Colorful
:8
一体何やってんだろ。
自分の背丈の半分くらいある大型のCDラックに、馴染みのないクラシックCDを収めながら、の思考は闇に染まる。ダンボールから出して入れての単純作業の反復は、とめどない思考の渦に飲み込まれるのを助長している気がする。なんでこんなことやってんだろ。その思いが心の一点を黒く染め抜くと、それはじわじわと大きさを増して全体を蝕んでいく。途端に鈍くなる手の動き。やる気の伴わない活動は非効率であることを自らの体でもって実感する。やってらんねー。の手の中でCDのプラスチックケースが軋む。私にはこの休日、隣家の家具搬入の手伝いなどではない “睡眠” という至極崇高な任務があったのに!
「手が止まっているぞ、」
高慢ちきのツンデレ女王様が・・! その皮肉と嫌味と溜息しか出てこない口を塞いでやろうか。
8割方本気でそう思ったはしかし、斜め下から見上げてくる鳶色の視線に晒されて、我ながらどす黒く濁った衝動を飲み込んだ。じぃ、とわずかなぶれもなく注がれる視線に、嫌な汗が吹き出るのが分かる。
「どうした、。具合でも悪いのか」
刹那もまた、この部屋の主であるティエリアと同じようにほとんど表情を動かさない。けれどティエリアと違うのは、奴の深紅の瞳には嫌悪や苛立ち、軽蔑などのある意味で複雑に絡み合った感情が渦巻いているのに対して、刹那のそれにはひどく純化された感情が見え隠れしていることだ。パッと見ただけでは読み取れない、些細な感情の動き。刹那の瞳はそれをいくつものフィルターで覆い隠しながら、けれど忠実にうつしだす。まっすぐに、一点の曇りもなく。彼に抱いた既視感はおそらく、我が家にいる飼い猫のそれだ。
「ありがとう、刹那。だいじょう 「心配などしてやる必要はない。馬鹿は風邪を引かないというからな」
――もしここに刹那がおらず、高慢ちきのツンデレドS女王様と自分の二人だけだったら確実に、飛び蹴りを食らわしていたと思う。
「・・すまない。俺が睡眠の邪魔をしたから、」
「ち、違うよ刹那! ぜんぜん大丈夫だよ、ホラ見て俺ってばちょう元気!」
「ぜんぜんという副詞の後には否定語を用いるのが適当だ。時流に乗っただけの不適切な言葉で、刹那に悪影響を与えるな」
「・・・・・」
そもそもの始まりは、数時間前に遡る。
例によって例の如く、は休日の朝にだけ許された惰眠を貪っていた。寄せては返す細波のような微睡みに身を委ねて、シーツの海を泳ぐ。ごろごろと喉を鳴らしたルークを腕の中に抱き寄せて、さぁもう一眠り。浮上しかけた意識が差し込む朝日に溶け出すのをぼんやりと感じながら、砂をさらうような幸せを噛み締めていたとき。その音は、確かに彼女の耳に届いてしまった。
「・・誰か、来た・・・?」
ドンドン、という遠慮や配慮をごっそり欠いた音が玄関から聞こえてくる。赤紙による召集令状とも死刑宣告ともとれるその音は、微睡みに溶け出そうとしていた意識を掬い上げ、再構築していく。どうして、と思う間もなく立て続けに聞こえてくるノックにはようやく薄目を開けた。無意識的に腕の中のルークを潰さないよう寝返りを打ち、時間を確認する。10時五分前。休日の朝にしては早い目覚めである。
なかなか姿を現さないことに焦れたのか、ノックの音はだんだん大きさを増してきた。 「・・、」 気の毒そうな翡翠の瞳と、頬に押し当てられたふにふにの肉球。やわらかい真紅の毛並みに顔をうずめ、は大きく溜息をつく。その招かれざる客が、最近となりに引っ越してきた高慢ちきであるような “嫌な予感” に襲われながら体を起こした。 「今行くよもー・・」 横目でちらりと鏡を確認しただけで立ち止まらず、頭をぼりぼり掻き毟りながら開けた玄関には、
「朝からすまない。ティエリアが呼んでいる」
高慢ちきのツンデレではなく、刹那が立っていた。
「・・・・・・え、」
「・・もしかして、今の今まで寝ていたの・・か?」
決まり悪そうに、けれどじぃと見上げてくる鳶色。その大きな瞳にボサボサの寝癖とぐずぐずのパジャマという見るも無残な己の姿が映っているのを確認した瞬間、は確かに自分の血の気が引く音を聞いた。
「ちょっ、ごめん。今のなしで!」
「・・?」
