0705  Happy Birthday to Higikata!




5月5日、こどもの日。世間がゴールデンウィークだなんだと浮かれ気分に包まれる中、鬼の副長と真撰組内外から恐れられる土方は、そのふわっふわした空気を蹴り飛ばして歩く。 江戸の治安を守るという漠然とした、しかし重い職責を背負う彼らには大型連休などというものは存在しない。 が、多くの人がのほほんと遊んでいる連休中、毎日仕事にひっぱりだしていたら隊士の士気も下がるだろうという近藤の一存で、各隊士には最低1日、臨時の休みが与えられた。

「・・チッ、いい気なもんだ・・・」

カッチリした隊服を着込み、煙草に火をつける。 土方の自室から見える桜はもうとっくの昔にその花びらを風に散らし、今は青々とした緑が気持ちよさそうに空を泳いでいる。 生い茂りつつある緑のおかげで、土方の自室は夏に向かって眩しさを増すばかりの太陽から逃げ延びていた。 まだ柔らかそうな葉っぱと葉っぱの間から漏れてくる光が、チラチラと明るい。 あ、毛虫がつく前に薬を撒いておかないと後々面倒になるな・・山崎にゴールデンウィーク中にやっておくように言っておこう。 連休は明日の日曜までだが。

煙草を口に咥えたまま、土方は筆を取る。 真撰組副長である彼にはゴールデンウィークだからといって休みはない。 近藤は休んでも構わないぞ、と言ってくれたのだがその言葉をバカ正直に受け止めていたら、真撰組で処理しなければならない書類はロクに終わらない。 それに、休みなど取っていない局長がいるのに、副長が休みを甘んじて受けるというのもいかがなものか。
とはいうものの、一向に土方の筆は進まない。数行書いては、自分でも気付かないうちに筆が止まっている。 類稀な集中力を生まれ持ち、一度やると決めたことは何が何でもやり通す土方が、書類仕事に集中できないのにはワケがあった。


5月5日は、土方の2X回目の誕生日なのである。


歳を一つ重ねることを意識しなくなったのはいつのことだったか。 ここ10年くらい、土方は他者によって自分の誕生日を気付かされていた。 昔から・・田舎の道場でガキを集めて剣術修業をしていたときから、近藤は人の誕生日などをとても大事にする男だった。 土方自身、誕生日などとうに意識しない年になっていたが、近藤とであったその年から土方の誕生日は盛大に祝われて。 自分の誕生日を他人に祝ってもらえる・・そんなのは土方にとってあまりに久しぶりで、 死んでしまいたくなるくらい恥ずかしかったのを覚えている。 道場を離れて江戸に出てきて、真撰組という肩書きを背負うまでになっても、規模は随分小さくなったとはいえ土方の誕生日は祝われていた。
だが、そんな近藤は出張で屯所にいない。連休真っ只中の出張にも近藤は嫌な顔一つせずに、昨夜屯所を発っていた。

「土方さーん、大変ですねィ。こんな日に仕事だなんて」

土方はその声に嫌な顔を隠そうともせず、目を上げる。 土方の視線の先で、私服姿の沖田がにやりと笑う。 手の中の財布をお手玉のように投げ上げながら、まるで見せ付けるように。

「・・そう思うんならちったぁ手伝ったらどうだ」
「そんなのまっぴらゴメンでさァ。今日は俺オフなんでねィ・・土方さんと違って」

怒りをこめて沖田を睨んでも、S王子には効きやしない。 むしろその勝ち誇ったような笑みは色を深くして。

「どこに行こうが人だらけだっつーのに遊び行くたァ・・ごくろうなこったな」
「いーいことに気付いてくれやした、土方さん」


「今日はとデートなんでさァ」



ぴし、と土方の動きが止まる。
今 コ イ ツ な ん て 言 っ た ・・・?

「今日は指南役の仕事も休みだし、も暇だって言うもんでねィ。ちょっくら街のほうまで遊びに行ってきまさァ」
「あ、今夜帰ってこねぇかも知れねェんで、そーなったらヨロシクー」

ヒラヒラと手を振りながら、沖田の姿が廊下の曲がり角へ消える。 もしかしてもしかしなくても、あの野郎、それを言うためだけにここへ来たのか。 ただそれだけの事実を伝えるためだけに、休み返上してまで仕事をしている上司の部屋へ訪れ、 誕生日なのにも関わらず仕事に励む人間に対して労いの言葉一つなく・・・!

