今日は真撰組で稽古もなく、万事屋の依頼も入っていない(後者はままあることではある)。
こういう日は大抵、万事屋でぐだぐだと時間を過ごしたり遊んだり、屯所にひょっこり顔を出してみたりするのだが、
この日、暇を持て余したはふらりと散歩に繰り出した。
目的があるわけでもなく、あっちへふらふらこっちへふらふらしていただが、不意に思いついた場所へ向かおうと踵を返す。
長崎屋―――若だんなの住まう離れへ。
若だんなに出会って、の知る世界はぐんとその領域を広げた。というか、若だんなとの出会いは世界を押し広げた。
が普通に道を歩いていたりすると、若だんなと知り合いだという妖がちょくちょく話しかけてきたりするのだ。
どうやら前から、の存在は妖たちの間で結構なウワサになっていたらしい。
若だんなの知名度も相まって、はここしばらくで結構な数の妖との面会を終えていた。
とんとん、と離れの木戸を叩く。
少しの時間があって、木戸は自然と―――誰に開けられるでもなく、小さな軋みを立てながら開いた。
「ありがとな、鳴家」
「我が一番! 我が一番!」
「わかってるって。お前が一番っ!」
早速、足元に抱きついてきた鳴家の一人を抱き上げては笑う。
この離れへ通うようになって、鳴家にもそれぞれに個性があることを見つけた。
人懐っこいのから引っ込み思案なもの・・様々な鳴家の中で、が今抱き上げた鳴家は"一番"にこだわる、なかなか乙なやつだ。
「やっほー若だんな、今日は寝込んで・・・・・・ってアレ、いないし」
8割・・・いや9割方ここで布団に臥せっている若だんなの姿がない。
春の使いがそろそろお目見えするらしい、という気配はあるが、しかしまだ朝夕の冷え込みはきつい。
ほとんど途絶えることのない火鉢の火は、若だんなの寝起きするこの場所に珍しく炭の中に隠れている。
「なァ屏風のぞきー、若だんなどしたの?」
「・・・若だんなは今日、表に出てるよ」
「そっか、じゃあ具合はいいんだな・・・・・ってオマエどしたの」
すぅ、と屏風に姿を現した派手な身なりをしている屏風のぞきは普段、
美しく髪を結い上げ、市松模様の着物を着こなす、それはまるで役者のような男なのだが。
「うるさいよっ、ほっといておくれ」
ぷいっと屏風の中で背を向けた屏風のぞきは、髪をほつれさせ、着物もぐちゃぐちゃ。
しかしそれより酷いのは顔である。額が赤くはれ上がっており、ちょっと青くなってさえいるようで・・・・。
「・・・仁吉とまたなんかやらかしたんだろ」
「うるさいってんだよ小娘! 放っといてくれって言ったじゃないか」
「屏風のぞき、聞いてやるって。俺とお前は同志だろ?」
が優しく声をかけると―――屏風のぞきはくるっとこちらを向き、途端に屏風の中から抜け出してくる。
額を赤く腫らし、目に涙を浮かべた屏風のぞきはひしとに抱きついた。
まるでジャイ●ンにようやく買ってもらったラジコンを奪われ、挙句の果てに壊されてしまったの○太のように
(この場合、は青いタヌキのからくりである)。
「ああ、! わかってくれるのはお前だけだよ!」
屏風のぞきと仁吉の仲が悪いのは周知の事実だ。仁吉に対してイラッとさせるようなことをいけしゃあしゃあと抜かす屏風のぞきも悪いのだが、仁吉はその"イラッ"を言葉ではなく実力行使で黙らせようとするからタチが悪い。
口が達者な屏風のぞきに対抗する術は仁吉の中で、屏風につめをかけることや、井戸の上に逆さにつるすことだけなのである。
からかうのにも命がけだ。
そして最近、新たに仁吉と相性の悪い人間が現れた。
だ。
もどちらかというと屏風のぞき属性(口でからかったりするのが好き、というか生まれついて)だから、余計なことをぽろりと言ってしまう。
しかもどうやら仁吉は、若だんなとが仲良くしていることも気に食わないらしい。
仁吉と屏風のぞきでは妖としての力の差が大きいため、プッツンした仁吉が実力行使にでれば問答無用でいさかいは終了する。
が、仁吉とではそうはいかなかった。
