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Kano-neko

7-3



最初は、があまりにも平然と、恥ずかしがる様子などこれっっぽっちも見せずに(23歳のオジサンとしては、そんな子どもの反応をそこはかとなく期待していたなんてそんな)行動に出たことから、あんな親愛の情の延長線上にしかないキスなど日常茶飯事なのかと思ったのだ。ジェイドがの面倒をみることになったとき、はまだ3歳だった。この四年のあいだに彼らがどういう生活をしてきたのかピオニーは知らないし、今こうしてが楽しそうにしているのなら知らなくてもいいことだと思っている。彼らの関係は推して量るべし、おやすみのちゅーくらいしていてもやらしい感じなどカケラだってないし、まったく不自然ではないと思ったのだが、存外ジェイドという男は義理堅いらしい。―――・・血縁でもないのに、という言葉を心の底から嫌悪しているくせに、その言葉に引っ掛かりを覚えているのは他の誰でもないジェイドなのかもしれないと思うにつけ、ピオニーは胸のうちで舌打ちを漏らした。この見栄っ張りの格好つけが。

「落ち着けジェイド。こんなのは数のうちには入らん」
「当たり前です、家畜への愛情表現を回数に数える馬鹿はいません」
「・・だったらその、今にも指を鳴らして秘奥義決めそうなポーズを止めろ」
「先程のあまりにおぞましい記憶がに残らないようにするのは当然ですが、それで事実が変わるわけではないんですよ。非常に残念なことながら」
「おぞましいとはなんだ、おぞましいとは! にとって、きっといい思い出に 「インディグネイショ、」 よし俺が悪かった」

ばちばちと火花を散らしたふたりはしかし、ほとんど同時にため息をついた。問題は彼らの前に山積みである――例えばどうやって今の記憶を子どもから抹消するかとか、こういうのはそうホイホイするもんじゃないということをどう伝えればいいのかとか。はっきり言って二、三年前に成人を迎えた大の男がふたりして考えるような話ではないが、当の二人は大真面目だった。今みたいなノリで量産されたらたまったもんじゃない、害虫駆除には手間がかかる(この時点で既に “ピオニーに言われたから” した、という前提条件ははるか彼方にぶっ飛ばされている)。

「・・・・そういえば、リヒティってのは誰だ?」
「リヒティ? 同じクラスのともだち、今となりのせきで仲いいんだ!」
「校長室に忍び込んだりするくらいですから・・・女の子じゃあ、ないんですよね?」
「あたりまえだろ、リヒティが女なんてきもちわりー!」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」

普通、小学一年生の男の子は一緒に仲良く遊ぶともだちにキスを強要したりしない。このごくごく常識的で当たり前すぎるツッコミは、この場に常識的な人間がいなかったために見落とされた。22歳と23歳の大人の頭には無邪気であるがゆえに実行に移された、子どもの愛らしくも危険に満ちた行動ばかりがリフレインしている。これではが羊の皮をかぶったキス魔のような扱いだが、彼らはそれをさほど間違ったものだと思っていない、前提条件がなんであれ行動という名の結果があるなら、自分たちに科せられた使命はその軽すぎるノリでの行動を封じることだ・・・・・・・・もう完全にその行為を封印してしまうこともふたりの大人は考えたが、自分たちにそのツケが回ってくる将来的な可能性をうすらぼんやりとでも考慮に入れるあたり薄汚れているのは彼らである。

「さて、どうしたものでしょうねぇ」
「あーあれだ、少女マンガとか見せればいいんじゃないか? サフィールなら持ってそうだぞ」
「あの洟垂れに借りを作るなんてごめんです。それにご存じないんですか? 最近の少女マンガはかなり進んでいるそうですよ」
「・・・・そうなのか?」
「そうなんです、下手に妙な知識をつけられても困りますしねぇ」
「確かにな、“おにいちゃん、・・優しく、してね?” なんて言われた日には理性も吹っ飛ぶ 「インディグネイション!」

