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Colorful

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「はい、これお土産」

にこにこにこにこ。まるで漫画のような擬音をあたりにばら撒きながら、アレルヤはやや大きめの紙袋をずいとティエリアに差し出した。「僕らも挨拶してくるよ」と人好きのする笑顔を浮かべて、無駄なまでに人当たりのいいアレルヤが刹那をつれて隣の家の扉を叩いたのは1時間前。今日からここに居を構えるのはティエリアで、彼は隣人への挨拶をものの3分で終わらせ、しかもその3分で劇的なまでに関係を悪化させたというのに、はっきり言ってしまえば全く関係のないアレルヤと刹那の二人は1時間ほど隣家に居座り、あげくお土産までもらって帰ってきたのである。この現状がどれだけ奇妙奇天烈なのか、どこか間の抜けているアレルヤとガンダムにしか興味のない刹那はまったく考えが及ばないらしい。

「・・・なぜだ」
「うん? どうしたの、ティエリア」
「・・なぜ引っ越してきた側の人間が、挨拶に行って土産をもらってくる?」

ティエリアにそこまで言われてようやく、アレルヤと刹那の二人は事の異常さに気付いたらしい。手土産を持参する側である彼らが逆に、手土産を持ち帰ってどうする。「・・本当だ」「どうしよう、全然気付かなかったよ」まったく、奴らの馬鹿さ加減にはほとほと呆れる。サムプライムローンの焦げ付き問題に端を発した株価の下落のように、自身の機嫌も下降線を辿る一方だ。ティエリアはある意味、諸悪の根源ともいえる紙袋をアレルヤからひったくり、彼らを押しのけるようにして玄関へ向かう。

「ちょーっと待ったティエリア。お前それ、どーする気だ?」

何を分かりきったことを聞いているのだろう、この人は。ティエリアはそんな不審と呆れを視線にのせて、ロックオンを振り返る。

「返してきます。受け取る理由がない」

えええっ?、とそれはもう思い切り不満そうな声を上げたのはアレルヤで、納得がいかないとばかりにティエリアの腕を掴んだのは刹那だった。こういうとき、刹那は咄嗟に自身の力を制御しない。彼自身が理解した上で力を制御 “していない” のか、それとも理解していないために制御 “できていない” のか、ティエリアには判断できない。ぎち、と関節が軋む音を耳にしてティエリアは不愉快そうに目を細める。

「・・言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ」
「それを返すという行動には、賛成できない」
「なぜ」
「・・・今返しに行くのは、失礼だと思う」
「そうだよ、ティエリア! さんに失礼だよ」

アレルヤならまだしも、どの口がそんな台詞を抜かす。ティエリアは自身と同じく滅多なことでは感情をあらわにせず、日常のほとんどを無表情で過ごす少年を見下ろした。よもや自分を人付き合いがいいとは言わないが、刹那・F・セイエイよりはマシじゃないかとティエリアはひそかに思っている。無表情なくせに何か言いたげにじぃと見上げてくる栗色の瞳と、いかにも “困っています” という表情で視線をおろす銀色を帯びた瞳。図らずも間に挟まれて、ティエリアは奥歯を噛む。

「なーにもらってきたんだよ、お前ら」

ひょい、とティエリアの手の中から紙袋を救い上げたのはロックオン。咄嗟に取り返そうとするティエリアを鮮やかな身のこなしでかわして、彼はにやりと笑う。揶揄を秘めた翡翠の瞳には、呼吸をするのとほとんど同じように飛び出すティエリアの毒舌を、一言二言押し留める力がある。実際、ティエリアが喉まででかかった言葉を反射的に飲み込んだ隙にロックオンは紙袋から二つの箱を取り出した。

「桜餅と、肉じゃがだそうだ」

まるでこれを貰ってきた自分の手柄とでも言うように、刹那・F・セイエイはどこか自慢げに小さな箱を開けた。その中には二つの桜餅が控えめに収まり、淡いピンク――桜色の宝石がやわらかな芳香を放っている。それはまるで、春の匂いのようだとティエリアは思った。ひと月以上前、ほんの一週間足らずでその鮮やかな淡いピンクを散らしてしまったあの、春のような。

「ティエリアとロックオンに渡すよう、頼まれた」
「・・・・」
「先程、渡しそこなったからと」

そしてもう一つ、アレルヤが開けた保存用のタッパにはカラメル色をまとった肉じゃがが、ごろごろと収められていた。お、うまそーだな。そう呟いたロックオンの手が肉じゃがに伸びて、ひとかけらの芋を摘もうとしたとき。それをぱしりと払ったのはアレルヤで、彼は満面の笑みを見せていた。ひく、とロックオンの動きが止まる。