この世界の人間ではないは、まだ一つではあるが宝珠を持っている。
その宝珠に秘められた力を測る術はないけれど、どうやら仁吉に実力行使を躊躇わせるぐらいの力はあるようで、
この二人はいつまでも折り合いがつかないままいがみ合っている。
こうして、"仁吉 vs ・屏風のぞき"の構図が出来上がったのだ。
と屏風のぞきは、"どうにかして仁吉を泣かしてやろうゼ"同盟の同志である。
「聞いておくれよ! あの手代ときたら・・・『がらっ』・・あ"」
屏風のぞきがの首っ玉にしがみついたまま、事の経緯を語ろうとしたとき。
ちょうどいいタイミングで登場したのは仁吉―――ではなく、この離れの主人、若だんなである。
「おっす、若だんな! 悪い、勝手に上がらしてもらってる」
「うん、構やしないよ」
にっこりと微笑む若だんなはたしかに、布団のなかからのぞかせた顔よりも血色がいい。
色白なのは変わらないが、頬がほんのり赤づいていていかにも具合がよさそうだ。
その様子を見て取って、も顔をほころばせる。
――――・・が、ここに顔を引きつらせたものがいた。言わずもがな、屏風のぞきである。屏風のぞきはの首にひしと抱きついたまま、地蔵のように固まっていた。
声も出せない様子で、顔色だけがどんどん青ざめていく。
「・・・おや、屏風のぞき。随分、と仲がいいみたいだねぇ・・・・・」
「ヒィ・・ッ」
「まぁなー。だって、俺と屏風のぞきの仲だもーん!」
若だんなはと初めて出会ったあの日、自覚はないらしいが見事に一目惚れを果たしていた。
その程度もなかなかで、一日顔を合わせない程度では"も忙しいから仕方がないよね"と微笑むのだが、
二日目には自分のことなど棚に上げて"・・元気かしら"と物思いに耽り、
三日目には焦燥に狂ったように木戸ばかりを見ている。
これで四日顔を合わせない日には若だんなは三途の川の渡し場まで歩いてしまいそうな勢いだが、
三日、少なくとも四日目にはが離れに訪れることで辛くもそれは回避されていた。
そこまでに惚れこんでしまった若だんなだ。
"仁吉を泣かしてやろうゼ"同盟だか"仁吉に一発ギャフンと言わせてやろうゼ"同盟だかなんだか知らないが、
屏風のぞきとが妙に親しいのを看過できるはずもなく。
が帰ったあとに、"おや失敗したね、買ってくる菓子の数を間違えてしまったよ"とかいいながら、目の前で好みの季節菓子を食べられたり、
"あ、間違えちゃったー"などと白々しく言いながら、熱い茶のはいった湯のみを屏風にぶちまけられたりされたこれまでを考えれば、
屏風のぞきは顔を引きつらせることしかできない。
今日こそ、"あれ、手がすべった"などと井戸に屏風を投げ込まれてしまうかもしれない。
と話しはじめた若だんなをさりげなく窺いつつ、屏風のぞきはそろりそろりと屏風へ戻る。
がいる間は少なくとも、命はつながったままである。
若だんなの不思議なところは、と親しくする屏風のぞきにそこまでしておきながら、自分の気持ちにはまったく気が付いていないところだ。
体の具合のいい今、肌の血色がいいのはもちろんそのおかげもあるが、それだけではないだろうに、と屏風のぞきは思う。
これまでそういう色の付いた経験の少ない若だんなだが、ここまで鈍かったとは、予想以上である。
「(うまくいってほしいもんだね・・・)」
屏風の中からふっとそんなことを考える屏風のぞきだが、彼の命は今日までかもしれない。
予想以上に「しゃばけ」を目的にいらっしゃる方が多いようなので、大急ぎで仕上げました。
第2話目にして屏風のぞきとの絡み、しかも仁吉と犬猿の仲という事実が発覚・・・・スンマセン。
そして若だんなは天然黒という衝撃の告白・・・・・・スンマセン、ほんと土下座します。
若だんなは主人公の前では真っ白です。純白です―――が、彼女といちゃこくヤツの前では、自覚のないまま黒くなります。
やはり管理人にはギャグしか書けないということが明るみに出、いささか情けない気もしますが・・・楽しんでいただければ幸いです。
07.03.31 2.同盟の同志 一部改訂