Colorful
:12.5
なんだ、この生きものは。
不機嫌を全く隠そうとしないティエリアが開けた玄関先には、子供がいた。10歳くらいと思しきその子供の背丈は、ティエリアの胸にも届かない。顔の面積のわりに比率の大きな目には、目に映るすべてを吸い込んでしまいそうな漆黒がまあるく収められていた。つややかな黒髪が顎のラインで乱雑に切り込まれているせいで、折れそうなほど細い首筋があらわになっている。
男か女かすら一見して判別つきにくいその子供は、ただそれだけでティエリアの不機嫌を煽る存在に違いない。しかし本当に問題なのはその頭についている 猫様の獣耳 と、背後でゆらゆら揺れている 尻尾 だった。
――なんだ、この生きものは。
漆黒の瞳を好奇心でらんらんと光らせている子猫は、頭についている見慣れない猫耳も総動員でティエリアをじっと食い入るように見上げている。ゆらゆらと尻尾だけを揺らして、ティエリアから発されるわずかな合図も信号も見逃すまいとしているかのように。ティエリアがその薄い唇を動かしたのに対して、その三角耳がぴくりと反応する。
「・・・・お前は、なんだ?」
見覚えなどないはずだった。大体、ティエリアは “子供” が嫌いである。見間違えるような知り合いなどいないし、それになによりこんな特殊なものをつけた生きものなど知らない。
――けれどティエリアにとってひどく残念なことに、その夜の底のような漆黒の瞳と、男か女かわかりにくい顔立ちをした人間には心当たりがあった。それは些細なものでありながら無視できない、指先にささった棘のような。
「
―――・・まさか、 ・・か?」
ほとんど無意識に口から零れ出ていた名前を、その猫耳が拾い上げた瞬間。ぱぁっ、と音が出そうなほど表情をほころばせた子猫は、問答無用でティエリアの腹部に激突した。そのままぐりぐりと三角耳を押し付けるようにする子猫に、ティエリアの顔が引きつる。腕の中にすっぽりとおさまる小さな体は柔らかく、そして大袈裟なまでの体温に満ちていた。なるほど確かに、子供の体温とは成人よりも高めに設定されているらしい。ティエリアは、その小さな手が自身の服の裾をぎゅうと握り締めているのに気付いていながら、けれどその手を払い落とせなかった。いまやそのしなやかな尻尾のせわしなさといったら、ゆらゆらどころの話ではない。
「・・やめろ、放せ」
しがみ付いてくる子猫は動きを止めようとしない。無駄な身体接触を好まないティエリアは、その秀麗な面を強張らせる。離れろ、と低く呻いたティエリアの声に猫耳はぴくりと反応しておきながら、それでも尚その体温を押し付けてくる。ぐ、と頭を押さえつけて体を離そうとすれば、たしたしと尻尾を揺らめかせながら手に更なる力をこめる。・・・コイツまさか、わざとやってるんじゃないだろうな。そんな考えが頭を過ぎったとき、見下ろす深紅と見上げる漆黒が交わった。
見間違いなどではない。
――それは確かに、ティエリアを見上げて にたり と笑った。
「・・・なるほどな。そちらがそのつもりなら、こちらにも考えがある」
間違いない、これは確かにだ。ティエリアの記憶の中で彼女は自分と同年代で、猫耳や尻尾などという特殊アイテムを身につけていなかったはずだが、この際そんなものどうでもいい。目には目を、歯には歯を。三倍返しという言葉を、よもや知らないわけではあるまい?
