第4話
すごいタイミングだな、サフィールか?、と小声で訪ねてくるピオニーに肯定を示す。サフィールというのはディストの幼いころの名前で、この名前を使う人間は多くない。ジェイドも大抵の場合、彼をディストと呼ぶしもそれに倣っていて、サフィールの名を呼ぶのはピオニーと、そしてジェイドの実の妹 ネフリーぐらいのものだ。
「そーいえばさ、教授の椅子を蹴ったってジェイドに聞いたけど、ほんと?」
「ええ。私は自分の研究を完成させるためにここにいるんです。ガキの面倒なんて見ちゃいられませんね・・・・ってこの私がわざわざ電話したのは、そんなことを言うためではないのですよ!」
「・・・その割に結構ノリノリで語ってたよ、ディストせんせー」
「キィイイイ、茶化さないでください!」
何をいう、ディストは茶化していじってなんぼの男だ。
「、なぜうちの大学に来ないのですか!?」
来たか、と反射的にそう思った。遅かれ早かれ、いずれ電話なり本人登場なりで連絡があるだろうとは思っていたのだが。
「あー・・・結構早かったね、レスポンスが」
「早かったね、ではありませんよ全く! 何を考えているのです!」
実のところ、は高校1年のころからディストには熱烈なプロポーズを受けていて・・・っていや、変な意味ではなく。「貴女はいずれ、きっと優秀な研究者になります。さっさと高校なんてつまらないところ卒業して、私の研究室に入りなさい。この薔薇のディストが直々に、知識と経験と技術を授けて差し上げますよ」と会うたびに口説かれていれば、熟考の上だとしても自分の決断を申し訳なく思ったりもする。ほんの少し、一本のまつげくらい。
「あれほど言ったのに・・・ハッ! まさかまた陰険ジェイドの仕業ですか!? キィイイイ、まったくいつもいつもいつもいつも、私の邪魔ばかりを・・・!」
「いやいや、違うから。おーい、ディスト帰ってこーい!」
何を基準にディストが自分を口説いたのか、今でもよくわからない。自分は変わっているとよく言われるけれど普通の高校生で、(半信半疑ではあるものの)有名な研究者であるディストにどこを見出されたのか正直サッパリだ。けれど長年の付き合いで、ディストがしつこいくらい構ってくるのは、良くも悪くも興味があるからなのだと知っている。不安定になりがちなこの思春期の時期、彼の言葉に救われたのは疑いようの無い事実だ・・・・ものすごく、非常に、途轍もなく癪ではあるけれど。
「ディスト、これからなんか用事あんの?」
「へ、今夜ですか? いえ、別に何も無いですけど」
「じゃあこれからウチに集合! ピオニーもいるしさ」
「は!? 何を急に言っているのです、嫌ですよ!」
「拒否権なーし。じゃあ30分後にウチ来て。1分遅れるごとに、ディストの昔の恥ずかしい写真、研究室HPの掲示板に貼り付けるから」
「ちょ、待ちなさい! そんなふざけたこと私が許しませ「はい、よーいスタート!」
ぶち、と問答無用で通話を終了させる。ディストのことだ、きっと大学の研究室にいるに違いない。彼の大学からジェイドのマンションまでは車で20分強。電話をかけなおす暇があったら荷物をまとめ、戸締りをして自身の車に飛び乗るのが正解だ。は「昔の恥ずかしい写真を研究室のHPに送りつける」というのをあくまで今現在のノリで口にしたが、決してそれが冗談ではないことをディストなら重々承知しているだろう。
「サフィールも来るのか。今日は賑やかになるな」
にやにやとピオニーが笑う。ディストはピオニーにとって格好の獲物で、最高のオモチャだ。
「ジェイドに連絡したほうがいいかな?」
「・・・・俺のせいじゃないからな、サフィールが来ることになったのは」
「ヒドイなぁ。共犯でしょうよ」
「どこがだ。お前一人が電話で喋ってただろうが」
いつだったか、確かな日付は憶えていないが、ガイに前言われたことがある。
「俺は、お前の彼氏やら夫やらに心から同情するよ」
別にその時彼氏やら夫がいたわけではないし、今現在だっていない。女好きなのに女性恐怖症というアイロニーを器用に内在させる彼に言われるのは心外だと思ったが、自覚が無いわけでもない。確かに、いつの日か自分に彼氏などという存在ができたとしたら、かの人は随分と大変だろう。何せ自分の周囲には、3人ものオジサンお
「これからどうなるのかなー」
「いきなりどうした? 」
「なんだろ、未来への希望ってやつかな」
この数ヵ月後、は見事に第一志望である深淵大学農学部に合格し、夢の一人暮らしを始める。色んな出来事を経て2年生になり、予想だにしていなかった事件と遭遇するわけだが、それをこのときの彼女が知る由もないのはまァ、当然のことである。
novel
ピオニーとの出会いからはじまって、ナタリアやディストにも登場してもらったヒロイン高校3年時の過去話でした。ピオニーとの出会いに関して不知火さまからのネタ提供を頂きました! といっても「ヒロイン在宅時、ピオニーが不法侵入してきてあわや通報というところでジェイド帰宅」というお話からは随分はずれ、通報しそうになるのは親友のジェイドという・・・(笑) 随分遅くなり、しかも不知火さまに頂いた元ネタから脱線しまくりましたが、楽しんでいただけると幸いです。ジェイド・ピオニー・ディストのオッサン3人を書くのが非常に楽しかったなんて・・・可哀想なディストが大好きです。
writing date 07.10.09 ~ 07.10.16