Baccano!

1931: How could their fate be?



「あーもう、やめやめ! ポーカーなんてやってられるかコンチクショーめ」

それまで手に持っていた五枚のトランプを、は豪快に放り投げた。振り上げた右手の勢いを殺すことなくどっかりと背もたれに寄りかからせ、苛立たしげに左手でコツコツと机にリズムを刻んでいる。はらはらと宙を舞うカードの影で凶悪に表情をゆがめた彼女を目の前に、ラック・ガンドールはくすりと口元に笑みを浮かべた。薄暗い部屋の明かりに紫煙がくゆる。あたりの縄張りを仕切る小さな犯罪組織、ガンドール・ファミリー ――その本拠地で、上のジャズホールから聞こえてくるやわらかなジャズの音色をBGMに、ガンドールを取りまとめる三人のボスとまったくの部外者であるが円卓を囲んでポーカーに興じていた。苦虫を少なくとも二桁の数、しかも一度に噛み潰したような、もしくはつい先日見つけたやたらと割高のバイトに意気揚々と出向いたらそこがまさかの売春宿で、「いやー君みたいのが来てくれると助かるよ、少年趣味のお客がお待ちかねだ」 と顔全体を脂でテカテカ光らせた豚にケツを撫でられた瞬間ブチ切れ、あとは本能と衝動のままに破壊の限りを尽くしていたら(なけなしの名誉のために言わせてもらえば殺しはしていない、事後処理が七面倒くさいので)警察がやってきて 「こりゃまずい」 と逃げ出したところをよりによってよりによってよりによってロニーに見つかり、それから三時間に及ぶ説教を受けた後のようにひどく澱んだ目をしたは、今にも手近な人間を手慰みに屠りそうな雰囲気をまとって席についている。

「・・・・お前、ホントにポーカー弱ぇなァ、」
「しぃっ、駄目だよベル兄、本当のこと言っちゃあ。あれでもは気にしてるんだから」
「・・・・・・・・・よぉし、今のラックの発言は俺に対する宣戦布告と受け取ったが間違ってないよね?」
「曲解はよしてください、

円卓についた彼らの周囲を取り囲むようにゲームを眺めていたひとりがのぶちまけたカードを拾い上げ、机に並べる。・・・どの数字が揃うことも連続することもマークが揃うこともない、見事なブタ(役無し)。ちッ、と忌々しそうに舌打ちする彼女は並べられたカードに視線すらくれない。何の関連性もない五枚のカードを前にフォローのしようもなく、円卓についている三人はもちろんゲームを傍観していた構成員たちも、なんとも言いがたい妙な空気に包まれる。一度や二度の敗戦ならまだしも、今日ポーカーをやりはじめて全戦連敗しかもブタというのはなかなかに凄まじいものがある。

「・・まぁ、ここまで役無しが揃うってのもすごい確率だと思いますよ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「にしてもよぉ、お前がいると最下位にならないっつーのが見えてっから楽だよなァ」
「・・・・・・・・・・・・・・もう帰る」
「ちょ、わかりましたよすみません、もう言いませんから」

がたん、と大きな音をたてて椅子から立ち上がった彼女を止めたのはラックで、咄嗟に腕を伸ばして彼女の手首を捕まえる。ラックのてのひらでは十分なあまりがある細い腕、これがいざとなればマルティージョ・ファミリーの最年少幹部、フィーロにも引けを取らない腕前を見せるのだからこの世界はおかしなものだ。裏社会で最強の名をほしいままにする 「葡萄酒(ヴィーノ)」。彼にも匹敵するといわれているのがマルティージョの上級幹部であるロニー・スキアートで、そのロニーに異常なほど懐いたは飼い主の技術をスポンジのように吸収し、メキメキと腕をあげている。つまり、もともと荒事に向いていないラックは力勝負で彼女に敵わない、数の論理が成り立たないことも知っている。手首を捉えられ、半身だけ振り返った彼女の漆黒が不満そうに細められるのに対し、ラックはあくまでも柔和に微笑んでみせた。「打算」 で彼女に白旗を振るわけにはいかない。

「・・・何度も言ったけどポーカーとかほんとやったことないの、だから勝手がわかんなくてこうなるの。なァ、ラック聞いてる?」
「はいはい、聞いていますよ」
「トランプのゲームとか、ババ抜きぐらいしかしたことないもん・・・あ、ババ抜きしない?」
「残念ですが、どうしてだかキー兄にジョーカーが集まるのでダメです」
「・・・・・・・・・・・」

椅子の上で膝を抱え、むっつりと押し黙った彼女はキースの手の中で繰られていくカードをじいっと見つめている。彼女の小柄な体(ベルガの隣に座っているのでよりいっそう小さく見える)を包む空気は未だに不満そうな色を携えているが、その本質をあらわす漆黒の瞳はキースの手元に吸い付いて離れない。すべてを飲み込もうとする、おそろしく純粋な闇の色。ラックは彼女のその視線によく似たものを知っている、正確に言えば その視線が何に似ているのか 知っている。彼女がただひとり、無条件での協力を惜しまない人間――膝を折ることを、躊躇わない人間。

「・・・・・・・・・なんだ」

ガンドール三兄弟の長男、キース・ガンドールは滅多に口を開かない。たまに口を開いたとしても五文字以上の言葉を発するとなると希少価値が付くほどで、組に長く所属する人間でも彼が言葉をつむぐところを見たものはごく少数だ。二人の弟たちはもうとっくにそんな現状に慣れているし意思疎通も問題ないが、入ったばかりの人間からしてみればひどく純粋な恐怖を掻き立てられる。見るからに腕っ節の強そうな(そして実際、短気ですぐ怒鳴る)ベルガや、薄笑いを浮かべてはいるが常に冷徹な光を瞳に宿すラックも恐怖の対象としては十分だ。けれどキースの与える威圧感はそれらとは質が違う、鋭い眼光に拳銃を突きつけられたような錯覚を覚え、纏う空気に喉を絞め殺されるような絶望が満ちる。彼らはそうして、自分たちの支配領域を広げてきた。

