最近、やたらと沖田の仲がいい。思い返してみるに、席替えで奴らが偶然隣同士になったことに端を発していると思う。 馬が合ったんだか何だか知らないが、昼休みやら放課後よくつるんでいるのは最早当たり前。 授業と授業の間の10分間休みには予習のノートを貸す貸さないでわいわいやっているし、いざ授業が始まったら始まったでベラベラ喋っている。

「なァー。三大随筆全部言えなかったら、パン買って来い」
「枕草子・方丈記・徒然草」
「・・・・作者も挙げろィ」
「清少納言・鴨長明・吉田兼好・・またの名を兼好法師」
「・・・・・じゃあ「ハイそこまでー。えらく勉強熱心な沖田クンに問題でーす」

チッ、と舌打ちをして立ち上がった沖田に、は知らん顔だ。

「じゃあ、枕草子から問題だすぞー。清少納言は"春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山ぎは・・"云々と言ってるが、そのあけぼのってのは今で言うところの何時くらいでしょーか」
「・・・・・あけぼのって・・相撲取りじゃねぇんですかィ」
「お前平安時代って何年前の話だと思ってんの? しかも曙もう相撲取りじゃないよね?」

ゲラゲラと笑い声に包まれる教室。 席に着きながら、不機嫌そうな沖田が声には出さずに文句を言っているのは、本人たちにしかわからなないようでその実、銀八に筒抜けだ。

「俺が古典苦手なの、知ってんだろィ? こそっと教えてくれてもバチはあたりやせんぜ」
「・・・・・・代わりに数学教えてくれるんならね」
「またですかィ? チッ・・仕方ねェなァ」

ホラ、まただ。


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3Zでの授業を終えて、職員室へ戻る。 安っぽい事務イスは乱暴に座ると悲鳴のような音を立てるが、気にせずに背もたれに体重をかける。 ぼんやりと天井を仰ぐと勝手にため息がもれて、そんな自分に苦笑した。

「坂田先生どーかしましたかぁ? あ、もしかしてついにボイコットですか」
「違いますー、そんなことありませんー。服部先生と一緒にしないでくれますかー」

隣の席の服部は3Zも担当している数学教師だが、高校数学なんてはるか昔にリタイアしてから見てもいない。 服部の評判はクラス内でも結構いいから、教え方はうまいのだろうけれど・・自分には理解できないだろうなと思う。

「あ、そー言えば、坂田先生のクラスのチャンのことなんですけどね」

彼女の名前にどうしようもなく反応する自分がいる。

がどーかしましたか?」
「最近、数学の調子いいみたいなんですよねー。すごく伸びてるんです」

は数学が苦手だ。典型的な文系人間だといえる。 彼女自身も数学の成績が全体の足を引っ張っていることを知っているから、努力はしているのだが―――思うように伸びない、というのが実状。 だが、国語・・・ことに古典に関して、は理解度が非常に高かった。数学と国語でプラスマイナスゼロ、という感じ。 だから数学の成績が伸びれば必然的にの成績は上昇する。それは歓迎すべきことなのだが・・・

「つーかそれ、ホントに服部先生のおかげっスかぁ?」
「うわ、なんだ知ってたんですか? 沖田のおかげで成績伸びてるって」

沖田は典型的な理系人間。 理系科目・・・特に数学に関しては驚異的ともいえる成績をテストでも外部模試でも叩き出す。 銀八にしてみれば理解の範疇を超えた人間で、まさにと正反対の成績を保持していた。

チャンの解答手順が沖田のとよく似てる・・ってか、近くなってきてるってゆーか。教師としちゃさみしいけど、自分にあった思考手順を見つけられたなら、これからもぐんと伸びますよー」

沖田のクソみたいな国語の成績も、最近目に見えてよくなっていることに気が付いていた。 こと古典に関して、その上昇率が高いことも。


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空手部の女主将を務めるの帰りは遅い。 その彼女を自宅まで車で送って帰る20分弱の時間が"先生と生徒"という関係でなくなるわずかな時間。 ・・・・なのだけれど、学校で6ないしは7時間目まで授業を受け、それから部活で汗を流したは帰りの車の中でうとうとしてしまうことが多い。 今日もその例に漏れず、彼女は頭を左右に振ったり目を擦ったりしている。 あと5分もしないうちにきっと、舟をこぎ始めるだろう。

「あー、お前さぁ」
「・・・・ん、なに?」

とろん、と声がとろけている。 その、あと一歩踏み出したら眠りに落ちる声が何気にお気に入りだ。

「最近アレだよな。ホレ・・・・沖田と、仲いいよな」
「・・んー、席がいま、となりだしねぇ・・」



今日の昼休み。廊下を歩いていて偶然聞こえてきた会話が耳にこびりついて消えない。

「あ、わかった! お前が最近気になってんのって、3Zの学級委員の人か!」

ぴく、と耳が声を拾い上げた瞬間、意識はそちらに集中する。3Zの学級委員は、だ。

「ばっかやろ、声デケェよ! お前マジふざけんなッ」
「あ、悪ィ。確かに結構キレーだもんなー・・・・・・ってでも、正直ムリじゃね?」


バレたのだろうか。銀八の背筋が一瞬冷える―――が。

「そーなんだって・・沖田がいるもんなァ」
「俺、アイツら付き合ってんのかと思ってたんだけど。違うわけ?」



今思い返してみても、ちげェよ!と怒鳴りたくなる。 にちょっかいを出そうとしていたあの男子どもが気に食わないのは当然だが、それらを未然に蹴散らしているのが沖田だということのほうが腹が立つ。

「(あーもー、イライラすんなァ・・クソッ)」

こういうときに限って信号は赤に変わる。前の車はギリギリ黄色で走っていってしまった。 銀八は小さく舌打ちをする。大通りに接続するここの信号は、赤が長いことで有名なのだ。 ハンドルにもたれかかるように上半身を前のめりにする。 じろりと信号を睨んでみてももちろん変わることはない。ため息を吐きながら、ふと助手席に目を移すと。

が今まさに、眠りに落ちた。

こて、と頭の重みを支えきれなくなった首が折れる。 疲れきっていたのだろう、それでもは目覚める様子はない。かすかな寝息が聞こえる。 ほとんど無意識に手を伸ばし、顔にかかる前髪をよけてやる。 そのままそっと頬を撫でる。と、は小さく身じろぎして目を開けた。 けれどそこから覗く彼女の瞳は明らかに夢の世界でぼんやりしていて。

「・・まだもーちょいあるから、寝てろ」

その言葉に安心したように。 は小さく微笑むと、再びまどろみの中に落ちていく。


この幸せそうな寝顔も、安心しきった微笑みも、眠気にとろけた声も、


独占したいと心が叫んでる

(・・・・・・コレはちょっと、変態くさい・・か? もしかして)


企画 Spring Drops さまに捧げます。参加させていただいて、ありがとうございました!
お題 "独占したいと心が叫んでる" は Cosmos さまのご提供です。