「・・・銀さん、髪の毛増えてない?」
どういう経緯でこうなったのかもう覚えていないけれど、銀時を起こすのはの役割だと、銀時も新八も神楽も、そして自身も思っている。
朝ごはんの用意は新八が来てから始めるのは常で、神楽は台所にいい匂いが漂い始めると大概自分で目を覚ます。
しかし一番年長であるはずの銀さんは、俺が起こさないと起きてこない。奴が寝ている和室の前で声をかけて返事があれば上々。
1週間のうちの5,6回は和室に踏み込み、窓を開け放ち、布団を剥ぎ取り、大声で声をかけて・・・酷いときにはコップに汲んだ水をちょろちょろと耳の穴に注ぎ込んでやって―――とまぁそこまですれば絶対起きる。(※注 絶対に真似をしてはいけません)
今日もその例に漏れず、まずはとりあえず和室の前で銀さんの名前を呼んでみたけれど応答はない。
ついおとといぐらいに返事があったから、次に応答があるのは1週間ほど先になるのだろう・・・・一応言っておくが、返事があったからといって銀さんが自分で起きだしてくるか、といえばそれはまた別の話で、公園のベンチにくっつけられたチューインガムのように布団にへばりつく銀さんをちゃんと起こすのに掛かる手間は、返事があろうがなかろうがさほど変わらない。
はじめのころは返事がない和室の前で、半ば独り言のように彼の名を呼び続けなければならないのは朝っぱらから気を悪くする以外の何物でもなかったが、それが当たり前となった今ではため息一つで全ての感情を水洗便所のように流してしまえるのだから、慣れとは恐ろしいものである。
スパン、と開け放った襖の奥で布団が丸くなっている。怒りは己の容量を超えるまで貯まると、諦めへと変化する。
「もー、銀さんそろそろ起きろよなー」
「んー・・・・」
この返事はダメな返事だ。返事一つでそれが判断できるようになってしまった自分が憎い。
この日、始まったばかりだというのに何度目になるか知れないため息を吐き出しつつ、俺は窓を開ける。
障子を開け、窓を全開にしてやろうとして・・・ガラスを叩く規則的な音に気が付いた。
まるで俺が吐き出したため息を全てかき集めて、ぎゅうと固めて空に浮かべたような雲が世界を覆っていて、容量オーバーになってあふれ出した諦めが雨になって世界の音を飲み込んでいる。
ザァァ・・、というラジオのノイズよりずっと穏やかな、けれど小鳥のさえずりも新聞配達の原付バイクの排気音も朝の挨拶を交わす声もかき消してしまう音。
「・・・雨だ」
ぽつりとこぼれた言葉も、雨に飲み込まれる。
ハッと意識を取り戻して振り返れば、丸くなった布団から少し銀髪がはみ出ている。言うなればあれだ・・・もろこしヘッド。
あのもろこしヘッドの部分がくしゃくしゃの天パになった感じ。
昨夜から降り続いていた雨の音が耳に障ったのだろう、布団の中に潜り込んでいるせいでもろこしヘッドになっている。
朝っぱらから気色悪い。
「もー、さっさと起きろって言ってんだろ! 踏むぞ、腹の上でタップダンスの練習始めるぞコラ」
「・・んぁー、もーちょっと・・・あと5分・・」
「よし、じゃあ始めるか。まずはウォーミングアップとしてその場ダッシュ10本いきまー「起きる起きる! もう起きるからほんっと許して!」
がばぁっと起き上がった銀さんを、思わずまじまじと見つめてしまった。
「な、なんだよそんな見つめて・・・なに、俺の寝起きにドッキリしちゃった? ちゃ「銀さん、よだれの跡ついてる」
咄嗟に口元を押さえた銀さんに、手鏡を差し出してやる。
「・・・銀さん、髪の毛増えてない?」
「あー・・しゃーねーだろ。天パにとって雨は天敵なんだよ」
普段はもっとこう、“くるんくるん”という感じなのに、今日は“うねうね”といったほうが正しい。
外気の湿気を十分すぎるほど取り込んだ銀髪は、いつも以上に自由奔放だ。
「うわ、すげーくしゃくしゃ。なにこれ、ひでぇな」
「・・朝からお前の台詞のほうがひでぇよコノヤロー」
半身を起こした銀さんの隣に座り込み、銀髪に触れてみる。
頑固で自己主張の強めな銀髪は、触れてみると意外にしっくりと指に馴染む。
「ちょ、おまやめろって! 天パは思ったよりも繊細なんだぞコラァ」
「・・銀さんの髪、すげぇキレー・・・」
世界を濡らす雲の涙を切り取ったらきっと、いま手に掬い取った銀髪みたいになるに違いない。
「・・俺には、お前の髪のほうがずっとキレーだと思うけどな」
つ、と自分の髪の毛が引っ張られる方に目をやれば、束ねた髪に銀さんが指を遊ばせている。
まっすぐなだけじゃん、と笑ったら、嫌味ですかコノヤローと引っ張られた。
「まっすぐ、ってのが重要なんだろーが」
「・・でも俺、銀さんの好きだけどなー」
一瞬、髪に絡んでいた指の動きが止まった。
あれ、と思うより先に銀さんはフッと笑みを零す。銀さんのこの表情は、銀さんが“大人”であることを知らしめる。
「・・俺も、好きだぜ?」
髪をもう一度指に絡めると、銀さんはそれを自分の口元に持っていって。そして俺の髪に、そっとその唇を――――・・・
「新八ィィイイ! 銀ちゃんが・・っ、銀ちゃんが朝からにエロいことしてるアルーッ!!」
「息の根止めちゃって、神楽ちゃん」
「イエッサー! 任せるアル!」
「オイィイ、誤解だ誤解! エロいことなんかしてねーよ、今からしようとしてたんだから!」
「・・・神楽、俺も息の根止めるの手伝うわ」
「よく言ったアル、! それでこそ私のネ」
「ま、待て待て・・! 落ち着いて話を聞けェエエエ!」
6月分拍手お礼品。一部改訂のち再掲載。
writing date 07.05.25 re:up date 07.07.14