言うが早いか。途端に踵を返し、は玄関に舞い戻る。ありえないありえないありえない! よりによって、よりによって刹那にこんな姿を晒すなんて・・・絶望した、とことん運のない自分に絶望した! きょとんとしているルークに説明してやるヒマすら今のには惜しい。適当に服を掴み取ってわずか30秒で着替えを終え、洗面所で顔を洗い口をゆすぎ髪を梳いて、両の手の平で頬を叩く。 「・・よし、」 鏡の前でそう呟いたはふわりとした笑みを浮かべてもう一度、今度こそ準備万端で玄関の戸を開けた。
「ごめんな、刹那。ちょっとバタバタしてて・・・、」
「どうせ寝ていただけだろう。こんな時間まで、いいご身分だな 」
――侮蔑の表情を携えて立っていたティエリアに、そこはかとない殺意を抱いたのは致し方ないことだと思う。
「や、だからさ。まさか刹那がいるとは思わないだろ」
ほかほかと湯気の立ち昇るチャーハンを口の中に放り込み、空になったレンゲをティエリアに突きつける。我ながら今回のチャーハンの出来は上々だ。塩が甘すぎることはなくしょっぱすぎることはなく、パラパラに炒めることに成功したそれ。ス、と眉を寄せたティエリアは大袈裟な溜息と共にただ一言 「汚い」 と吐き捨てた。一瞬頭の中に、ちゃぶ台返しという選択肢が生まれる。
「驚かせたか?」
「ティエリアだと思って出たからなー。刹那だって分かってたら、あんなカッコじゃ出なかったよ」
「・・・俺だったらあの小汚い格好でもいいと?」
「小汚いとかゆーなティエリア! せめて “みっともない” にしろ」
空になってしまっているコップを見つけ、しぶしぶ立ち上がったは冷蔵庫へ向かう。ああ、今夜にでも麦茶を沸かしておかないと、と頭の隅にメモを取る。今日は買い物に行かなくても何とかなりそうだが、明日は無理そうだな。
――というか、
「なんでウチで昼ごはん食べてんの、自分ら」
2杯目のチャーハンをかきこむ刹那は別になんら問題はない。ひと口食べて「うまい」と呟いた後、一心不乱に自分の作ったチャーハンを食べてくれる刹那は見ていて微笑ましいし、おかわりをなかなか言い出せずにきょろきょろと視線を泳がせていた刹那は実際、可愛らしさ満点だった。だが問題は、ただの一言の感想も言わずに完食した後、我が物顔でチャンネルをいじくるティエリアにある。わざわざチャンネルを合わせていたバラエティ番組の再放送だというのに、散々チャンネルを変えた挙句NHKのニュース番組にしやがった高慢ちきのKYツンデレドS女王様・・・コイツほんと、いつか絶対ぶっとばす。
「提供できるものがないからだと言っただろう。もう忘れたのか、」
「ちっがうよ、そーじゃなくて納得できないっつってんの!」
「・・既に食事を終えた後で言われても理解に苦しむ」
「(・・感謝しろっつってんだよ、ティエリアこの野郎)」
「すまない、。・・感謝している」
「! 刹那はいーんだよぅ! ティエリアのアホに扱き使われてお腹すいたろ? まだもーちょい残ってるし、たくさん食べていいんだからな」
「だそうだ、刹那・F・セイエイ。遠慮せず食べろ」
だから何故それをお前が言うんだ、ティエリア・アーデ。
今度こそ掴みかかろうとしただが、ちょうどティエリアが立ち上がって出鼻を挫かれる。む、と眉間に深い皺を刻んだ彼女を一瞥しただけで、わずかな表情も動かさなかったティエリアはそのまますたすたと玄関へ向かう。まるで今自分は何も見なかったし、別に何もなかったとでもいうような態度で。
「・・俺は先に戻る。あまりもたもたするな」
「了解」
「・・・りょーかいしましたティエリアさまぁ!」
バタン、と閉じられた玄関の戸に何か質量のあるものを投げつけてやりたい衝動をやり過ごし(なにせ片付けるのは自分だ)、はチャンネルを変える。見たかった番組のスタッフロールが流れていた。途端、全身を包むどうしようもない虚脱感。全身の穴という穴から生きるのに必要なエネルギーが流れ出ていくような感覚。力なく首を折り、ため息を吐き出したは最初、刹那の言葉を聞き逃してしまった。
「刹那、今なんか言った?」
「・・初めて見た、」
「ん?」
「俺は・・あんな機嫌のいいティエリアを、初めて見た」
砂を浚う
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137:砂を浚う ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date 08.04.29 up date 08.05.07
刹那、ヒロイン化計画。ティエリアと刹那のコンビがものっそい好きです。