「どーもー、お久しぶりですほんとスンマセン遊びに来たよ若だんなーリアル世界の時間軸的には2ヶ月ぶりに!」
鳴家が開けた木戸をくぐり、高らかに声を上げたのは。
つい三日前に顔を合わせ、若だんなのために用意した菓子を片っ端から腹に放り込んでいくをどついたはずだが、なぜだろうこのものすごく久しぶりな感じ。
妙な違和感に囚われる仁吉だがそんな思いをぐいと飲み込み、当然のように縁側に座ったに冷えた視線を投げかけた。
「・・・ってアレ、若だんなは?」
いつもなら部屋の中で布団に包まっているか布団に臥せっているか無理やり布団に押し込まれているはずの若だんなはそこにおらず、いるのは仁吉だけである。
部屋の隅に追いやられている屏風の中にも人影はなく、どうやら仁吉から逃げたらしいとは目星をつけた。
「今日は具合がいいらしくて、表に出ているよ」
「あり、そりゃあ残念」
言葉通り、残念そうに眉を寄せるだが立ち上がろうとする気配がない。
このガキ、若だんなが戻ってくるまで居座るつもりかい・・、と仁吉は頬を引きつらせるが、不意に感じたあるものに意識を逸らされる。
「ってなんか、具合がいいことを残念がってるみたいだな俺」
誰にともなく、そう言葉を零して笑うと対照的に、仁吉はさも不愉快そうに眉をひそめた。
外から吹き込んでくる風が「あるもの」の正体を仁吉に知らしめたためである。
「・・・・・」
「ん? なに?」
庭木に目をやっていたが、仁吉の言葉に振り返る。
その様はまるでいつもと変わらず、なんのおかしいところもない。あくまでも、「普通」で―――それが、仁吉を苛立たせる。
「・・お前さん、あたしに何も言わないつもりかい」
すぅ・・、との目が細くなる。
決して若だんなにはしてみせない顔・・・お互いがお互いを牽制し、腹を探り合う空気は酷く冷え冷えとしている。
の登場に屋根裏から姿を現した鳴家たちだが、二人を中心に醸し出される尖った雰囲気――言い換えてしまえば殺気のようなものにあてられて、現れたそばから消えていく。
風に木立が音を立てたとき、それが合図とばかりにはフッと口元を緩めた。
「さァ、仁吉がなんのこと言ってんのか俺にはサッパリわかんないんだけど」
「・・白を切ろうってのかぃ」
「さぁ、どーだろね」
緩めた口元はそのままに、けれど鋭さを増した黒曜石がまるで挑むように仁吉に合わせられた瞬間。
二人はまったく同時に動いた。
パッと身を翻し、仁吉と距離を置こうと踏み込んだだが―――己の腕を戒める手がそれを許さない。
「・・・痛ッ」
「・・・・・・なんだい、この大袈裟なまでの包帯は」
まるで電流のように痛みが全身を一気に駆け抜け、思わず顔を顰めるは反射的に囚われた左腕を畳もうとした。けれどそれも、手首をがっしりと掴んだ仁吉が許さない。
それどころか痛みに体がすくんだ一瞬の隙をつかれ、着流しの袖を捲り上げられてしまった。
・・・・仁吉の目に晒されたのは、肩の辺りから全部を覆い隠す包帯を巻かれた、の腕である。
チッ、と舌打ちを隠そうともしないに更なる苛立ちを覚えつつ、けれど仁吉は努めて冷静に言葉を選んだ。
「・・どこでこけたら、こんな風になるんだか・・・」
「努めて言葉を選んだ結果がそれかお前」
のその言葉が普段よりも険を帯びたものであるのに、仁吉が気付かないはずがない。
逆にも、仁吉のその普段とかわらない軽口の中に潜む本気の苛立ちに感づかないほど間抜けではない。
互いの腹を探るしばしの沈黙の後、は仁吉の手を振り払おうと腕を引いた。
「離せよ。痛い」
「――――・・どこで貰ってきたんだい、そんな大傷」
のその言動を丸々無視し、仁吉は唸るように言葉を紡ぐ。はふいと顔を背けた。
「うるさいな、こけたんだよ・・・ってバカ、なにす・・ッ」
仁吉の手が巻かれた包帯を解いていく。
走り抜けた痛みには言葉を失い、仁吉はあらわになったその傷に言葉を詰まらせた。
「・・・な、んだいこの傷は!」
腕の付け根から二の腕、そして肘を通り越しているその傷跡はまだ生々しく、包帯を解く際に出来たばかりのかさぶたが剥がれたのか新たな血が滲んでいる。
傷自体はそんなに深くないようだが、女のものとしては筋肉質な、けれど仁吉からしてみれば爪楊枝のように頼りないその腕には無数の切り傷が刻まれていた。
「――ただの切り傷のようには、見えないけれど」
「そう? 俺にはただの引っかき傷に見えるけどね」
「・・この前来たときお前さん、真撰組がどうとかって・・・・・言ってなかったかぃ?」
「・・・・・知らないね。憶えてない」
まったくこの娘は、隠し事をするのが下手すぎる。
