0804  Mon. Confiscation




のらくら私立銀魂高校3年Z組。個性的な、あまりに個性的過ぎる生徒たちが集められたこのクラスで「自分はコイツらと同じ腐ったりんごじゃあない」と思っていながら、しかしその実態は腐ったりんごの先頭集団を導いていることに気付いていない我らがヒロイン は、広げた手紙を目の前に掲げてにんまりと笑った。時は放課後。夕焼け色に染まった空に照らし出される3Zの教室にはのほかに、土方がいるだけである。明らかに機嫌のよさそうなとは対照的に、土方は机の上に肘を付きあからさまな舌打ちをした。

「なにこれ、呼び出しの手紙じゃん!」
「・・・るせーな、見りゃあわかる」

はこの日、授業中にどうしてもわからなかったところを土方に教えてもらっていた。前に沖田とテストの点数で勝負をしたとき、自分でもおそらく勝てないだろうと思っていたのだが、土方に教えてもらったところ、なんと同じ点数を叩き出したのだ。それがこれまでの最高点なのは間違いなく、これをきっかけにはわからないところがあると土方に教えを請うのが日常になっていた。今日もそんな珍しくもない一日だったのだが、教科書を出し入れした土方の机からはらりと一枚の手紙が零れて。サッと顔色を悪くした土方が拾うより先にその手紙はに没収され、そして何の躊躇もなく彼女はその手紙を目の前に広げた。


土方くんへ
今日の放課後、校舎裏の桜の木の下で待っています。
よかったら、来てください。       3年B組  木下 杏



可愛らしい手紙に添えられた綺麗な文字。たったの3行だけれど、彼女の言いたいことは鈍感極まりないにも分かる。

「・・ってもう放課後じゃん! 早く行けよ」
「うるせぇな」

ふい、と顔を背けただけで立ち上がろうとしない土方に、は顔を顰める。帰りのHRが終わってからもう2時間が経とうとしている。もしも木下さんがHRが終わってすぐ桜の下へ向かったのだとしたら、彼女はかなりの時間土方を待っていることになるのに。

「ちょ、もしかして土方さん・・行かないつもり?」
「・・・・・悪ィかよ」

ぼそりと呟かれた言葉にが目を丸くする。木下さんのことは全然知らないけれど、彼女がどれだけの勇気を振り絞ってこの手紙を書いたのか、全部は理解できなくともその一端はにだってわかる。なのにこの男は、それを全て無視しようというのか。

「そんなのヒドイよ、土方さん」
「・・・・・」
「木下さんはきっと必死なのに、無視するなんてサイテーだ」

すると突然、視線の先で土方が笑った。ハ、と鼻で笑うように、呼気を吐き出して。

「・・・・それを、テメェが言うのか」

の瞳が凍りつく。反射的に開いた口からはしかし言葉は生まれず、酸素を求める金魚のように2,3度口をわななかせたが結局音を発することなく、固く結ばれる。

「お前に惚れてる俺に、お前がそれを言うのかよ」

土方の鋭い視線とかち合うより前に俯く。震える下唇をぎゅっと噛み締め、は己の足元に視線を落とした。周囲の空気はまるで棘や針を散りばめたかのようにに厳しくて、身動き一つするのも息苦しいくらい固く凍り付いている。それは全て土方が発したものだが、土方にそうさせたのは自分なのだとは拳を握る。辛そうな、痛そうな、苦しそうな・・・・この人にそんな顔をさせることのできる自分が恐い。

「・・・ “無視するなんてサイテー” ・・・か」
「・・っ、ゴメン。俺、」
、お前何に対して謝ってんだ?」

え?、と顔を上げる。射すくめるような鋭い眼光と出会うかと覚悟しただが、思わず柔らかな表情の土方がそこにはいて。

「・・が謝る必要はねェよ。今のは完全に、俺の八つ当たりだ」
「・・・・でも」
「悪かったな」

ぽす、との頭に載せられる大きな手。わしゃわしゃとかき乱される髪の毛と同じように、緩やかに笑う土方の表情がの心持ちをかき乱す。どうしようもなく、心臓を鷲掴みにされたように苦しくなる。自身この感情が、土方の気持ちに応えられないことから生じているものだと気付いている。そして、その名をつけるなら罪悪感ともいうべき感情を持つこと自体が土方に対してとても失礼な気がして、は言葉を見失う。

「・・・・気にすんな」
「?」
「いいんだよ、今までの通りで。お前が俺に申し訳なく思う必要なんざねェんだ」

は目を大きく開き、ぱちりと瞬きを一つ。

「・・なんで、わかるんだよ」
「顔に出てんだよテメェは。言いたいことなんざ顔見てりゃわかる」

むに、と土方の指がの頬をつまむ。「いひゃい」と眉間に皺を寄せて呟いたの表情に、今までのような翳りがないことを確認して土方は密かに胸をなでおろす。あのわかりやすく罪悪感に囚われたの顔はつまり、今の彼女に土方の想いが受け入れられないことを示した顔だから。あんな顔をさせたいんじゃない――背中に抱えた重たい荷物を一人で担ぎ上げ、それでもまるで太陽のように笑う

「(――・・・欲しい)」

突然のように鎌をもたげてくる独占欲を押し殺すのには慣れっこだ。

「・・・行ってくらァ。俺が戻ってくるまで帰るなよ」
「へ?」
「 “無視するなんてサイテー” 、なんだろ?」

欲しいと思うのは、いかにも手に入りにくそうなただ一人。


土方さんをもっとカッコよく書きたい。  Re:up date  08.05.04