「うん、キースさんカード繰るのうまいなぁって。・・・下手くそなんだよねぇ、俺」
「・・・やってみろ」

正面のテーブルにつくキースから渡された一山のトランプを手に取り、は理想を頭の中に思いえがく。今自分が見たような、いつも見ているような、滑らかで無駄のないスマートな手付き―――バラバラと宙に舞う十数枚のカード、彼女はそれを泣き出しそうな顔で見上げた。

「・・やっぱり上手くいかないぃい・・・・」
「ほんっと不器用だな、お前」
「ベル兄。・・・・ひとには少なからず得意不得意があります、ならすぐに上達しますよ」

ラックはべったりと机に顔を伏せてしまった彼女の髪に指を絡ませながら、甘い毒を注ぎ込むようにそう言った。いますぐ効果が現れるのを期待する言葉ではない、けれどいつか、じっくりと餌に混ぜ込んだ蜜のような毒がその役割を果たすときが来るのを待っている。――まぁ、どろどろに溶かし込んだその毒に簡単に溺れてくれればそれが一番なのだが、そういう手合いではないことをラックはよく知っている。毒を毒とも思わず鷲掴みで平らげ、しかもそれを自分の中に溜め込んだもので中和しかねないのが彼女である・・・・・・・・不老不死である自分たちに時間は十分すぎるほど残っている、ならばゆっくりと手懐けるまで。

「おう、いいこと思いついたぜ!」

彼女の代わりにカードを繰りながら、ラックは突然大声を上げた兄を見遣り・・・・そして妙な悪寒に襲われた。

「次のゲームでドベの奴は、一番勝ちの奴の命令を何でも聞かなきゃならねェようにするっつーのはどーよ」

―――・・ベル兄・・・・。
ラックは思わず天井を仰いでため息をつきたくなった、気持ちはありがたいがそれはいくらなんでも下世話すぎやしないだろうか。日頃からあれやこれやと気にかけてくれるのは構わないしありがたいのだが、やり口がどうもラックのそれとは違いすぎるせいでかえってたじろいでしまうのだ。ちら、と救いを求めるように見たキースは目が合ったことに気付くと、ゆっくりと首を縦に振った・・・・・・・・・威厳すら感じさせる長男のGOサインである、腹立たしいやら恥ずかしいやらでやりにくいことこの上ない。当のはもちろんそんな兄弟間のやりとりに気付くことなく、きょとんと首をかしげている。

「・・・ベルガ、俺に尽くしたいんなら、わざわざそんな遠回りなことしなくてもいいのに・・、」
「なんでお前が一番勝ちで俺がドベになるんだ、ぁあ? これまでの全戦全敗、よく忘れられるなァおい」
「う、うるっさいな! さっきまでのはお遊び、もう負けませんー!」

そのとき、いきなり電話が鳴った。もちろんそんな雑音など気に留めず、ベルガと低レベルな言い合いを続ける彼女はいっこうに舌鋒を緩めない。電話をとった新入りは、困ったように受話器を差し出す。

「あの、さんに電話です・・」
―――・・へ、俺?」


「・・なんでこうなるんだおい、絶対おかしいだろーがよォ・・ッ!」
「・・・・・はは、は・・」
「・・・・・・・・・・・・」

机の上に並べられたカードが示すのはツーペア、フラッシュ、フォーカード。そして、

「あーっはっはっは、だぁから言ったじゃないかベルガ君、さっきまでのはお遊びだと!見よ、この美しきロイヤルストレートフラッシュ!」

椅子の上に立ち上がり机に片足をかけ、腰に手を当てて高らかに笑い声を上げるに殴りかかろうとするベルガを止めるのには、大の男が四人も必要だった。振り上げたこぶしをぶるぶる震わせているベルガと机に肘を突き、深いため息を吐き出すラック。キースは普段と変わらない表情で葉巻をくわえているが、眉間に刻まれている深い皺がいつもより一本多い。それらに気付いているのかいないのか、机に足を乗せた状態のままで神に祈るように両手の指を絡ませた彼女は、敬虔とは対極にある声で感謝の言葉を口にしていた。これがラストゲームということで、ベルガが言い出した罰ゲームに加え、それぞれかなりの額をベットしていたのだ。両腕で抱き締めるようにしてかき集めた紙幣とコインの山を前に、は上品さのカケラもない高笑いをあげている。

「・・おいッ、お前イカサマとかふざけたまねしたんじゃねェだろうなァ!?」
「なになに、負け犬の遠吠えですかベルガくぅん? イカサマなんてしてませーん、ボクはただ電話の指示に従っただけですぅー」

ラックは彼女のその言葉に、一瞬で笑みを消し去った。

「・・・どういう、意味です?」
「どのカードを何枚チェンジしろ、って電話だったんだけど、まさかこんなことになるなんてねー!」
「・・・・・・・・誰からの、電話だったんですか」

にたり。彼女はこれ以上なく優雅に、けれどこれ以上なく不遜に口元をゆがめた。

「そりゃあもちろん、ロニーさんでしょ」



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writing date  08.10.08    up date  08.10.13
手直しした後、ブログより再録。ロニーさんならこのくらいやってくれると信じてる。