「、ひざ貸してくだせぇ」
「、まんが貸してくだせぇ」とまったく同じテンションで、沖田総悟が屯所にきていたを自室に招いた(引っ張り込んだ)のは数時間前。先日の真撰組慰安旅行において夏の海を満喫・・・したとも言い切れないだが、それでも夏の日差しに当てられて日焼けし、まるでそれを何かの勲章のように見せびらかしに来ていたのである。思考回路はショート寸前、今すぐ会いたいよ―――思わぬ日焼けに呻いている万事屋店主を放り出し、言い換えれば健康的とも言える小麦色の肌をは晒し、けれど目の前の背中には目を丸くした。
「うわー・・・総悟、お前ソレどしたの」
呆然とが見つめる先には、上半身に何も身につけていない沖田。何の恥じらいもないというのは少なからず沖田を失望させるが、は男の上半身ハダカなんぞ見慣れている。何せ真撰組剣術・体術指南役なのだ。夏の日の剣道場に、その姿を見つけないほうが難しい。
「日焼けでさァ・・もう痛くて何もする気にならねェ」
沖田はに正座するよう言い、彼女の太ももに額を押し付けてうつ伏せた。のソレは姉上のものよりずっと硬く、やたら締まっている。お世辞にも気持ちがいいとは言い難い。女ってこんなんだっけ・・・、と瞬間思考に沈んだ沖田だが、それは己の髪を梳く手に押し留められた。
「いや、だから俺日焼け止め塗れよって言ったのに」
前にもふと思ったことだが、沖田はに触れられると反射的に自身の元服のころを思い出す。それは沖田にとって酷く気恥ずかしいことで、普段は言おうと意識しなくても・・・そう、それはまるで呼吸のように口をついてでてくる嫌味や皮肉が、途端に喉に突っかかってしまう。自分の髪を梳くの手と、己の心音だけが今、沖田の世界の全てになる。
「・・・・・なぁ、」
その酷く狭くて、鼻で笑ってやりたくなるほどくだらない世界はのその一言で壊されて、散らばった欠片をぼんやり眺めて勿体無いと思うくらい、沖田は彼女にほだされている。
「なんですかィ?」
入った亀裂に自分からも楔を打てば、彼の視界は不意に開け、そして世界は音で満ちる。心音はもう、聞こえない。
「総悟の姉ちゃんって、どんな人?」
屯所の庭から聞こえてくるセミの音はツクツクホウシの声ばかりで、夏を髣髴とさせるミンミンゼミからすり替わっている。いつの間にこうなったのか、沖田は辿る記憶を持ち合わせていない。ただ、夏の終わりを不意に感じた。
「俺の、育ての親でさァ」
思った以上に自分の声が常と変わらないこと、そしてが姉上の存在を誰から聞いたのか―まァ、土方のヤローか万事屋の旦那以外にはいないのだが―そんなことどうでもいいと思える自分に、沖田は少なからず驚いた。
「綺麗な人だった、って聞いた」
「キレーな人でしたぜ」
「優しい人だとも」
「そりゃ、俺の姉上だからでィ」
「うん、残念だけど何の理由にもならないし、それ」
「そうですかィ?」
そうしてまた、世界は狭く、くだらないものへと流れ落ちていく。好意と悪意がある日突然成り代わるように、世界もまた多面性を持ち合わせているのだ。
「―――いや、少しくらいなら・・・理由になるかもしれない」
ああ、姉上にこの人を紹介したかった。「この人が、俺の生涯の伴侶でさァ」そう告げたなら、は何を言い、姉上はどんな顔をしただろう。姉上はきっと笑ってくれる。あらかじめに姉上のことを話しておけば、一芝居うってくれたかもしれない。土方コノヤローや死んだ魚の目ェした旦那が邪魔してくるかもしれないが、まァそれもと組めば返り討ちに出来るはずだ。そうだ、何かの隙にちゅーのひとつでもやってやれ。少なくとも俺は、芝居のつもりはないのだと・・・・・でも、もう姉上はいない。俺の幸せを、まったくの無条件に、何の見返りも求めず、自身の幸せをないがしろにしてまで祈ってくれた姉上はもう。その現実は沖田を酷く打ちのめすし、彼の世界からいくつかの色失わせるが、それでも彼の世界は無色ではない。彼の世界は枯れていない。消える色もあれば、生まれる色もある。姉上、貴女のいない世界でも、色は無限に溢れています!
「あーあ、俺も会ってみたかったなー」
「姉上にですかィ?」
「うん。ちょっとお姉さん、子育てってか弟の教育、間違ったんじゃないですか?って」
「・・・・・ヘェ?」
「ってバ・・ッ、どこ触ってんだコノヤロ!」
「い・・・ッ! (言葉にならない)」
日焼けした背中に、もう一段階紅に染まる紅葉が咲いた。
遅れましたが、誕生日を迎えた夏人のおうちへ贈り物です。受け取ってもらえると嬉しいなー・・・!
writing date 07.09.16 up date 07.09.24