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Colorful

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あ、プリン食べたい。
そういう大した意味を持たない思いつきは、いつだって突然脳裏にひらめく。例えば道端ですれ違った人たちの会話から偶然聞こえてきた単語だとか、過剰なまでにその魅力を訴えるコマーシャルだとか。そういうものに触発されることもあれば、何の脈絡もなく浮かぶこともある衝動。それらは大抵の場合、とてもじゃないが抗えたものじゃない強烈な魅力を放っていて、下手をすると三大欲求にも劣らないのだから人間とは欲深いいきものだ。

今回の場合、は他者の会話からでもCMからでもなく、ふと思いたってしまった。プリンが食べたい。一旦それを言葉にすると、とんでもなくプリンが食べたくなるのだから始末に終えない。フルーツゼリーでもヨーグルトでもアイスでもダメなのだ、・・プリンが食べたい(・・あ、ハーゲンダッツのクッキー&クリームなら代わりになるかも)。膝の上に丸くなっているルークの毛並みを撫でながら、は壁掛け時計を見遣る。22:17――実に微妙な時間である。

「ルーク、ちょっとごめん」

プリンを買いに行くためだけに、これからコンビニへ向かうのはなんとなく馬鹿らしい。それなら少し前、引っ越してきた隣人にもらったクッキーで衝動をごまかすのが妥当だろう。けれど、もしもプリン以外に買う必要のあるものがあったとしたら? ――残りわずかになっていた牛乳に、は思わず口唇を吊り上げた。



「じゃあルーク、悪いけど留守番頼むな」
「おー。気ィつけろよ」

留守番を頼むといっても所詮猫なので、一応鍵はかける。ジーパンのポケットに財布が入っていることをもう一度確認して、1,2段階段を下りたところだった。

「あ、ティエリア。おかえり」
「・・・・・」

肩からカバンを提げたティエリアはどうも、大学帰りならしい。段差のおかげで初めて見下ろす深紅の瞳は、確かに疲れの色を滲ませていた。彼が無造作に耳にかけた紫苑の髪はそれでも尚、つややかさを失っていない。ティエリアにしてもルークにしても、美少年というのは生まれながらにして美少年で、そうあるための努力など微塵も必要としない。世界は万人に対して平等だと謳っておきながら、結局その根幹のところで不平等にできている。
ティエリアの横をすり抜け、さらに数歩階段を下りたときだった。今度は見上げた深紅が、苛立ちを滲ませている。

「・・何をしている、
「・・・・・コンビニに、牛乳を買いに」

プリンを買いに、とは言えなかった。嫌味と皮肉に見舞われるのは目に見えている。


―――・・そこで待っていろ」


へ?、と聞き返すヒマさえ与えられなかった。きょとんと目をしばたかせるの前から、大きな溜息一つ残してティエリアが消える。がちゃりと鍵が開けられる音と、ドアの開閉に伴う音。首をかしげ、目をごしごしこすっても映るのは夜空ばかりである。誰もいなくなった虚空を見上げて、彼女は亡羊の嘆を飲み込んだ。・・そうか、これが俗にいうところの、

「放置プレイってやつ?」
「・・突然何を口走っている」

待っていろ、という言葉の正しさを証明するようにティエリアは再びその姿を現した。さっきまで肩に提げていたカバンを持たず、その手にはカードがあった。心底くだらないものを見てしまった、とでもいうような表情で自分の隣をすり抜けたティエリアがすたすた階段を下りていく。一体、なにがどうなっているのだろう。 「・・ティエリア、」 自分が彼を呼ぶ声は大した声量にならず、夜の空気にほどけていく。最近は特に、彼の言動に振り回されているような――

「・・何をしている。置いていくぞ」
「ぇ、ちょっ・・待てよ!」

振り回されている。小指の甘皮ほどの疑問を挟む余地もなく、自分は隣を歩いている女男に振り回されている。には、周囲に振り回されるというよりも振り回すほうだという自覚が少なからずあった。・・多少癪だが認めよう、私は基本的にマイペースだ。この性質は、これまで自分を育ててきてくれた個性的過ぎる保護者の影響によるところが大きい(と思うのだ)が、相手を自分のペースに引きずりこむことがまず第一だとは信じて疑わない。自分の一番やりやすいペースに持ち込めば、何の遠慮もなくより効率的に持論を展開することが出来る、はず、なのに。

