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Colorful

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ティエリアのはらわたは、たいそう煮えくり返っていた。ティエリアにとってそれまで “怒り” という感情は、自分から外への感情の発露だと思っていたし、事実彼はこれまでそうしてきた。しかし、あまりに大きすぎる “怒り” はそれとは逆に、内へ内へと溜まっていくものなのだとティエリアは初めて知ったのだ。気に食わないものは排除かもしくは無視の姿勢を貫いてきた彼にとって、この事態はあまりにも、見過ごすなんて到底出来ないほどに我慢のならないものだった。出来ることなら、ついさっきの出来事を今日から入居の決まったこの部屋の権利書と共に抹消してしまいたい。ティエリアは切にそう思う。

「まったく・・っ、なんなんだあの女は!」

玄関の戸を後ろ手に荒々しく閉めたティエリアは、彼の空間が外と遮断されるや否や語気を荒くしてそう吐き捨てた。先に部屋に上がりこんでいたロックオンは声の主を振り返り、柔らかく苦笑する。そんな彼らを不思議に思ったらしい留守番要員は、ひょっこりと居間から顔を覗かせた。

「どうしたの、ティエリア? なんだか妙に荒れてるね」
「あー・・ちょっと、な」

きょとん、と目を丸くしているアレルヤにそう答えたのは当の本人ではなくロックオンで、どうやら相当おかんむりならしいティエリアは、刹那の「・・変な奴」というごくごく小さな呟きに食って掛かっていた。辛辣な言葉ばかりが飛び出してくる口を噤んでさえいれば、冷静で物腰の穏やかな美少年なのだが、頭に血が上ったときのティエリアは手負いの獣だ。しかも常人よりも数倍の高さはあるプライドを維持したままなのだから、まったくもって手に負えない。下手なフォローは火に油を注ぐ結果になる。

「お隣さん、どんな人だったの?」

そしてこのアレルヤ・ハプティズムという青年は、ちろちろと青白い炎を立ち昇らせているティエリアに、満面の笑みでサラダ油を流し込めるツワモノだ。あ、俺ちょっとトイレ借りるわ。俺も借りるぞ。日常生活における危険把握能力に今ひとつ欠けているアレルヤと違い、ロックオンと刹那の二人はその能力に長けていた。ほどなくして発射されるであろうGNバズーカから退避すべく、彼らは周囲にGNフィールドを展開させる。たった一つのトイレを巡り、8歳差のある彼らに勃発する争い。見苦しいことこの上ない。

「許しがたい」
「・・・え?」
「あんな人間の隣でこれから生活を送らねばならないなど・・っ、万死に値する!」
「えーと・・、一体何があったの? ティエリア」
「君に言わなければならない義理はない」

帰り道、ロックオンにでも事の推移を聞くことにしようとアレルヤは思った。

「・・・・気になるのなら、見てみればいい」

え?、と自身の手元に落としていた視線をアレルヤが動かしたとき。彼は確かに、地獄の入り口を見た。その地獄を作り出した張本人は、絶対零度の冷気を纏って笑っていた。そう、確かに彼は笑っていたのだ!

――そうだね、後で刹那と挨拶に行ってくるよ」
「俺か!?」

刹那の注意が途切れた一瞬。戦いの勝者はロックオンで決定した。



皆さんは、“KY” という略語の意味をご存知だろうか。どうやらこれは “空気読めない” の略語であるらしい。その “空気読めない” という言葉を日常会話においてどれだけ高い頻度で使用すれば、“KY” という略語が生まれるのかティエリアには全く理解できないし理解したいとも思わないのだが、とにかく彼はその新しい言葉を知っていた。それが彼の人生において、爪の垢ほどの利点も生み出さないものだとしても。それが彼にしてみれば非合理的でしかなくとも、多くの物事を見知っておくのは必要なことだとティエリアは知っている。自分にとっての不必要が、赤の他人にとっての必要であるという摩訶不思議な事態を彼は上手く理解できていなかったが、そういう事実があることは知っていた。だからティエリアは一見、不必要にしか思えない “KY” という言葉の意味を人より伝え聞き、記憶に留めていたわけだが、その言葉を彼に伝達した当の本人は言葉の意味を忘れ去っているらしい。ティエリアの苛立ちはつのる。

「・・あいつら、楽しそーだなぁ」

引越しの荷物搬入とその整理に明け暮れているティエリアの部屋の南側、ベランダに繋がる窓は開け放たれている。網戸をすり抜けて流れ込んでくる風は夜に独特の湿り気を帯び、部屋に残った二人を包む。風に運ばれて聞こえてくる明るい声を耳に留め、ロックオンは外に視線を動かした。まだほのかに夕日の赤を含んだ空に、欠けた月が浮かんでいる。

「・・・・・何か言いたいことがあるのか、ロックオン」
「いんや、べっつにー」

ロックオン・ストラトスの飄々とした言動は見知っている。堪忍袋の小ささには定評のあるティエリアだが、ロックオンの態度に不快感こそ示しても、溜息と特技・冷たい視線で水に流すくらいの芸当は心得ている。・・まぁ、つい最近会得したばかりの付け焼刃であるがゆえに、彼の堪忍袋は下手な同情を示した分暴発したりもするのだが。

――・・ロックオン・ストラトス」
「お、なんだぁ? ティエリア」
「・・アレルヤ・ハプティズムと刹那・F・セイエイは一体何をしている」

怒りや苛立ち、焦燥といった感情が普段は冷静なティエリアを飲み込もうとするとき、彼はどれだけ長くても人の名をフルネームで呼ぶ癖がある。これをティエリア以外の3人は影で “ファーストフェーズへの移行” と呼んでいるが、もちろん当の本人は知らない。

「さぁねぇ。でもまぁ聞こえてくる声から察するに、お隣さんと意気投合しちゃってんじゃねぇか?」

開け放った窓から聞こえてくるのは、ここにはいない二人とあの実に腹立たしい隣人の和気藹々とした笑い声だった。

「・・・・たかが挨拶をするのに、なぜ1時間もかかっている」
「んなもん、俺に聞くなって」

やや呆れたような表情をのせて、ロックオンは両手を挙げる。普段なら冷笑で流せるだろうその態度すら癇に障り、ティエリアは奥歯を噛み締めながらため息を吐いた。ここに越してくるのに伴ってある程度の選別にかけたとはいえ、数多くの本を本棚にきちんと並べながら(作者ごと、題名ごとにきっちりあいうえお順)、横目でチラと時計を確認する。

ティエリアの引越し作業を手伝いに来たはずのアレルヤはよっぽど隣人に興味が湧いたのか、刹那をつれて挨拶に行った。その時はティエリアも、そしてロックオンも玄関先で一言二言挨拶を交わし、長くて10分で戻ってくるだろうと予測していたのだが。

「立ち話もなんだし、上がってよ」
「え、でも・・いいんですか?」
「うん、遠慮しないでー! ちょうど人に三春屋の桜餅をもらったところでさ・・・・あ、桜餅苦手だったりする?」
「・・・嫌いではない」
「そ? じゃあ今お茶淹れるから」

思わぬ話の展開に、玄関の戸にべったりと耳を押し当てて会話を 盗み 聞いていたロックオンとティエリアは驚きに顔を見合わせる。それから1時間、彼らのラジオは隣室から聞こえてくる賑やかな笑い声だった。


埃が舞う街


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152:埃が舞う街... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date  08.04.06    up date  08.04.12
絶望したァ! そこそこ文字量のあるページなのに、名前が出てきていないことに絶望したァ!