第4話
「・・紅茶の一杯でもお入れしましょーか? ジェイド」
「おや、から言ってきてくれるとは珍しいですねぇ。是非お願いします」
ジェイドが淹れる紅茶は美味しい。
これはなにも紅茶に限ったことではなく、コーヒーにしても日本茶にしてもそうなのだが、が「ああ、帰ったな」と実感するのはジェイドの淹れた紅茶をのほほんと啜っているときだ。
とろりとした温かさとほっこりとした甘さが細胞の隅々まで染み渡ると、知らず知らずのうちに身体に入っていた力が溶けていく気がする。
この紅茶が出てくるのは金曜日の夜で、その日だけは宿題をしなくてもいい日で――・・・紅茶一つでここまで記憶が呼び覚まされるのだから、自分も大概単純だなとは笑う。
「・・? どうしたんです、急に笑ったりして・・もしかして、物は試しとカレーに入れてみたテングダケにあたりましたか」
「なんつーもんを入れてんだよ、俺は実験台か?」
「いえ、ではなくルークのお皿に分けたつもりだったんですが・・・」
「言い訳にすらなってないこと、気付いてる?」
くすくすと肩を揺らしながら、ジェイドが本から目を上げた。
「・・・それで? 一体どうしたんです?」
「いや、そーいえば俺、ジェイドの淹れてくれる紅茶飲むのすげぇ好きだったなぁって」
「おや、過去形なんですか?」
「ううん、現在進行形」
小学校よりも以前のときから、今もずっと。その甘さは劇的に変わったけれど、紅茶は変わらない。
「が自分で紅茶を淹れてみたいと言ったのは、確か8歳の時でしたか」
「おー、よく憶えてんね」
「忘れるわけないじゃないですか。初めて淹れた紅茶があまりに渋くて泣きべそをか「ちょ、いい加減に記憶を改ざんすんのやめてくれる!? 泣いてなんかませんー、ちょっと泣きそうになっただけですー」
「あながち間違ってないじゃないですか」
「“泣いた”のと“泣きそうになった”のとじゃ全然違うんだよ!」
「はいはい、それはどうも失礼しました」
今でも、ジェイドに紅茶を出すのは緊張する。
初めて淹れた紅茶は・・・・まァ、そのなんだ・・・アレだったから、飲んでくれたのは排水溝だった。
その後、何度か練習して自分としては「まぁ、大丈夫かな」ぐらいのものが淹れられてようやく、緊張しながらジェイドに紅茶を差し出したのだが、彼の評価は
「―――淹れなおし」
ただ、その一言だった。
思い出すだけでひくりと頬が歪む(今現在頬が引きつるのは何も泣き出したいからではなく、あまりに理不尽で容赦のない一言に怒りを覚えてのことである。誤解しないで欲しい)。
あの時、泣き出さなかった8歳の自分を褒めてやりたい・・・いや、だからといってその場から即刻逃げ出し、自室に駆け込んで泣かなかったのかと聞かれると明確に否定できないのだけれども。
でもその歳のころには既に負けず嫌いの精神が出来上がっていたから、懲りずに何度もチャレンジし―――そして何度も、その一言を拝聴した。
「(・・・・・あれ、でも待てよ・・?)」
今もう一度冷静になってそのときの記憶を呼び起こしてみれば、「―――淹れなおし」という評価を食らった紅茶のカップは結局最終的に、空だったような気がする。
一口飲めば分かりそうなものだけれど・・・
「(・・ったく、わかりにくいなーホント・・・・気付くわけないっての)」
「? 今度は急に黙り込んで・・本当にキノコにあたったんですか?」
「違いますー。強いて言うなら、過去の記憶にあたったんですー」
「? 変な子ですねぇ・・も「元々そうでしたけど、なんて言ったらポットひっくり返すからな」
「ははは、そんなわけないじゃないですかぁ」
「はい、どーぞ」と大仰に言ってみせれば、「これはこれは、ありがとうございます」とにこやかに笑う。
この笑顔で「ま、及第点ということにしましょうか」という一言を貰ったのは確か、淹れ方を教えてもらってから1年経ったころだったと思う。
「の淹れる紅茶は美味しいですからねぇ、身も心も安らぎますよ」
「よく言うよ、自分のが上手に淹れられるくせに」
「自分で自分の淹れたお茶飲んでも、こんなに安らげませんよ」
「・・・・・自分のが美味しく淹れられるってとこは否定しないのな、ジェイド」
「当たり前じゃないですか」
「・・・・。(コイツ・・)」