全身全霊の殺意をこめた秘奥義が、ピオニーの頭上で炸裂した。
こいこい、というジェイドの手招きに従ったはピオニーの膝の上からおりると(直後、眩いばかりの神の雷が閃いた)、ソファに足を組んで座る せかい中のだれよりもしんらいのおける そのひとの膝に自身の腕と顔をこてんとのせて彼を見上げる。幼稚園に通っていても小学校に通い始めても、子どもの世界の中心はこのマンションの最上階で、真ん中にいるのはジェイドと自分だ。最近ピオニーが切り揃えてくれた髪を長くて綺麗な指でふわふわ撫でられ、はパンにのせて焼いたチーズのようにとろりと笑う。

、先程のようなことは好きな人にだけするものなんです。あまり他人にしてはいけませんよ?」

諭すような口調でさり気なく、幼少の頃からの幼馴染であり自身の親友でもあるピオニーを “他人” という括りで刷り込もうとするあたり確信犯である。

「・・? でもオレ、ピオニーのことすきだよ?」
「・・っ、!」

ソファの上でひとり、ぷすぷすと煙を上げていたピオニーは背景にきらめく特殊効果を散りばめながらよみがえり、ジェイドの膝あたりに抱きついていた子どもを後ろから抱きすくめようとして、顔面に見事な掌底を決められた。抱きしめようとした勢いが勢いだっただけに、反動で大きく後ろに仰け反ってカーペットに沈む。前々から思っていたことなのだがこのツンデレ眼鏡、が関わると殊更攻撃力が伸びてやしないだろうか・・・・しかも顔面を張り倒しただけでは飽き足らず、足でぐりぐり踏みつけるの止めろ!

「そういう 好き じゃないんですよ」
「・・・・・そう、なの?」
「ええ、きっと」
「きっと・・? ジェイドにも、わかんねェの?」
「・・・それによく似た近しいものは、最近知ったんですけどね」

よこっらしょ、というとてもじゃないが22歳の青年が出すものではない言葉を漏らしたジェイドは、自分の言葉のすべてを吸い込もうとするようにひたすら見上げてくるを抱き上げ、膝の上に向かい合うような形で座らせた。ともすればいろんなものへ散漫されかねない注意を集中させて、子どもはジェイドの言葉を待ち受けている。この子どもの底知れない漆黒の瞳は、ジェイドに誤魔化すことを許さない。

「いずれきっとわかります、それまで大切にしていなさい」
「んー・・なんかよくわかんねェけど、わかった」

ひどく神妙な顔でこっくりうなずいた子どもにジェイドは微笑む。

「よろしい、それではご褒美を差し上げましょう」
「! まじ!?」
「まじです、冷蔵庫の中にそこの変態が買ってきたケーキが入っていますから、好きなものを取りなさい」
「やった!」

小さな子どもは、まるで宝石のようにきらきらしたケーキの中から五分間かけてひとつのケーキを選び出し、けれど結局ふたりの大人がそれぞれ餌付けするように差し出すしあわせな甘さを心から楽しむうちに、先程のことなどすっかり忘れてしまった。けれどジェイドの言葉はふるいに落とされることなく頭の中に残っている。残ってはいるが、大人たちが親馬鹿丸出しで心配するような状況が頻繁に起こるはずもなく、引き出しの中にすっかり仕舞いこまれていた―――・・あの日が来るまでは。


「・・・・・・・・・・・・なん、だよ・・・今の・・」

novel



い・・いちねんぶり、くらいの更新となりました、カノ猫ですがみなさん、いかがお過ごしですか・・? えっと、この 「カノ猫」 となんか気がついたら50話になろうとしてる 「カラフル」 は、“いま” というのを真ん中に据えた状態の “過去=カノ猫”、“未来=カラフル” のようなつもりで書かせていただいています。そのカラフルでちょっと色々あって、それを起点に今回の話を考えました。・・はじめてのちゅうはピオニー陛下です、二人の大人がだいぶおかしくなっていますが愛ゆえだと解釈していただければ幸いです。

writing date  08.10.14    up date  08.11.02