「・・仕事をしくじりでもしたのかぃ」
「違う、そんな大層なもんじゃない。・・離せよ、仁吉には関係ないだろ」
「―――・・ああ、そうだね。あたしには関係ないよ」
はその、唸るような仁吉の声に思わず口を噤む。
ぶわっと仁吉から放たれる妖気は怒気にも似て、から言葉を奪った。無意識に宝珠のある懐をは思う。
「あたしにはお前さんがどこでどんな怪我を負おうが、何に巻き込まれようが関係ないよ。でもねその一言・・・若だんなの前で言ったら、あたしはお前さんを決して許さないよ」
ハッとが目を見張る。
何か言葉を紡ごうと開かれた口はしかし音を発することなく結ばれ、白い歯が下唇を噛み締めている。
ふい、と逸らされた視線は居心地悪そうにあたりをさまよった。
「・・・・悪い。ごめん」
「ふん、わかりゃあいいのさ」
大袈裟に鼻を鳴らす仁吉に救われる思いがして、はそんな自分を笑った。
「大方、若だんなに心配させまいとでもしたんだろうが・・・・詰めが甘いんだよ」
「そーかな。上手くやったつもりだったんだけど」
「妖は、血のにおいに敏感なのさ。それだけ傷を負ってりゃ、気付かないほうがおかしいよ」
「詰めが甘いっていうか・・・・・」
そこで不意に言葉を中断させたに、仁吉は不審の目を向ける。
あからさまに怪しむ彼の視線を見返して、は笑顔を浮かべた。
「まさか、仁吉が心配してくれるなんて思わなかったからさ」
今度は、仁吉が言葉を詰まらせる番だ。
「な・・なにを訳のわからないことを抜かしてんだい。馬鹿も休み休み言うんだね」
「うわぁお、照れてる仁吉って可愛いのかと思いきや、キモイのな」
「どうやらお前さんには、舌ってもんが必要ないらしいね」
「それで? どうしてこんな怪我したんだい。真撰組で負った傷なんだろう?」
薬を塗ってもらい、新しく包帯を巻いてもらいながらは仁吉のその言葉に表情を顰める。
先ほど塗ってもらったこの薬、どうやら高価なものらしいと塗って貰ったあとで告げられた今、はどうしても仁吉に逆らえない。
「いや、まぁ・・・・怪我したのは確かに屯所なんだけど・・・」
この日、いつもと同じように真撰組での剣術・体術指南役としての仕事を終えたは、いつもと同じように屯所で昼食をご馳走になり、食堂で新入隊士らとなんでもない無駄話に花を咲かせていた。
そのうち、市中見回りから帰ってきた隊士らも加わったのだが、彼らが帰り際に買ってきたという団子を取り出して―――事が起こる。
「いっただきィ!」
「あッ、なにすんだこら総悟! それ俺の団子だろーが!」
「へっ、隙を見せるほうが悪いんでさァ」
「んだとォ? 言ったなお前、許さん!」
真撰組敷地内を傍らに人無きが若しと書いて傍若無人に、縦横無尽に駆け巡る追いかけっこが幕を開ける。
追っているが剣術・体術指南役という肩書きを背負っていれば、追われている方の沖田総悟は一番隊隊長。
真撰組内でも5本の指に入ろうかという強さの持ち主である二人を止められるものなど、いるはずもなく。
徐々に、しかし指数関数的にヒートアップしていく追いかけっこ。
「鬼さんこーちらー! ほぉら、さっさとしねぇと食っちまいやすぜ」
「ふざけんな総悟、許さね・・・・・っうわァアアッ!」
「!」
こけたのだ、は。
にたりとした笑みを浮かべて走り去っていく沖田(正しくは、彼の持つ団子)しか目の中に入っていないは、足元がお留守になって。
誰かが脱ぎ散らかしていった隊服に足を取られ、体軸を傾け―――反射的に腕を突き出して衝撃を和らげようとしたのだが、それがまた悪かった。
その先に、硝子の窓があったのである。
ガシャァアアアン―――・・・断末魔のような叫び声が、屯所に響いた。
「・・・・・・。 (はぁ・・)」
「ちょ、なにその冷めた目。聞いたの仁吉なんだからさ、なんとか言ったらどうなわけ」
「“何とか”」
「そんなイラッとするボケ要りません。久しぶりなんだからさ、もうちょっと優しい感じに・・・って痛い、痛いよ仁吉! 包帯巻く強さが絶対おかしい!」
novel
お久しぶりにございますええまったく本当に申し訳ないですすいませんなんとお詫び申し上げればいいのやら・・・・。
日常をのほほんと、がモットーのはずなのにやたら殺伐として・・・しかも若だんな出てきてなーい!
「しゃばけ」の世界に硝子が平然と窓として利用されているか否かについては、突っ込まないでください。
メガネイズム様よりネタ提供をいただきました。が、随分かけ離れたものになってしまって・・・・またチャレンジさせてください。
writing date 07.08.04 ~ 07.08.06 up date 07.08.07