「美味しい美味しくないというのも大事なところですが、それよりも重要なポイントがありますしねぇ」
「・・? なんだよそれ。砂糖の量とか?」
「いいえ。・・・・誰が淹れてくれたか、ですよ」
は続く言葉を見失う。きゅ、と唇を固く結んだを見守る紅の双眸は確かに笑みを含んでいた。
こういう台詞が、ほぼ9割確信犯的に出てくるのだから手に負えない。まったく、食えない人物である。
「・・・今ちょっと、キュンと来たんじゃないですか? 」
「違いますー、そんなんじゃないです自惚れんなコノヤロー」
「おや、それは残念ですね」
「・・・つーかな、四捨五入すれば40にもなろうってオッサンが、キュンと来たんじゃないですか?、ってどーなのそれ」
「なにかおかしいところでもありますか?」
「・・計算尽くで言ってるくせに、白々しい」
「計算尽くだなんて、それこそ心外です。私はいつでも自然体ですよ?」
「・・・・・・もーいい」
目を見交わして、そして同時に吹き出す。
こちらに絶対勝ち目はないし、正直疲れないと言うのは嘘になるが、やっぱりジェイドとこんな風に過ごす時間はにとって大切だ。
ジェイドもきっとそう思ってくれているから、なおさら。
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ジェイドがふと本から顔を上げ、テレビの上の時計に目をやったとき、針が差していた時刻は2時を少し回ったくらい。
気付かないうちに時間が経っていたな、と延々と活字を追っていたせいで多少ぼんやりした頭で考える。
ゴキ、と肩が盛大な悲鳴をあげてジェイドは思わず自分で笑った。
随分と年を取ったものだと固まった首筋の筋肉を撫でながら、「うわ、なんだよこの肩! カチコチになってんじゃん」と顔を顰めたを思い出す。
「(・・そろそろ休みましょうか)」
けれどジェイドの足は当然のように自室の前を通り過ぎる。
そしての部屋の前で止まった彼は、極力音を立てないようにその扉を開け、するりと暗い室内に身を滑り込ませた。
は真っ暗な部屋でないとしっかりと休めない。
一番小さな電気―――ぼんやりと家具の形が分かる程度しかないサイドテーブルの光でも、あると意識のどこかが起きていて小さな物音でも目を覚ましてしまう。
それはが3歳でここに転がり込んできてからの話で、だからジェイドも暗闇にいてもまるで見えているようにベッドの傍らへ足を進める。
電気は全て切れているとはいえ、窓から差し込む月光だけはどうしようもない。そのあまりに頼りなく、淡い光に照らされて眠る彼女を、紅の瞳が見守る。
「(あのころはあんなに小さかったんですがねぇ・・・)」
す、と顔にかかった前髪をよけてやる。
わずかに身動きしたはそれでも目を覚ます様子はなく、すやすやと眠りこけている。
が中学生くらいのとき、泊まりにやってきたピオニーが深夜、酔った勢いでイタズラを思いつき、寝起きドッキリをやろうなどとほざきだして。
また下らないことを思いついてくれた、と思わず頭を抱えるジェイドをよそに、ピオニーはずかずかの眠る部屋へ侵入し、寝顔を拝見させてもらおうと彼女を覗き込んで―――顔面に拳を埋められて呻いていた。
いいざまだと笑ったのは今でも爽快な思い出だが、それと同時に自分では目を覚まさないことに酷く優越感を感じたのも忘れていない。
「おやすみなさい、」
そっと。触れるか触れないかのギリギリラインで。
ジェイドはそのあらわになった額に唇を落とし、今度こそ休もうと自室へ戻っていった。それを知るのはただ、月と夜の闇だけである。
Tales-novel
ヲトナの男、ジェイド氏がゲームとはまるで別人のように優しいです。妄想というか願望です。
カノ猫。だと、ヒロインのちゃんが酷く幸せそうで、まったりとした日常を他になく楽しんでいる様子で嬉しいです。
こんな風に、なんでもない日常のひとコマを楽しませてあげたいなと思っています。みなさまにもお楽しみいただければ幸いです。
四捨五入すれば40になろうっていうオッサンの一言にキュンと来た方、ご一報を。
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writing date 07.07.27 ~ 07.08.03 up date 07.08.06 ~ 07.08.09