第5話


しばらくの間、室内には沈黙が降りた。 「驚き」という感情は、己の理性で制御できる許容範囲を超えると表現する術を失うのだとはこの日、はじめて知った。
・・ということは、朝目を覚ましたとき部屋に入れた覚えのないジェイドが隣に寝ていたり、大学の正面玄関にやたらでかい黒塗りの車が止まっていて「あれ、今日大学に偉いお客さんでも来てんのかな」と思ったそばから拉致られ、訳のわからないまま連れてこられた先でスーツにネクタイという正装をしたジェイドに「これに着替えてください、待ってますから」と問答無用で黒のワンピースに着替えさせられ「ああ、やっぱりそのドレスにの黒髪は映えますね。よく似合っていますよ」などと別に嬉しくもないことを囁かれ、何の説明も受けないままマルクトファンド主催のパーティに出席させられたりした時なんかには「ふざけんなテメェエエエ!」と叫ぶことが出来たから、あの時はさほど驚いていなかったのかもしれない。 少なくとも、今よりは予想しえた事態だ。

「な、なんだよ・・お前思ったよりも反応ねェな。つまんねーの」

かりかり、と後ろ足で首を掻きながら、猫――ルークが面白くなさそうに呟いた。 面白い反応なら後でいくらでもして見せてやる。 だが今すべきことは、現状把握以外の何物でもない。

「・・・・・しゃ・・・」
「あ?」
「ね、ねこ しゃべった・・・・・!」
「どーでもいいけど、お前片言になってんぞ」

酷く冷静な翡翠の瞳が、「こいつバカじゃねぇの?」と言わんばかりに注がれている。

「・・落ち着け、落ち着け俺。ね、猫が喋るなんてそんなバカなことが現実にありえるはずが「この期に及んで現実逃避かよ。バッカじゃねーのお前」
「テメェを拾ってくれてやったの、どこの誰だか忘れたのかコラ」

―――自分の脳ミソは常識で考えればありえない事態に直面しても、それほどの恐慌状態に陥っていないらしい。 この程度で思考停止するほどヤワにはできていないということか・・・・喜ばしいのかどうなのか、一概に判断つけにくい。 「どんな状況に置かれても、どんな常識はずれなことがおこっても、そういう時にこそ考えることだけはやめてはいけませんよ」というのは、がジェイドから受けたたった一つの教えであり、19年かけて身体に叩き込まれた真理だ。

「・・よし、とりあえず話をしよう。ルーク」
「・・・変な奴」


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が偶然通りかかった公園で拾った猫は、自らをルークと名乗った。 鮮やかな赤い毛並みに、深い湖水を思わせる翡翠の瞳のどこからどうみても普通の猫が、だ。 とてもじゃないが現実にありえる話ではない。 しかし目の前の猫は淀みなく流暢に言葉を操り、こちらの言葉もきちんと理解している。 ありえた話ではないが、現実とはかくもこういうものである。

「で? なんでお前、あんなとこにいたわけ」
「・・・・・」

ふい、と顔を背けて口を閉ざしたルークのその姿が、如実に答えを物語っている気がした。

「・・ま、別にいいけど。そういやルーク、お前腹は? 減ってるか?」
「・・・・」
「あのな、折角お前喋れるんだから、ちゃんと「お前も・・っ、お前もどーせ捨てるんだろ!?」

差し出した手にピリッとした痛みが走った。手の平に3本ほど、赤い線が引かれている。 まるで定規でも使ったかのように一直線に引かれたそれらは確かにルークがつけたもので、痛いのはルークではなくのはずなのに。 強い痛みを訴えているのは彼の翡翠だ。

「痛ェなー・・なにすんだよルーク」
「・・っるさい、うるさいうるさいッ! どーせお前も俺を捨てるんだ! 悪いのは俺じゃねェ!!」

全身の毛を逆立て、威嚇するその姿はに酷く小さく映る。 弱い奴ほどよく吠える―――己に浴びせられる妬み嫉みに、謂れのない悪意に、ジェイドはいつもそう笑って取り合わなかった。
吐き出されたのため息にビクッと身体を緊張させたルークは、まるで生まれる前のひよこのようだと思う。 硬い殻の中にいれば、そのなかで何も知らないふりをして、聞かないふりをして、見ないふりをしていれば安全だとそう思っているのに。 外の世界に出たくて、手を伸ばしたくてたまらない自分にすら気付かないふりをして。

「とりあえずミルク飲む? あー、冷たいのだと腹壊しそうだな、お前」
「・・ッ、話聞けよ! お前だって「ルーク」

そう、強く彼の名前を呼んで。 口をわななかせ、それでもぐっと言葉を喉に詰まらせるルークには再び手を伸ばす。

「捨てるくらいなら、最初から拾わないっての。基本的に俺、心の狭い人間だから」

再び触れた赤い身体は、まるで触れられることにも慣れていないように、大きく震えた。

「この雨の中、またお前を捨てに外に行けっての? そんな面倒なこと、俺はゴメンだね。もう靴潰れてるし」
「・・お、お前・・・」
。俺にはちゃんと、名前があるの」
・・・・・やっぱり、女だったんだな
「まだあのダンボール公園にあるよな。よし。今から行くか、ルーク!」

Tales-novel

後書き。

つ・・・ついに手を出してしまったアビス夢・・・! しかも管理人の趣味でしかないめちゃくちゃ設定。 妄想大爆発な彼女と猫のこんな日常。・・・略して「カノ猫。」ですが、お楽しみいただければ幸いです。 ご意見ご感想、お叱りの言葉に批評の言葉、一言いただけると嬉しいです。 のらくら記、妖奇談同様に皆様のご愛顧を賜りたく、管理人の言葉とさせていただきますハイ。





おまけ。
「・・・なァ、お前ホントに女、だよな?」
「そんなに捨てられたいのかなー、ルークくぅうううん?」
「痛ェ痛ェ! ンな鷲掴みにしたら頭割れるぞマジで!」
「で、なんでそんな命がけなことまた言い出したわけ」
「いや、だってコレ、ベッドで見つけたんだけど・・・・どう見ても女の髪の毛だろ?」
「・・・・・ッ」
「でもの髪は黒いし・・あぁ! もしかしてお前レ「また人に無断で寝てやがったなあの腹黒変態鬼畜メガネェエエエエ!

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writing date  07.07.25 ~ 07.07.27    up date  07.07.28