怪訝そうな顔で見上げる漆黒に、ティエリアは完璧な笑みを見せた。ただそれは、ほんの少しだって甘く蕩けるような微笑みではない。相手の背筋を凍らせる絶対零度の微笑みだった。全天使たちの長でありながら、神に敵対して天界を追われ地獄の支配者となった堕天使 ルシファーだって、きっとこれほど凄絶な笑みは見せなかっただろう。己に降りかかろうとしている危機を察知したらしい猫耳が、ぴんと弾かれるように動き、しなやかな尻尾が硬直する。
「己の弱点は隠しておくべきだと思わないか? 」
「
―――ッ!」
あらん限りの握力で尻尾を鷲掴みにされたは、ティエリアの腕の中で声にならない悲鳴をあげた。
「・・・・・・」
ティエリアの部屋、彼のベッドに腰掛けてはふーふーと自分の息を尻尾に吹きかけている。よほどの衝撃だったのか、瞬間的に涙腺を決壊させた子猫はいまだぐずぐずと鼻を啜っていた。三角の耳をぺたりとへたらせ、小さな両手でティエリアが握りつぶした尻尾をさすり続けている。
「・・・仕掛けてきたのは、お前だろう」
言外に、悪いのは俺ではないと告げるティエリアに、恨みのこもった視線が投げつけられる。ティエリアの記憶にあるそれよりも幾分か大きいように見える漆黒の瞳はそれでも、記憶にあるのと同じ強い光を湛えていた。ふざけんなテメェ、どう弁償してくれるんだよすっげー痛かったんだからな! もしも口が聞けたら、子猫はそう食って掛かってきたに違いない。大きな瞳を涙で滲ませて、じとりと睨み上げる視線はティエリアにとって決して居心地のいいものではなかった。
ス、と立ち上がったティエリアの動きに、は全身で反応する。ぴくんと猫耳をそばだたせ、己の尻尾を自分の胸に抱いて。自身のすぐ前で立ち止まったティエリアに、子猫は小さな体を緊張させて近づいてきた手に首をすくめ、さらには耳まで頭にぺったり伏せて衝撃に備えているらしい。
「
―――・・すまなかったな」
ぴょこん、と猫耳がはねた。集音率のいいらしいそれは、慰みに飛び出した言葉を聞き逃さなかったようだ。顔を上げようとするの頭を押さえつけ、ティエリアはどこまでも不機嫌そうに言葉を重ねる。
「あんなに痛がるとは、予想していなかった」
ひょこひょこと三角の耳が震える。手の下でもぞもぞと動くそれにティエリアはわずかに口元をほころばせ、押さえつける力を少し緩めた。いつのまにか胸に抱くことをやめていたらしい、しなやかな尻尾がふわふわ揺れる。ほとんど無意識にその頭を撫でた。くすぐったそうに身を捩った子猫は、ひどく気持ちよさそうに笑顔を零す。それはまるで、真夏の空の下に咲き誇る ひまわりのような笑顔だった。
頬をなでていく風の冷たさに、ティエリアはようやく目を覚ます。ぼんやりと眠気に溶けている視界の端に、夕焼けに染まる空が見えた。開け放った窓から聞こえてくる子供の声と、犬の鳴き声。どうやらうたた寝をしていたらしいとティエリアが自覚したのは目を覚ましてからたっぷり30秒がたった後で、自分がいままで見ていた夢の内容に愕然としたのはそれからさらに1分が経過した後だった。
「・・・なん、だったんだ・・」
夢にしてはひどくリアルな夢だった
――手の中にはまだ、もぞもぞ動く猫耳の感触があるような気がして。
「ティエリアー、いるー?」
玄関から聞こえてくる声とノックの音。突然思考に割り込んできたそれに一瞬体を強張らせ、ティエリアは小さくかぶりを振った。あれは夢だ。普段、そう頻繁に夢を見ることのない自分が偶然見てしまった “夢”。だから妙に記憶に残っているに過ぎない。あのあどけない満面の笑みはきっと、明日になれば跡形もなく消えているに違いないのだ。
「今夜ヒマ? DVD借りてきたんだけどさ、一緒に・・・・・・・・・ってゆーか、何してんの」
触れた頭に、猫耳はなかった。
夢語り
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この作品は水瀬さまが管理人をつとめていらっしゃる
Mr.Knows の 「猫と過ごす日々」 の設定をお借りしました。大好きです、メロメロです。こんなアフォ管理人に快く許可をくださった水瀬さまに、多大なる感謝と心からの敬意を申し上げます! 本当にありがとうございました、とても楽しかったですムフフ。
writing date 08.05.14 up date 08.05.18