Colorful
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「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
突然何の前触れもなく、我が家の隣に引っ越してきたのは、それはそれは見目麗しい美少年だった。
普通の大学生が、普通に実家を離れて一人暮らしを送るのに適したワンルームマンションに、新たな隣人が入居するのは別にそれほど特別なことではない。実際、が住居を構えている左隣(階段側)の隣人は今年の4月に入居した大学1年生である。けれどそのアパートに入っている多くが学生であればこそ、3,4月のほかに入居してくる人など極めて珍しい。そして今、高校時代からの使い古しジャージに、襟首や袖口がびろびろになってしかも色褪せの激しいTシャツという自宅でしか出来ない、無防備極まりない格好で玄関の戸を開けたの目の前にいるのは、
「あーっと、コイツ、今日から隣に引っ越してきたティエリア・アーデってんだけど・・・」
コイツ、とこれまた美形な長身の青年に顎で示されたのは、のこれまでの人生においてもなかなか類を見ない美貌の少年。己と比較するのをおこがましく思うほどに透き通った白磁の肌、肩口で綺麗に切りそろえられた紫苑の髪、メガネのレンズ越しに無遠慮なまでの視線を注ぐ紅を帯びた瞳。ス、と向けられた敵意すら感じさせるほどに険のある視線に晒されて、はわずかに眉間に皺を刻む。初対面の人間には、それと悟らせない慎重さでもって。
「おいティエリア! お前も挨拶しろって!」
「・・・なぜ俺が、」
「なぜって! ここに住むのはお前だからだろうが!」
や、スミマセンねほんと、コイツ礼儀ってもんを知らなくて・・・と、自身のゆるやかに波打つ鳶色の髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら、長身の青年は困ったように笑った。季節は確かに春から夏へと移り変わろうとしていたが、だからといって額に汗を浮かべるような時間帯ではない。西の空は真紅に染まり、東の空には夜が存在を主張しはじめている。現実に、徒歩3分のところにあるコンビニにガリガリ君も買いにいけないような格好で応対してしまったと、ピンクのカーディガンを羽織った美少年はとても涼しい顔だった。
「で、俺はティエリアの後見人?みたいなもんで 「なぜ自分でも把握できていない曖昧な言葉を使うんだ、ロックオン・ストラトス」 あーもう黙ってろティエリア! 俺はロックオン、ロックオン・ストラトス。お嬢さんは?」
長身の青年
――ロックオンが “お嬢さん” と言ったとき、隣の美少年がわずかに表情を動かしたのをは見逃さなかった。別に男と見間違えられることには慣れてるけど、と内心小さなため息を吐く。
「です。えっと・・ティエリアさんはオラクル高校の生徒さんですか?」
「いや、ティエリアは 「あなたには関係ないだろう」
「「・・・・・・・・・・・・」」
――アレだ、きっと空耳に決まっている。だってまさかこれから隣に住む人に対して「テメェに関係ねぇだろーが」なんて茶目っ気のカケラもなく無表情なくせに侮蔑を込めて言い放つヤロウなんて、そうそういるもんじゃない。そんな天文学的な数字でしか存在し得ない人間が、隣人になるなんてそんなこと。
「あーっとその、なんだ! ちゃんは大学生?」
「あ、はい。そこの深淵大の2年です」
「へーぇ、頭イイんだなぁ」
いえ、そんなことは全然!、と首を振るの視界に、ツンと横を向いている美少年の姿が目に入る。知らぬ存ぜぬを貫き通そうとしている姿勢と態度はここまでくるといっそ清々しい。ここまで見事に他人の神経を逆撫でできる人間を、は自身の後見人のほかに知らなかった。
「えっと・・・ティエリアさんは、一人暮らしは初めてですか?」
「・・・・・」
「おいティエリア!」
「・・そうだが。それが何か?」
いい加減この美少年、人のことを生ゴミでも見るかのような目で見るのやめてくれないだろうか。見目麗しい少年は確かに、真綿で首を絞めるような甘やかしに拍車がかかりつつある保護者や毒舌甚だしい友人たち、それに最近わがままっぷりが板についてきた飼い猫に苛まれる日々に、目の保養という名の潤いをもたらしてくれるに違いない。だがしかしだからといって、には美少年にきつく見据えられなじられて悦ぶような趣味はない。基本的にの堪忍袋は、人と同じかそれより一回りほど小さいサイズにできている。
「もし困ったこととか、わかんないこととかあったら気軽に 「その必要はない」
ピシ、と空気に入った亀裂の音を聞いた気がした。
「・・・や、でも、貴方の部屋端っこで、隣ウチだけだし」
「何かあったとしても、あなたには頼らない」
「・・・・・へぇ、」
「お、おいティエリア!」
ああ神よ、今俺たちの頭上を覆う空はこんなにも暗くおどろおどろしいものだったでしょうか。ロックオンは思わず天を仰ぐ。快晴という名にふさわしく、日光にそよぐ芽吹いたばかりの萌黄が明るかった気がしたのは俺の見間違いだったのでしょうか。今この瞬間まで春の日差しよろしくふわりと微笑んでいた少女は背景に猛虎を背負い、俺の切なる努力を完膚なきまでに破砕したティエリアは昇竜を背負っている気がするんです、天にまします我らが神よ!
ロックオンは特に、あつく神を信仰したりはしていない。
「・・そりゃあいい心がけだな、ガキ」
「ガキ呼ばわりされる筋合いはない」
「お前を名前で呼ぶ筋合いは、俺にもないんでね」
ス、と美少年の眼差しがさらに険を帯び、その秀麗な面立ちは “不愉快” の三文字がマッキー極太ででかでかと記されたかのような表情になる。ゆらりと立ち昇る硬質な雰囲気が強度を変え、ビリビリと空気が悲鳴をあげる。それらを全て風に遊ぶ柳のように受け流して、は口元に笑みを浮かべた。向けられる敵意には絶対零度の微笑が一番だと、は保護者から学んでいる。
「・・ “俺” とは、随分と奇妙な一人称だな。本当に女なのか?」
「なに、お前見たいの?」
「っ! バカなことを言うな!」
「お前こそ、」
クッ、と唇の端を吊り上げて、顔の下半分だけで表情を変えながらは少年に腕を伸ばす。まるで氷で作った彫刻のように白い頬
――血液の流れを感じさせないそれに指を這わせ、噛み付くような荒々しさと反論を奪う冷静さでもって言葉を紡ぎだす。
「お前こそ、セーラー服ならくれてやるからいつでも言えよ? 絶対似合う」
――勝った、と。怒りに顔を赤くした美少年を見据えて、は口元を歪める。
ロックオンは確かに、二人の間に戦いの火蓋が落とされた音を聞いた。
完全弾性衝突
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107:完全弾性衝突 (ぶつかった時と同じスピードで跳ね返る衝突)... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date 08.04.05 up date 08.04.08
手さぐりで進みます。ベビーピンクのカーディガンが欲しい。