第2話
「どうするもこうするも、ないんじゃないかい?」
それまでいつになく静かにしていた屏風のぞきがすぅと姿を現した。
の手を握ったまま眠ってしまった若だんなを見て、屏風のぞきは苦笑を浮かべる。
「大体、今日は表も忙しいんだろう? もうひとりの手代が外に出てるんじゃあね」
「佐助いないの?」
屏風のぞきの言うとおり、この長崎屋を支えるもう一人の手代――佐助は外回りに出ていて、長崎屋にいない。
若だんなが熱を出した後なら、佐助は決して長崎屋を離れなかっただろうが、彼が出たのは数日前。
若だんなが熱を出して寝込む前のことだった。
よく働くひとりの手代は外回り、もうひとりは離れで若だんなの看病では、長崎屋はてんてこまいである。
事実、さっきから数回小僧が離れに使いによこされ、仁吉を表に引っ張り出そうと苦心していた。
「・・・そういわれても、あたしは若だんなをひとり残すなんて、できないよ」
「もうひとりじゃないだろうに」
そこまで言われて、仁吉はようやく屏風のぞきが言わんとしている意図に気付く。
そして思い切り不機嫌そうに、顔を顰めた。
「・・に任せて、表に出ろと言うのかい」
仁吉のまとう雰囲気がぴりぴりし始める。
それは間違いなく妖特有の力に他ならず、仁吉と力が対等しているはなんてことないが、屏風のぞきは小さく叫んで屏風の中に姿を隠した。
「屏風のぞきに言ってもしょーがないだろ」
「・・わかっているよ、うるさいね」
力がすぅと薄れたのを確認して、屏風のぞきが再び姿を現す。
ただし、の背に隠れて。
仁吉だとてわかってはいるのだ。
に任せて店に出る、という選択が今この場では一番いい選択ということぐらい。
だがしかし、それを認めるのはなんだか癪にさわる。いい気分がしない。
けれどやっぱり仁吉の思考の中心軸はいつだって若だんなで、
仁吉は若だんなのためなら気に食わないなどという自分の感情を丸呑みできるくらい大人なのだ。
「、若だんなを任せてもいいかい?」
「・・うん。仁吉の仕事が一段落するまで、俺が若だんなを見とく」
「そこの付喪神も、好きに使ってくれて構わないから・・・若だんなを、よろしく頼むよ」
若だんなの枕元に座り、甲斐甲斐しく汗を拭いながら、は心配そうに表情を曇らせる。
その向かいに姿を現した屏風のぞきは若だんなを覗き込み、はぁとため息をついた。
「・・最近は具合もよかったのに。本当に病に魅入られてるね、ここの若だんなは」
「俺が、しょっちゅう遊びに来るから・・・か?」
心底そう思っているらしいを一瞥し、屏風のぞきは先ほどよりも深いため息をつく。
まったくこの小娘は自分に向けられる好意に対して鈍感だ。
仮にも年頃の娘なのだから、もうちょっと気が付いてもいいのにと屏風のぞきは常々思う。
「そりゃ見当違いさ。もしそうなら、仁吉や佐助が黙っちゃいないよ」
「・・・・・確かに」
それで納得されてしまうほど、二人の手代は若だんなに甘い。
「若だんな、辛そうだな・・・」
「そりゃあそうだろうよ。お前さんだって、熱がいつもより4度も上がればきついだろう?」
「・・・・・俺、風邪引いたことないから・・」
「アンタ本当に人間かい!?」
の膝の上に、心配そうな鳴家たちがよじ登ってくる。
いつもなら寝ている若だんなの布団の中に入り込もうとしたりするのに、皆一様に不安げな表情を貼り付けて若だんなを覗き込むばかりだ。
そんな鳴家の頭をすぃと撫でて、は若だんなの額に冷やした手ぬぐいをのせる。
と、その冷たさに驚いたのか、若だんながそっと目を開いた。
「若だんな、なんかしてほしいこととかない?」
「・・、かい? なんでここに・・」
げほげほ、と咳き込んでしまった若だんなにはゆっくりと言葉をつむぐ。
「仁吉に頼まれたんだ。頼りないけど、なんでも言って?」
の言葉に、若だんなはうっすら微笑み、弱弱しく頭を振る。
俺じゃダメか? と眉尻をさげるに、若だんなはなおも頭を振った。
「が、ここに・・ここにいてくれれば、それだけで十分だよ」
「・・、あほう。 欲なさすぎなんだよ、若だんなは」
は両手で若だんなの手を握る。
その手をまるで祈りを捧げるように口元に近づけ、は目を閉じる。
「若だんなが元気になるまで、俺はここにいるよ」
若だんなの熱が下がったのはその2日後だった。
熱に浮かされていた若だんなはのその言葉を忘れてしまっていたけれど、本当にはその2日の間離れに居続ける。
屏風のぞきや鳴家たちから事情を聞いた仁吉とようやく戻ってきた佐助に滞在の許可をもらったはいいけれど、それをは万事屋に連絡するのをコロッと忘れていて。
目を覚ました若だんなと会話もそこそこに、は万事屋へと取って返す。
が、同居人たち(特に銀時)がゴメンの一言で2日もの外泊を許すはずもなく、は1週間の外出禁止を言い渡されてしまった。
それを万事屋へ使いに出した鳴家から聞いた若だんなが、に会いに行く、といつ言い出すか。
仁吉の心配の種は病み上がりの若だんなと、その若だんなの突発的な思いつき―――それに尽きる。
novel
ようやく妖奇談第3作が上がりました。おそくなって本当に申し訳ありません。
風邪で寝込んでしまった若だんなは今回、無事ブラックを発現せずにすみましたが・・次回はどうなることやら。
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