Colorful
:11
コンビニの前、店内から漏れる明かりに照らされながらティエリアは夜空を見上げた。大通りに面しているが、住宅地のすぐ近くにあるこのコンビニは夜らしい静けさを纏っている。昼間ならば比較的交通量の多い県道は、住宅地に沿うように走っているせいか、夜になるとその交通量をぐんと減らす。明らかに法定速度を超過し、走り去っていった車を睨みつけて、ティエリアはため息を漏らした。
「・・一体何をやっているんだ、私は」
目をやった腕時計が指し示す時刻は22:31。予定では出来合いのもので、空腹をごまかすだけのような夕飯を済ましているはずだった。明日の講義予定を頭に思いえがき、ティエリアは再び深いため息を吐き出す。一体何をやっているんだ、俺は。
別に、こんな時間の女の一人歩きが心配だったとか、そんなつもりはさらさらない。第一よく考えてみろ、あれはほとんど男だ。初対面で女だと見破れる人間のほうが少ないに決まっている。・・ロックオン・ストラトスは確かにあれを女だと見抜いたが、彼は例外だ。自分は彼と違って、フェミニズムに傾倒などしていない。
――そうであるならばじゃあ、どうしていま自分はここにいる?
秀麗な面立ちを凶悪にゆがめて、ティエリアは吐き捨てる。これは・・そう、反射だ。頭で思考するより先に、階段で待っておくようあれに伝え、気が付いたら教科書のはいったカバンを玄関先において再び鍵を閉めなおしていた。これは反射、自分の意思ではない。ロックオンやアレルヤなど、フェミニストの気がある人間の影響を、自分はどうやら知らぬうちに受けていたらしい。ティエリアはそこまで考えて、今度は小さく安堵の吐息を漏らした。彼には、その自覚などなかったけれど。
「
―――・・遅い」
舌打ちと共にコンビニを睨みつけ、ティエリアは忌々しげに呟いた。あれはただ、牛乳を買いに行くとだけ言ったのではなかったか。苛立ちをあらわにして店内に踏み込んだティエリアに、ひどく気の抜けた “いらっしゃいませー” という言葉がかけられる。形としてそう言うだけならいっそ言わなければいいと、ティエリアはいつだってそう思う。
「・・おい、何をし」
見慣れた後姿に声をかけようとして、ティエリアは続く言葉を見失う。片手に買い物かごをぶら下げた、彼女の漆黒が見つめているのは自分ではない。見慣れぬ金髪に、彼女のそれは注がれていた。すぅ、とひそめられた眉をティエリアは自覚していない。
「よければ、その鈴のなるような凛とした声で、君の名を教えてもらえるかい?」
「はぁ・・ と、いいます・・」
――馬鹿正直に名前を告げる奴がいるか、あの阿呆!