「これはティエリアに」

多く作りすぎたから、よかったら夕飯にでもどうぞ、って。
――見たらわかるのだ、これが本当に多く作りすぎた結果なのかどうかなんて。餌付けされて帰ってきた刹那・F・セイエイの握りこぶしよりも一回りほど小さなじゃがいもと、だし汁を吸い込んだ牛肉とその他諸々が十分に詰められたタッパ。おすそ分けで隣の人間にくれてやる量などたかが知れている。丸々1食分、少し節約すれば2食分にもなろうかというおすそ分けをくれてやる一人暮らしの大学生なんて、馬鹿以外の何物でもない。

「・・後で礼、ちゃんと言っとけよ」

ポン、と頭に軽く触れたロックオンの掌が疎ましい。温かいそれに言葉が詰まり、ティエリアはカーディガンの袖の下でゆるく拳を握った。わかっています。その一言を喉から搾り出すのにどうしてこんなにエネルギーが要るのか彼にはさっぱり理解できない。それでもしばらくしてその言葉を口にしたティエリアに、ロックオンは緩やかに微笑んだ。ティエリアが周囲に張り巡らせた氷の壁がじわりじわりと溶け出しているのを、一番喜ばしく思っているのはロックオンだ。

「さぁて、今日やれるだけ片付けちまうか!」

諸悪の根源

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「・・どーしてこうなのかなぁ」

は机の上に並べた今日の夕飯を一瞥して、深いため息をついた。冷凍ごはんをチンしたものと、味噌汁としば漬けオンリーの夕飯。今このときの空腹は紛らわせたとしても、23時を回った頃には腹の中に居座る貪欲な蟲どもが大合唱を始めるに違いない。切ないというか、侘しい。もっと言うならひもじい。空腹をごまかすために、今日の就寝時間はとても早い時間になりそうだ。

「アホだろ、
「るっさい」

温めたミルクを舐めていたルークが、ちらりとこちらを見上げてそう言った。ミルクに浸したパンをのそりのそりとかじりながら、猫の形をしているくせに人語を操る奇妙極まりないこの飼い猫は、飼い主の胃袋事情など胃に介することなく己の胃袋を満たしていく。人間の形をしているときのルークは、それこそと同じかそれよりも多い量を胃袋に収めるが、猫のときは極めて少量になる。あくまでも人型時との比較だが、それだけで十分食欲は満たされるらしい。羨ましい。今だけ自分も猫になれないだろうか、と真剣に考えた自分には絶望した。

「折角作ってたのに、なんでアイツに肉じゃが全部やっちまったんだよ?」

そう、私という人間はどこまでもどこまでも馬鹿なのだ。底の見えない沼地のように、自分の馬鹿さ加減には底がない。そして私は一寸先の物すら判別しがたいその沼に、スキューバダイビングでもする勢いで潜っていく。毎度のことだ。

「・・だって、引越し1日目って食べるものなくてしんどいんだもん。外に食べに行くにしたって、あんま知らないだろーし」
「だからって全部やっちまうことねーだろ」
「・・・仰るとおりです」

ぐうの音も出ない。まさか、猫に説教食らう日が訪れようとは! 人生とはまったくもって摩訶不思議なものである。

「大体、アイツ生意気なんだよ。何様なんだっつーの!」
「・・・へぇ、それをルークが言うか」
「文句あんのかよ」
「イヤ、別になんでもないッス」

じとりと見上げてくる翡翠の瞳から逃げるように、は苦笑を浮かべた。確かに、あの失礼極まりない隣人に腹が立っているかと聞かれたら、答えは間違いなく “YES” である。でもこうして隣に、自分の代わりに怒りを表してくれるひとがいれば、彼女は怒りを忘れることが出来る人間だった。彼女は、その感情がもたらすものに損はあっても、利がないことを知っている。

はアイツにムカついてねーのかよ!」
「もう忘れた。だってルークが、俺の代わりに怒ってくれるから」

きょとん、と目を丸くした飼い猫が持つ、艶やかな紅の毛並みには指を絡ませる。ふわふわとしたそれは温かく、やはり怒りという凍った感情を溶かしてしまう。猫のルークは、人間の時と同じように表情豊かだ。照れているような、少し苛立っているような、色々なものが絶妙に混じりあって、なんだか酷くむずがゆそうな顔。ぷい、と顔を背けたルークはしなやかに体を反転させて、しっぽをゆらゆらと揺らした。

「・・別に、がいいんだったらいいけど。でも俺、アイツ嫌いだからな!」
「うん。ありがとな、ルーク」


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072:諸悪の根源...鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date  08.04.11    up date  08.04.16
「カノ猫。」より猫ルークに登場。本シリーズにおいて出てくるのは彼のみだと思われ、ま・・・す?(えええ