「言いたいことがあるならはっきり言え」

ちら、と見上げた先で深紅がその瞳に苛立ちを宿した。空気に亀裂が走ったような気がするのは、ここがティエリアの空間だからだ。

「・・ティエリアも、買い物?」
「そうだ」
「なに、買うの」
――・・君の知ったことではない」
「そりゃ そーだ。・・ごめん、」

ふ、と張り詰めていた空気が緩んだ。触発されるように、足元に落としていた視線を上げる。かち合った深紅にはもう苛立ちの炎は宿っていない。けれど、それを宿さずとも鮮烈な紅はひとの目を惹くつよい引力を持っていた。それはおよそ、傲慢といえるほどの。薄い唇から吐き出されるため息は、それすら彼を飾る道具のひとつ。不平等だと、思う。

「・・今日はひどく殊勝だな」
「別に、そんなことない」

ひとの空間に入り込むのは嫌いだ。自分の空間に入り込まれるのと同じくらい、嫌だ。自分のペースに相手を引きずりこむことと、自分の空間に存在を許すことは違う。――違うと、は思っている。彼女はほとんど反射的に、自分が入り込むことも、他人に入り込まれることも避けてきた。なのに、それが通用しない。

ティエリアは真っ直ぐに前を見つめている。そこにはきっと、ひたむきな強さがあるのだろうとは思う。毅然とした態度で背筋を伸ばし顔を上げて、痛いくらい真摯に。もしかして、時折自分が彼に抱く不満や、ぶん殴ってやろうかという衝動はティエリアに対する羨望に由来するのだろうか。

見上げた夜空には星が瞬いている。あかりの消えた街灯の下は底が見えないほど暗い。魔女の爪のように尖った月はすでに、住宅の屋根に消えようとしている。どおりで普段のバイト帰りの時間より、闇が濃いはずだ。

「(――・・あれ、もしかして)」
「・・都合のいい勘違いをするな」


――― 十数秒の沈黙の後、は溢れる笑みをこらえることができなかった。


「・・・何を笑っている」
「や、別に・・っ。なんでもない」

下唇を噛み、手の甲を口に押し当てて込み上げてくる笑いを殺そうという努力はした。これを明らかにすればきっと目の前の彼はもっと鋭い視線をよこすのだろうし、厳しい口調で叱責するのだろう。はそれを十分に理解していながら、けれど完璧にこなせなかった。努力とは往々にして、全て報われるわけではないのである。

「はは・・っ、ごめ――くくッ」
「・・フン」
「ちょ、ティエリア歩くのはやいよ! 待てってば」

駄目だ、この笑いはもうしばらく収まりそうにない。射殺そうとでもしているのかと思うほどに鋭く、きつい深紅が自分を見下ろしているのはわかっているが、それでも駄目だ。絶対零度を纏い始めた空気に触れていても、それでもまだ。くつくつと笑い続けるに、心底呆れたように、しかも舌打ちというオプションまでつけてティエリアが地を這うような低い声で唸る。

「・・いい加減にしろ」
「ははッ、ごめん。・・もう笑わないから怒んなよー、ティエリアぁ」

自宅のアパートから最寄のコンビニまでは徒歩5分。普通に歩いても大して長くない時間だが、今日は特に――それが誰のせいかなんて、考えるだけ時間の無駄だ。多少癪だが認めよう、奴の空間に入り込めることが、私は楽しくて仕方ない。

「あれ? ティエリア、中入んないの?」

コンビニの自動ドアの前、自動販売機が並んでいるそこで立ち止まったティエリアを振り返る。彼はしばらくだんまりを決め込み、けれど答えが出るまで先に進もうとしないに苛立ちをあらわにして、こう吐き捨てた。


「・・・買うものなどない。さっさとしろ」


くだらない思いつきも、たまにはいいものだ。もう正直、プリンや牛乳なんてどうでもよくなっていた。それよりも、喉もとのあたり・・心臓より、少し上のところが何かあたたかいもので満たされている。自分とルークと、そしてティエリア。3個のプリンを小さめの買い物かごに入れてへらりと口元を緩めたは、不意に肩を叩かれて振り返った。不機嫌そうに形のよい眉をひそめた紫苑だろうという彼女の予想は、大きく裏切られることになる。振り返ったそこにあるのは、眩いばかりの金糸。

「突然すまない。私の名前はグラハム・エーカー。君の名を教えてもらえないだろうか」


透明な夜空


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195:透明な夜空 ...鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date  08.05.04    up date  08.05.11
財布を持ったティエリアが想像できなかった。ツンデレ、ツンデレ!