「(・・つーか、デート・・って)」

――――本当だろうか。・・・・え、マジでデートなの? ホントに? あのが、あのS王子と?

「・・・・・・・・やってらんねェ」

筆を書類の上に転がす。 思ったより勢いのついていたそれが文机から転がり落ちても、土方は頓着しなかった。今日中にいま机の上にあるだけの書類はせめて片付けてしまおうと思っていたが、その気ももはや消え失せている。世間サマは連休なのだ。 その間に一日ぐらい休んだって、誰が文句を言えるだろう。局長は仕事をしている? ハッ、んなこと知ったことか。余所は余所、ウチはウチである。

だ。 人の誕生日だというのに、沖田の野郎なんぞと遊びに行くとは一体どういうつもりだろう。が自分の誕生日を知っているということは既に確認済みである。 近藤が「5月5日はね、トシの誕生日なんだー! お祝いするから、ちゃんも遊びにおいでよ」と言っていたのを、土方は偶然耳にしていた。
興味なんかないだろう、と頭から諦めてかかっていたバレンタインデー。 これまでに贈り物を貰ったことが比較的多い土方でも、あんな渡され方をされたのは初めてで。 ・・まさか豆と一緒に投げて寄越されるとは思わなかった。 が、期待していなかっただけ反動が、つまり嬉しさが予想以上に大きかった。

―――・・そのせいだ。 そのせいで、は自分の誕生日にも何かしてくれるんじゃないかと、知らぬ間に淡い希望を抱いてしまったのだ。

「・・・バカは俺か・・」

土方のその低い呟きは、爽やかな緑の風に運ばれて消える。


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「―――・・めろよ、総悟。寝てるんだろ?」
「のーてんきな顔して寝てまさァ。今のうちに殺っちまうか」
「寝込み襲うのは卑怯だぞ」
「確実に殺るためには仕方ないことでィ」

頭の上で繰り広げられる物騒な会話。 爽やかな風が運んできた心地よい夢が、突然どす黒い悪夢に様変わりして土方は目覚める。うっすらと目を開けた、その視界には。

「あ、土方さん起きた」
「・・・チッ」

おはよー、とにんまり笑うと、あからさまな舌打ちをした沖田。 ただでさえ寝起きの思考が、今の状況に追いついていかない。それでもなんとか把握しようと試みる土方は、周囲に目を配る。新緑が眩しい桜を照らす太陽の光は真っ赤で、まるで燃えるようだ。桜の影が廊下にまで伸びている。

「ホラ、土方さんこれやる!」

ぐいっ、と押し付けられた小さな包み。 ワケが分からずに動けないでいる土方に焦れたのか、が「ホラぁ!」と唇を尖らす。促されるままに包みを受け取る。 それは土方の手のひらにすっぽり収まるサイズの白い箱。

「・・ぼけっとしてないで開けろよ!」

が明るい声を上げる。 多分、今ここで一番楽しんでいるのはだ。

「・・・zippo、か?」

箱の中にあったのは、深い青色のzippo。 もう既に何年も使い込んであるかのように加工された表面は、土方の手の中にしっくりと馴染む。 親指でフタを開け閉めするときの金属音が心地いい。

「・・ほんとはさ、これと違うのにしようかと思ってたんだけど・・・・その、高くて・・・」

だんだんと小さくなる声と、自身に土方は口元を緩める。 恥ずかしそうに俯く彼女の髪に、指を絡ませる。

「俺みてーなのにはこれで十分だ。・・ありがとな」
「おうっ! 土方さん、誕生日おめでとな」



「もしかして今日、コレ買いに行ってたのか?」
「うん。俺ひとりじゃ街に出られないから、総悟についてきてもらったんだ。休みが今日しかないっていうから、ギリギリになっちゃったけど」
「まったく、世話の焼ける人でさァ」
「仕方ないだろー。銀さんやらに頼んだら、絶対出費かさむし」
「・・総悟に、なんかされてねェだろーな」
「・・何言ってんの、土方さん」
「うーわぁ。、この野郎ムッツリでさァ」
「土方さんムッツリー
「ムッツリ土方死ねコノヤロー
「人の誕生日に死ねとか言うんじゃねェエエエ!」


5月Web拍手用の小ネタ。さり気ない爆弾発言の沖田。
writing date  07.04.24   Re:up date  07.06.03