「はー・・・クーラー最高、エアコン万歳、死にくされ万事屋」
は着流しの襟元や裾をパタパタさせながら、扇風機の前で溶けた。万事屋では「強」で熱風を送ってきやがる扇風機だが、今彼女のいる真撰組屯所では「弱」でクーラーの冷気を部屋中に循環させる仕事だけを請け負っている。はその扇風機の首を自分のところで固定し、「我々ハ宇宙人ダ」とでも言い出しそうな位置で風を受けて。
「あー極楽、極楽」
「・・・何してんだてめぇは」
土方は呆れたように溜息をつき、文机の上に肘をついてに白けた視線を向けた。さも自室のように悠然とくつろいでいただが、彼女がいるのは土方の執務室である。近藤がコツコツと溜めた書類と格闘する土方の目の前で、は現代機器の利便性をこれ以上ないほど満喫していた。はっきり言って、土方にしてみれば非常に鬱陶しい存在に他ならない。こんな酷い残暑の日、何が悲しくて上司の書類を自分がやらねばならないのか。今日が稽古の日で、彼女が一仕事終えたあとならこれほど苛立たなくてもいいのだろうが、生憎今日は稽古の日ではない。・・つまり、別にが屯所に足を運ぶ必要はないのである。そのがわざわざ屯所に姿を見せてくれるのは土方にとってむしろ喜ばしいことだが、その目的があまりにはっきりしすぎていると気持ちも萎える。
「何してるだなんて、見ればわかるだろ? 涼みに来たんだよ」
あぢー、なんていいながら襟元を緩めるを見れば、仕事をする気も萎えよう。・・・・というか、アレだ。どこに目をやったらいいのか非常に困る。だっておま、襟を緩めて扇風機の風なんて受けてたらこう、鎖骨とかチラッと目に入ってしまう(別に見ようとしたわけではない、断じて。目に入ってくるのだ。・・そこ、ムッツリとか言うんじゃねぇぞ。目に入ってくるもんは仕方ねぇだろうが!)。
「それでなんでここに来んだよお前は」
「だって信じられるか土方さん!」
今日の最高気温予想、見た?40℃だぜ、40℃!人の体温のほうが気温よか低いってどういうことだか俺意味わかんない。お風呂のお湯よか気温のほうが高いんだぞ、なんだよそれ天然サウナじゃん!それでもっと意味わかんないのが万事屋。この電気機器溢れるこの時代にクーラーないってどういうことだよ。俺たちに死ねとでもいうつもりかね、あの糖尿天パ。や、俺たちが死ぬときはきっと銀さんも死ぬ可能性高いんだけどさ、じゃあクーラーつけろよコノヤローって感じなわけ。新八と話し合って、こそこそクーラー買うお金ためてたのに、いつ嗅ぎつけたんだか気が付いたら冷蔵庫の中のチョコレート増えてんの。なんかフラッと出かけたかと思えば、帰ってきたとき口の端にクリームつけてんの。いやもう、本気でイラッときちゃったもんで、衝動的に召喚獣呼び出しちゃったりもしたんだけどしょーがないよな。ホント言うと、ここで息の根止めちゃったほうがこれから先の食費とか諸々がかかんないわけだから、殺っちゃうのもアリかなぁとか思わなくもなかったんだけどアイツ一応ジャンプの主人公だし?ぎりぎり思いとどまったんだけど、まだ可能性は消えてないねアハハ。つーかマジでクー・・・・土方さん最高、俺ホントに土方さんがいてよかったと思って「テメェ今、クーラーって言おうとしてやがったろーがコラ」
「やだなぁ土方さん、幻聴だよ。大丈夫?」
ちりんちりん、とどこからか風鈴の涼やかな音が聞こえる。こんな太陽の日差し厳しい夏の日にも、外で駆けずり回って遊ぶ子供らの声が風に運ばれてくる。
そんな静寂を分け合える女はそうそう多くない、と土方はぼんやり思う。基本的におしゃべりなほうでない(銀時、沖田が絡んでくる場合を除く)土方は、たとえばこんな風に女と二人きりになったからといってぺらぺら話しだしたりはしない。それがどうやら女にとってはなかなかの苦痛らしい。なんとか話題を作ろうとして、失敗して―――・・だから床に入ったあとで「恐いお人」などと言われても土方には何の感慨も浮かばないし、どこがどうなって“恐い”などと評されるのかがよく理解できない。まぁそういわれるのは慣れているし、自分が優しい人間だなんて土方は思っていないから、別にどうということもないし関係ないことだとスッパリ切り捨てる。土方十四郎という男は、近藤や真撰組といったものが関わっていなければ何事にも無関心になれるのだ。
だがは・・・というか、という女は一体なんなんだ、と空恐ろしくなることが土方にはある。男なんだか女なんだかはっきりしない格好して、なのに男の面も女の面も持ち合わせていて。自分にとっての城である真撰組にひょっこり現れて自然に馴染んで、あっという間にその場所を確立して。しかし当人には関係ないのかどうでもいいのか知らないが、ふらりふらりとまるで風のようで。彼女の周囲は土方にとって、いやそれは土方に限ったことではなく沖田にしたって他の隊士たちにしたってそうなのだろうが、酷く居心地がよくて。無理に気を張る必要もないし、だからといって緩めすぎるわけでもなく・・・そう、何事においても丁度いい気がする。こんな人間、生まれてこの方見たことがない。
「(・・・で、寝てやがるし・・・・・)」
畳の上に大の字に寝転がって、ぱかーっと大口開けて寝こける女なんて、そうそういてたまるか。猫みたいに手足を丸めてすやすや眠るならまだしも、こんな男らしく居眠りこかれるとイラつきを通り越して呆れずにいられない。大体、人の執務室を何だと思っているのだ。前に桜を見に来たときにも・・・。でも、そうして惰眠をむさぼる姿を憎らしく思っていない自分が一番憎らしい。むくむくと沸いた悪戯心に従ってその鼻をつまめば、不愉快そうに表情をゆがめてが呻く。
「ぶっさいくな面晒しやがって・・・いい加減にしとけよお前」
あんまり無防備だと、それがいつかお前を殺すぞ。
土方は筆を手に、再び仕事に取り掛かる。
サイト夏眠期間、拍手は下げていましたがこんな夏な感じで土方さん。いかがでしょう?
writing date 07.08.27 ~ 07.09.06 up date 07.09.24