若だんなが寝込み、が泊り込みで看病して―――それを万事屋に連絡せず、散々怒られたは万事屋店主に問答無用の一週間外出禁止を言い渡された。
が、がそんな彼女にとっては理不尽な言いつけなど守るはずがない。
真撰組での稽古を終えたは本当なら店主の命令に応じてまっすぐ万事屋へ帰らなければならないのだが、彼女の足はまるで反対のほうへと進んでいった。
これがさらに店主の不興をかうことはにもわかりきっていたが、一週間も外出禁止だなんてやっていられない。
俺の足に腐れとでも言うのか、あの天パめ・・・とぶちぶち呟きながら向かったのは勿論、長崎屋の離れである。
「わーかだーんなー、俺ー! 遊びきたー」
ぎしぎしと木戸が軋み声を上げる・・・いや、性格には木戸を開けようと奮戦した鳴家が。
3匹ほどの鳴家たちが「我! 我があけた!」と飛び跳ねる。
そんな彼らを抱き上げたは、どうしてだか目を丸くしている若だんなと隠そうともせず思い切りしかめ面をした佐助に「や、どもども」と声をかけた。
「・・おや、お咎めはもういいのかい?」
「んー、なんのことだか俺にはサッパリわかんなーい」
わざとらしく肩をすくめ、手当たり次第に鳴家と遊ぶ。
どういうことだろう、と首をかしげる若だんなの隣で、佐助は一つ大きなため息とそれに続く苦笑を漏らした。
「、お前さん・・・言いつけを守らなかったね?」
「え!?」
「・・だってやってらんないもん。一週間も外ダメだなんてさぁ・・・俺をいったい幾つのガキだと思ってんだ、って話だろ」
憤懣やるせないといった表情の今のはよっぽど子供であるが、仁吉がいないおかげでその追求をは免れる。
「でも、万事屋で鳴家を見たときはビックリしたなー、俺。話しかけそうになって、危うく踏みとどまったし」
看病を終えたが大慌てで万事屋に帰ったその日。仁吉に言い含められた鳴家が一匹、の後を追っていた。
顔を合わせれば憎まれ口ばかりたたきあっているが、なんだかんだいってやはり仁吉はを心配しているし、もそれを知っている。
だから、万事屋にいるはずの無い鳴家を見つけたときはそれをすぐ長崎屋の鳴家だと見分けることが出来た。
けれどが鳴家に気付いたときはちょうど、店主にこってり絞られている最中で、鳴家に「な、この人うるさいだろ?」と話しかける寸前では言葉を飲み込んだ。鳴家は普通、人に見えないからである。
程なく一週間外出禁止、というにしてみれば納得できない命令を下され、鳴家はそれを聞いて長崎屋へと戻って伝えて
今日はその話が鳴家から知れてはじめてのの訪問である。
「大丈夫なのかい、。また帰って怒られるんじゃないのかい?」
「あー・・・うん、まぁでも、お菓子買って帰れば問題ないと思う」
早速器の上に並べられた大福にかぶりつく。
いつもはそこですぐ、喜色満面といった笑みを披露するのに、今日は無表情でもっきゅもっきゅと大福を咀嚼している。
この大福がのお気に入りであるのはとうに知れていることだから、「問題ない」とは言いつつもかなり気に病んでいるのだろうという予測は簡単で。
会った事もない万事屋の店主とやらが、を独り占めしようとしているように若だんなには感じられ、どうも面白くない。
普段同じ屋根の下に暮らしていて、自分よりもずっと長い時間をと過ごしているのに。少ない離れでの時間を一週間外出禁止という言いつけで奪おうとしたばかりか(まぁこれは自身によって破られたけれど)、の笑顔まで奪うなんて―――そんなのあんまり不公平だ。
むっつりと押し黙ってしまった若だんなに気付いているのかいないのか、佐助はのほほんとお茶を啜る。
二人の手代は総じてに対して厳しいが、佐助は仁吉よりも当たりが柔らかい。
それがきっと佐助と仁吉の器の違いと言う奴だ、とは勝手に思っている。
口に出したら取っ組み合いのけんかに発展しそうで、本人に直接言ったことはないが(つまり、屏風のぞきには言ったことがある)。
「ああでも、が来てくれて助かったよ」
「・・・へ!? さ、佐助・・・悪いもんでも食べた?」
ぴと、とは佐助の額に手を当てる。と佐助では背の高さに結構な違いがあるが、今のはものともしない。
この離れで、兄やの片割れからそんな言葉を投げかけられようとは・・・明日は槍が降るに決まっている。
「と一緒にしないでおくれかい」
「・・最近さ、佐助の物言いが仁吉にそこはかとなく似てきた気がするんだけど」
「ちょいと、あたしをあの腹黒と一緒にしないでもらえるかい!?」
コンビを組んでいる片割れに腹黒と呼ばれる仁吉もさることながら、さも当然のように言い放った佐助もひどい。
「が一週間も来られないと伝え聞いてから、若だんなが万事屋とやらに行くって聞かなくてねぇ」
「ちょいと佐助! そういうことは言わなくていいんだよ!」
「なんでですか、若だんな。本当のことでしょう?」
佐助の表情には悪気なんかサラサラなくて、若だんなは言葉に詰まってしまう。
が来る前に口止めして置けばよかった、と今更悔やんで見ても口から零れた言葉を戻すことなんか出来なくて。
どうしてだかわからないけれど、ただと視線を合わせることがとてつもなく恥ずかしくて。
若だんなは唇を噛んで俯いてしまう。
「(ああもう、一体どうしたっていうんだい! 心臓の音がこんなにうるさいなんて・・病気をしているわけでもないのに!)」
「若だんな、それ本当?」
「え、」
「だから、万事屋に行くって・・・・」
「・・本当だよ」
こうなりゃもうヤケクソである。
ぷい、とのいるのとは違う方向に顔を背け、若だんなは呟く。顔が熱くて、火照ってたまらない。
「ありがとう、若だんな」
普段よりもずっと静かな声音に、若だんなが弾かれるように視線を向けたその先で。
がまるで・・・彼女の大好きな大福をほお張っているときのような、いやそれよりもずっと穏やかで柔らかで、ふうわりとした笑みを見せた。
どくん、と全身の血液が沸騰する。指先が痺れる。一気に喉が干からびる。
「・・私は「そんなに万事屋に来てみたかったんだ、若だんなってば。俺知らなかったよ」
「・・・・・・・は?」
ぴし、と固まってしまった若だんなの代わりに一言・・・否、“一音”だけ言葉を発したのは佐助。
握りこぶしが入るんじゃないかと思わせるほど口をあんぐりと開けて呆然としている。
「え、だって若だんな万事屋に行くって言ってたんだろ? 俺、結構みんなの話ここでしたもんなぁ」
今度来いよ! 俺、あのあたりなら案内できるし! ―――などというの明るい言葉など、誰も聞いちゃいない。
佐助は石のようになってしまった若だんなに、そっと合掌した。
ご、ご無沙汰しておりました・・・! 前回の更新から大きな間があいて申し訳ありません!
ようやく書き上げることが出来ました。今回はさほど黒くなかった若だんなのかわりに、佐助がひどくなってしまい・・・
どうしてこうなるのか、自分でも唖然としています。楽しんでいただければなによりです。
writing date 07.06.04 ~ 07.06.07 up date 07.06.07