「―――・・ってことらしいんだけど、もうあたしはさっきからおっかしくて笑いが止まらなくてね」
けらけらと笑って話す仁吉と、同じく笑いを零す長崎屋の面々に囲まれて、はむっつりと不機嫌そうな顔を隠そうとしない。
大皿の上に並べられた和菓子は先ほど自身が持ってきたものだが、それに不満をぶつけるように、鷲掴みにした柏餅を口にする。
もっきゅもっきゅ、とほお張った柏餅を咀嚼し、佐助に入れてもらったお茶で流し込んでようやく、は口を開いた。
「いいだろ別に! "嫌いです"って言われるより、"好きです"って言われたほうがいいじゃん」
「そりゃそうかもしれないけど・・それにしたってねェ」
言葉の端々に笑みをのぞかせる屏風のぞきを、はじろりと睨む。
よもや屏風のぞきがそのくらいで口を閉じるはずもなく、"井戸に投げ込んでやろうか、コイツ"とはひそかに思う。
その思いが雰囲気やの視線から通じたのか、屏風のぞきはひくりと頬を引きつらせ、笑い声を飲み込んだ。
「仁吉とが競ったら、どちらが多く文を貰うんだろうねェ」
くつくつと笑って応じる佐助を睨んでみても、また屏風のぞきの時のように力で圧倒しようとしてみても効果はゼロ。
だがしかし、佐助のこの言葉には仁吉も心外そうに眉を寄せた。
「佐助、あたしをこのタラシとひと括りにしないでくれるかぃ?」
「ちょっと待て! いつ俺がタラシ込んだって?」
「・・・・無自覚なのかぃ、お前さん」
不意に呆れとも、むしろその呆れを通り越して憐憫すらにじんだ視線を向けられて、は首をひねる。
しかもその視線が仁吉ひとりではなく、三者から向けられるから尚のこと意味がわからない。
がここ、長崎屋の離れで笑いの種にされてしまっているのは、
彼女が女の子からそれはもう大量の和菓子を「好きです!」という言葉と共に受け取ったからである。
男物の着流しで身を包み、男言葉を口にするはその中世的な顔立ちと相まって、男と勘違いされることが多い。
通りでを一目見て、恋に落ちてしまうお嬢さんの数はそれこそ仁吉といい勝負だが、今回はそれだけで話は終わらなかった。
「それにしても、を女の子だとわかっていて"好きです"だなんて・・・どういうつもりなんだろうね」
ひとしきり笑われてむすっとした表情をあらわにすると、そんなをからかって話をほじくり返そうとする屏風のぞきや仁吉たちをなだめようと、若だんなは苦笑気味に口を開いた。
折角が遊びに来たというのに、不機嫌なまま「もういい! 帰る!」などと言い出されたら後悔したってしきれない。
「俺が一番知りたいっての。どうして欲しかったのかなー、あのコ」
「案外、ただの悪戯なのかもしれないよ?」
若だんなの言うとおり、もしかしたら悪戯だったのかもしれない。
だとしたらタダじゃおかない・・、と思うが正直それがにとって一番望ましい返事だ。
「いいや、あたしは違うと思うね」
「・・随分自信ありげじゃん、屏風のぞき」
"下手なこと言ってみろ・・燃やしてやるからなテメェ"と無言の圧力をかけてみても、屏風のぞきは今度ばかりは屈しなかった。
よっぽど自信があるのか、はたまた言いたくてたまらないのか。
屏風のぞきの表情は生き生きと、いかにも楽しそうで。
「年頃のお嬢さんってのは、理想ばっかり高いからねぇ。
の容姿なら折り紙つきで合格点がつくだろうし、しかも天然のタラシときた。もしかしたら一言二言、挨拶くらいは交わしたのかもしれないよ。そのときにきっと、ほだされちまったのさ」
「・・・なんか色々言いたいことはあるけど、それで結局なんで俺が女だってわかっててこうなるんだよ?」
「女だってわかっても、理想と一致してたら思いなんてそう簡単には捨てきれないものさ。それに第一、世間にはそういう・・百合って道も「井戸にぶち込まれたくなかったら、それ以上くだらないことを言うんじゃないよ」
殺気立った仁吉の台詞に、屏風のぞきは高速で口を閉じた。
「・・? 百合、ってなに?」
「私も知らないね。どういう意味だい? 佐助」
「若だんなもも、世間には知らなくたっていいことがあるんですよ。いっそ聞かなかったことにしてください」
後であのバカには言って聞かせておきますから、と佐助の目が妖しく光った気がしたのはの考えすぎだろうか。
今日が屏風のぞきと顔を合わせる最後の日にならなければいい、とひっそり思う。
「お、おう・・・でも、女の子から声かけられたのって初めてだなー」
が何気なく言ったその台詞に、若だんながぴくりと反応する。
「・・女の子から・・?」
「うん。男からは結構あるから」
ずずず・・、とがお茶を啜る音だけが離れに響く。
その他は全て固まったように動かず、また以外は部屋を取り巻く空気がその色を変えたことを悟った。
その変化の中心は―――若だんなである。
「・・どういうことだい? 」
あくまでも、表面上は、見た限りでは、若だんなの柔和な表情は変わらない。
しかし確実に、彼の纏う雰囲気はその質を変え、それを敏感に感じ取った屏風のぞきはするりと屏風に逃げ込んだ。
若だんなに群がっていた鳴家たちも同様で、ひっそりと部屋の隅に消えていく。
「この前、総悟と・・あ、総悟ってのは真撰組の一番隊隊長の沖田総悟なんだけど、そいつと遊び行ってさ。そのとき声かけられたんだ」
「・・・ふぅん・・・?」
「べ、別にだからって何があったわけでもないんだろう!? 」
「うん。総悟がボコボコにしたし・・・って佐助、なんでそんな焦ってんの?」
佐助が焦っているのは、これまで蝶よ花よと大切にしてきた若だんながこれまで佐助に見せたことのない顔をしているからだ。
どことなく纏った空気が仁吉を連想させるから、佐助の知らないうちに若だんなが吸収したものなのだろうけれど・・・それにしたって。
「、そういう不届きなやからには、よぉく気をつけるんだよ?」
「う、うん・・・わかった」
正体のわからない、しかし確かにそこにある若だんなの空気に圧倒されて、は素直にうなずいた。
吹き抜けた風は新緑の香りを運び、日に日に眩しさを増す太陽が離れを照らす。
そんな爽やかな皐月の日を、と若だんな、そして長崎屋の面々は穏やかに、しかしどこかに緊張をはらんで過ごしている。
novel
天泣さまの11111Hitによるキリバンリクエストに応じさせていただきましたー!
「ギャグっぽいしゃばけで♪」とリクエストを承らせてもらったのですが、応えることができたのか甚だ疑問であります・・・。
天泣さまのみ、お持ち帰りするなり煮るなり焼くなり炙るなり・・好きなようにしてやってくださいませー!
writing date 07.05.06 ~ 07.05.09
up date 07.05.10