今日は真選組剣術体術指南役デビューの日。
その仕事を無事に終えたは、滝のように流れる汗をぬぐい、新八に持たせてもらった替えの着物に着替えて屯所を出ようとしていた。
正直寂しい万事屋の朝食を最後に、12時過ぎまで動き回っていたの胃袋は既にスッカラカンである。
「おい、どこ行くつもりだ?」
屯所の門をくぐろうとしたとき、を呼び止めたのはどこからかのっそりと姿を現した土方。
「帰るに決まってんじゃん。俺スゲェ腹減ったもん」
「・・ついてこい」
それだけぽつりと言葉をこぼした土方は、踵を返して屯所内に消えて。土方との距離を測りかねていたは困惑を顕わにするけれど、無視するわけにもいかず。
むぅ、と表情を歪めた後、小走りで彼の後を追いかける。
「えーと、土方さん?俺、なんかマズったの?」
「ちげぇよ」
すぱん、と開かれたふすまの先は食堂。食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐり、の表情は自然と緩む。時間がズレたからだろうか、それとも配慮してくれたのだろうか、食堂に隊士たちの姿はない。台所の奥から聞こえてくる、リズミカルな包丁の音がやわらかく響いている。
不意に、上の方からプッと吹き出すような声がした。
「・・・なに?」
「顔、崩れすぎじゃねーのか?」
クツクツと笑う声が降ってきて、は眉間に皺を刻む。視線の先で土方が、顔を背け、肩を震わせていた。は頬を膨らませる。
「お腹減ってるって最初に言っただろっ」
「ク・・ッ、悪ィ」
「さっさと来ねェと、食っちまいやすぜ」
視線を戻したの前には、食器の並んだお膳を持つ沖田。
彼が持つトレーの上には、ほかほかの湯気をたずさえた食器がいくつか並べられていて、いかにも美味しそうで。
――――だから、それを目の前にしたのお腹の虫がきゅるると音を立てたのは、仕方の無いことである。
同時に吹きだし、今度こそげらげらと笑い声を上げる土方と沖田の二人をは睨むことしかできなかった。
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「で、沖田クンはなんでここにいんの?」
もぐもぐと口の中にご飯をほおばったまま、は目の前に座る沖田に声をかけた。
同じように昼食をとるわけでもなく、なにか話があるようでもなく、ただ暇そうに肘をついてこちらを見遣っているだけの沖田に、は首をかしげる。
「いちゃあいけないんですかィ?」
「違うけど、土方さん仕事あるみたいだったから」
無言のままここに連れてきた土方は、笑うだけ笑った後、仕事があるらしくすぐさま引っ込んでしまっていた。
副長と隊長という地位に差はあれど、沖田も決して暇ではないだろうと思ったのだけれど。
「ヒマ、なんでさァ。構ってくだせぇ」
「構って、って言われても・・・」
ゴクンと口の中のモノを飲み下して、は困ったように笑う。
「俺、今ご飯食べるので忙しいんだけど」
「俺より飯をとるってワケですかィ」
「意味わかんねぇ」
どうにも調子が狂う。それは目の前にいる沖田―――真選組一番隊隊長が自分と同じくらいの年で、なんだか妙な性格であるからかもしれない。
沖田にしても土方にしても、どうやら自分は上司運に恵まれない星の下に生まれたらしい、とが諦観しかけたとき。
「あんた幾つですかィ?」
「え、19だけど」
「嘘でィ。せいぜい16,7が関の山だ」
「お前それ、失礼なこと言ってるって気づいてるか?」
沖田の色素の薄い瞳がまっすぐにを見つめる。
「マジか?」と問うてくるその視線に、大マジです、と言葉で答えると、今度はその整った顔に驚きの表情を貼り付けて。
「じゃあ俺より年上なんじゃねぇか」
「沖田は・・・17ぐらい?」
「惜しいな、18でさァ」
まさか自分が最初に思ったのよりも少し上乗せした予想だとは言えない。
「俺はのこと、なんて呼べばいいんですかィ?」
「・・って呼んでんじゃん」「あれ」
「もう別にでいいよ。今更沖田クンに"さん付け"で呼ばれても気持ち悪いし」
「じゃあ遠慮なくそうさせてもらいまさァ」
ずずず、とお茶をすする音が響く。
「、俺のことなんて呼んでるんですかィ?」
「えーと・・・沖田クン、だな」
「俺ァ年下ですぜ?」
下からのぞきこんでくる淡い色の瞳は、悪戯な光を宿す。
「え、沖田クンっていうの、馴れ馴れしいか?」
真顔でそう切り替えしてきたに、沖田は呆気にとられる。
ぱちぱち、と瞬きをする間に「じゃあなんて呼ぼうかな・・やっぱ沖田さんとか?」と呟いている彼女はいたって真面目なようで。
クス、と沖田の頬に小さな笑みが浮かぶ。
「総悟、って呼んでくだせぇ」
「え?」
「俺の名前でさァ」
目をまん丸にする彼女に、沖田はその笑みを深くする。
「え・・・総悟、くんって?」
「俺がいつ"くん"なんて言いやしたか?」
「呼び捨てしろって?」
「そういうことになりまさァ」
「いや、でも沖田クン俺の上司だし!」
「そんなもん気にするような男に見えんのかィ?」
「・・・見えない」
「じゃあ決まりだ」
にやり、と悪巧みをするお代官のような、それでいてお代官なんかよりも圧倒的に高圧的な笑みが沖田に浮かぶ。反対には口元を引きつらせて。
「・・・どうしても?」「どうしてもでさァ」
「絶対?」「絶対に決まってろィ」
「・・・・・・・・総悟」
「あ? 今なんか言いましたかィ? 俺ァ元来耳が遠くてねぇ、聞き逃しちまいやした」
にや、と口唇をさらに弧の形に引き上げる沖田と、下唇をきゅ、と噛む。
「ほら、さっさと呼びなせぇ。上司の俺が言ってるんですぜ?」
「・・・っ、総悟のバカ野郎ぉおおおッ!」
ばさばさばさ、と庭の木にとまっていたカラスがその大声に驚いて大空に舞った。
自室で書類仕事をしていた土方は思わず筆を取り落として大きなシミを作り、
山崎自主練と称したバドミントンの素振りの途中、みみず腫れになるほどしたたかに腿を打ちつけ、
昼寝をしていた近藤は夢のなかで妙にこのゴリラァアア!、と怒鳴られている夢を見て(いつもと一緒)
・・・・・しばしの沈黙の後、全隊士は同時に吹き出した。
これより一時間、が怒り狂った沖田に江戸中を追い掛け回されるのは、以外の誰もが予測しえた事実。
※パワハラ・・・・パワーハラスメント。地位や権力を利用した嫌がらせ。
初短編、いかがでしたでしょうか。
拍手お礼でちょこっと書かせていただいていましたが、それよりももう少し長めに書こうと意識しました。初めての短編は沖田クンです。どんなもんでしょうか。
沖田ファンの方、生ぬるい絡みでスミマセン。感想、要望などありましたら是非。
次の短編のお相手なども、希望がありましたらお気軽にお願いしますー!
07.03.30 一部改訂