、それでもはひょっこり近寄ってくる。
しゃがみこんでいる自分に目をあわそうとしてのことだろう、目の前に座り込んだの両肩を掴んで、ぐるんと180度回転させる。
わッ、と声を上げたを、後ろから抱き寄せる。
「び、びっくりした・・・。いきなりどしたの?」
「んー・・いや、なんか久しぶりじゃね? こーゆーの」
ぎゅう、と比較的小柄なを抱きしめる腕に力をこめる。
肩口から顔をのぞかせると、はびっくりして体にこめた力をゆるゆるとほどく。
無防備、だと思う。
「まぁ、そう言われれば、確かに・・・」
「だろォ? つか、感動薄いな、お前」
「そー・・・・かも。確かに」
「オマエね」
がくすくす笑う。
が柔らかく、親しみをこめた笑い方をする。愛嬌はあるが、とびきりの美人というわけじゃない。
それでも人の目を――少なくとも、自分の目は惹きつけられる。
「・・・なァ」
「なに? 先生」
「ちゅーしよ」
「―――――・・・はぃ?」
「だって最近音沙汰ないじゃん。前にしたの2週間以上前だよ? ねェ、そこんとこわかってる?」
「だぁあーっ! なにをアンタは振り返ってんですか!」
「としたちゅーを」
「すいません、言わなくていいです」
さり気なく、が身体を遠ざけようとしている。それに気が付かないはずも、それを許すはずもない。
「、男ってのは基本オオカミです。先生も男です。ひいてはオオカミです。もうガマンできません」
「自分でオオカミっていう人、私初めて見ました。てゆーか、ここ学校なんですけど」
「学校だろーと、車の中だろーと、屋外だろーと、愛し合う男女がいればそこはラブホに変わんだよ。テストに出るから覚えとけ」
「死ね変態」
結局、そこで始まってしまったボールやらなんやらを使った大騒ぎに用務員のオジサンが気付き、ようやく体育館倉庫から出られたわけだけれど―――・・・。
「ほい、おうちに到着しましたよー。チャン」
「・・・・・ども。ありがとーございました」
「こらこら、忘れモノしないの」
「え? 忘れ物なんか・・・、っ!」
「はー、かれこれ2週間ぶりかァ。ごっそさん」
(あれ、これってラブロマンス・イン・車? なんか語呂悪ィけど)
企画 Let's Enjoy School Life ! さまに捧げます。参加させていただき、ありがとうございました!
お題 "ラブロマンス・イン・体育館倉庫"はリライトさま「コント的学生生活10題」よりいただきました。ありがとうございました。