「何をしている、」
「! ティエリア!」
パッと振り返った彼女は確かに、自分を見て目元を緩めた。曲がりなりにも警戒心は抱いていたらしいが、それで緊張の糸をぷっつり切ってしまうのだから手に負えない。ティエリアのもとへ駆け寄ろうとしたところで、彼女はくしゃりと表情をゆがめる。眉根を寄せて八の字を作り、漆黒に出来うる限りの困惑を宿して。あれはちらとティエリアを見上げ、そして振り返り己の手首を拘束する手を見た。
「あの、グラハムさん・・手、」
「
―――・・彼は、」
「へ?」
「彼は、なんだ?」
たっぷり10秒、あれは呆気に取られたように大口を開けて、ぽかんと男を見返した。
「・・・・は?」
「彼は、君の何かと聞いている」
「スンマセン・・質問の意味が全くわからな 「あなたには関係ないでしょう」
それまで彼女を見つめていた男の視線と、男を見返していたあれの視線が同時に突き刺さる。前者のそれは捨て置くとして、後者のそれは見るに堪えない。乳幼児の握りこぶし位ならそのまま飲み込めそうなほど口を開け、呆然とした表情のままではティエリアを見上げていた。思わずため息が漏れる。
「私たちがどういう関係であろうと、あなたには何のかかわりもない」
これで構わないか、。
彼女のもつ買い物かごを一瞥し、商品棚に並べられていた牛乳パックをティエリアは手に取った。こくこく、と大袈裟にうなずいて見せる彼女に小さなため息と、ほんのわずかな苦笑が滲む。 「口が開いている」 手の甲でその顎にかるく触れる。決まり悪そうに眼を伏せたそれは、口の中でぼそぼそ ごめん と呟いた。
「・・随分と、見せつけてくれるじゃないか」
「何の話だ」
お手上げだよ、と茶化すように笑った金髪はしかし、若草色の瞳を挑戦的に閃かせた。ス、と深紅の眼差しを鋭くし、絶対零度をティエリアは纏う。 「・・ティエリア、」 服の裾をつかみ、所在なさげにと漆黒を泳がせるそれを邪魔だとばかりに背後に押しやって、彼は男を見返した。
「
――確かに、君の言うとおり君と彼女がどういう関係であろうと、私には何のかかわりもない」
「そうですね」
「だがその論理でいくと、私と彼女がどういう関係になろうと、君には何のかかわりもない
――・・そうは、ならないかい?」
「・・部外者の君は、黙っていたまえ」
男は研ぎ澄まされたナイフのような表情と雰囲気を、その一瞬後には春の日差しのようなものへ一変させて、彼女にふわりと微笑みかけた。その端整な笑顔にほだされるように、服の裾を掴んでいた彼女の手から力が抜ける。慈しむような若草色を一身に集めて、漆黒はきょとんとそれを見返す。
「、君はこの近くにある古本屋で
――ああ、すまない。と呼んでも?」
「あ、どぞ・・。あの、鳩羽書房のこと ですか」
「ああ、その通りだ。何度か利用させてもらったんだが、品揃えがよくて非常に助かった」
「あ、ありがとうございます」
はへらりと笑い、ティエリアは奥歯を噛み締める。俺は知らない、そんなこと
――
「そこで一目君を見てから、忘れられなくなってしまった」
「・・・・は、」
「どうやら私は、君という存在に心奪われてしまったらしい」
ティエリアは確かに、何かが ボンッ と破裂するような音を聞いた気がした。ちら、と視線を動かした先には目を白黒させる彼女の姿がある。羞恥と困惑、衝撃と驚愕、その他さまざまな感情をごちゃまぜにした筆舌に尽くしがたい表情で、今度は成人男性の拳を飲み込めそうなほど大口を開けて時を止めている。
――もう少し、今この場にふさわしい表情があるような気がしなくもないが、それを彼女に求めるのは無謀だろう。ティエリアの服の裾を握るその指には、この日最高の力が込められている。
「・・すまない、驚かせてしまったな」
咄嗟に俯いたは声もなく、頭全体を大きく横に振った。
「今すぐ理解してもらえないのは重々承知している。しかしここに、君に恋焦がれる人間がいることを知っておいて欲しかった」
男はそう言うと俯いた彼女の前に片膝をついた。ぎょっとするティエリアを余所に (おそらく奴の意識には、ティエリアの存在などかけらも残っていないに違いない) 、男は両手での頬を包む。思わず逃げ腰になる彼女に、男は苦笑交じりに表情をほころばせた。やわらかに、まるで春の日差しのごとく。す、と上体を起こして彼女の顔を至近距離に覗き込み、
「今日に逢えたことを、私は運命の女神に感謝する」
男は背筋を伸ばして
――・・彼女の額にキスをした。
「な・・
――!」
「今日はお暇させてもらうとしよう。また逢えるときを楽しみにしている、」
眠れる森の王子様
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192:眠れる森の王子様 ...鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date 08.05.05 up date 08.05.14
奥さんご存知? ここ、コンビニですってよ。(空さんネタ提供あざーっす!)