0801  the plume of a Crow



「明けました、おめでとうございまーす!」

年が明けた。大掃除なんて小指の甘皮ほども思っちゃいなかった銀さんの尻を叩きに叩いたのは、新八と神楽とそして自分で、積もりに積もった一年の埃を払って新たな年を迎えた。最早恒例となった豚スキを囲み(豚すき焼きの略だよ、もちろん)、開始10分を待たずしてだしの藻屑と消えた豚肩ロースの名残をちみちみだし汁で味わいながら、ついでに瞳から伝うわずかな塩水も啜りながら紅白歌合戦を視聴。個人的に、総合司会者であるあの人とハニーフラッシュ☆で有名な(・・・あれ、もしかして古いかなこの選曲)あの人が、どんな会話を交わすのか楽しみにしていたのだけれど大したことなくて、ちょっと残念だった。

「楽しみ方が中年のババアだぞ、
「徳永ひであき熱唱してた銀さんに言われたくない」
「ちょ・・おまっ、あの歌のよさがわかんねぇの!?」
「わかるよ、わかるけど。箸をマイクに見立てて、椅子の上に立って、拳握って熱唱されたらフツー引くから」


お年玉、という制度を知ったのは去年のことだ。予想に難くないがもちろん、銀さんに教えてもらったわけではない。妙ねぇでもない。家賃を滞納しているせいで、お登勢さんはポチ袋をくれたに過ぎなかった(むしろ最初からくれないほうがダメージが小さいと思ったけれど、言わなかった。言えなかった)。去年、仕事始めの7日、土方さんに挨拶したらくれたのが一番最初だ。

「ったく、三箇日に顔出さねぇからいらねぇのかと思ったんだがな」
「要る、要るよ土方さん! 欲しい!」

忘れることなく、今年は2日に顔を出した。門松や注連縄を飾ってある屯所の門をくぐって、近藤局長や土方さんにちゃんと挨拶をした。「今年も一年、よろしく頼むな。ちゃん」と近藤さんに頭を撫でられた。「ま、怪我しねぇよーにな」と、瞳の奥にある痛みを巧妙に隠しながら、土方さんはわずかに笑った。自分に出来るのは、土方さんのそれを見て見ぬフリして「うん、ありがとー!」と軽妙に笑ってみせることだけで、渡されたお金入りのポチ袋を懐に仕舞いこんでえへへと笑った。隙間風でも入り込んでいるのだろうか、不意に心が酷く冷えた。

「あ! さん、明けましておめでとうございます!」
「おめでとうございますー・・って山崎どしたの、顔の傷。総悟とかにやられた?」

隊士たちに顔見せがてら挨拶をしてまわる道の途中でばったり会った山崎は、頭にぐるぐると包帯を巻いていた。頬がすすけているし、隊服がボロボロだ。・・正月から大変だな、山崎は本当に。

「仕事ですよー仕事! お正月も何もあったもんじゃありませんって」
「うあマジで? お疲れ様です」

ぺこり、と頭を下げると、山崎は穏やかに苦笑した。
「はは、お疲れ様なんて言われたの、さんがはじめてですよー、今年」
なんていうか本当に、大変だな山崎は。本気で同情する。

「監察が引っ張り出されるってことは、またテロとか?」
「そーなんですよ。過激攘夷派連中が大晦日になんか企んでるーって情報が入って。ほんと、そういうタイミングは止めてくれって感じなんですけど」

ははは、と乾いた笑いを見せる山崎の表情には隠しきれない疲れが滲んでいた。自分たちが豚スキを楽しんでいる間に(戦っている間にとも言う)、彼らはぴりぴりと神経を張り詰めていたのかと思うと頭が下がる。この人たちがいるからあの時間があるのだという思いが、じわりと心に沁みる。

「今回は大物が引っ掛かりそうだったんで、僕らも頑張ったんですけどねー。あと一歩及ばず、でした」
「・・・大物?」

――― 嫌な感じが、第六感を貫いた。



「高杉ですよ、高杉晋助」


ズン、と体に何かが圧し掛かったように重みが増す。体を、心を、影に縫い付ける名前。脳裏に木霊するヤツの声音と、見るものを圧倒するその姿。

「・・そりゃまた、ホント大物の名前が飛び出してきたな」
「でしょう? 俺もビックリしたんですけど、あと少しってところで逃げられました」

どくん、どくん、と鼓動する心臓が何を考えているのか、自身ですらよくわからない。もしもヤツが捕らえられたならきっと、今目の前にいる山崎を八つ裂きにしても逃げおおせるだろうという確信にも似た思いがあるからか、それとも――・・。ありえない、あってはならない考えに唇を噛む。わずかに、ほんの少しだけ、体が安堵したような気がして。

「怪我がそれで済んだのはむしろ、儲けもん?」
「あはは、そーですね。多分、そうだと思います」

山崎の腹に出来た傷は当たり前だが完治して、けれど傷跡は残っている。自分たちは二人して、あの傷を見るたびにあの男を憎悪にも畏怖にも似た感情で思い起こすのだ。そして私は胸に刻み付ける。もしも再び、こんな傷が真撰組の誰かに刻まれることがあったら――次こそ、自分が高杉を斬るのだと。

「それで、高杉の潜伏先でこんなものを見つけて、」
「・・・・・・何、これ」


それは、鴉の羽だった。

三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい―――その歌を覚えておけ。俺の名と一緒にな・・・

天高く。新たに生まれ変わろうとする世界の空に、鴉の鳴き声が一つ。


出番のわりに人気の非常に高い高杉で、新年1発目をおおきく振りかぶって。・・・・高杉、出てきてないけど。
writing date  08.01.06   Re:up date  08.04.01