Colorful

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がその、思わず駆け寄って頭をわしゃわしゃ撫でてやりたくなる彼を見つけたのは午後3時を回った頃で、そこはゲームセンターの入り口付近だった。大学の講義を終え、用事を済ませるためにしぶしぶ中心街へと足を向けたのだが(は基本的に面倒くさがりだ)、どうも今日はついているらしい。ゲーセンの入り口で、脇に立てられている看板をじぃと見つめている刹那を見かけ、思わずガッツポーズをしたのは内緒である。

「せーつな! 何してんの?」
「・・
「おす。で、せっつんは一体何見てたの?」

どうやら自分のことをさしているらしいあだ名に一瞬眉をひそめたものの、それについては何も言及することなく、刹那は無言で指を差した。その指を辿ったさきには、色鮮やかに彩られた 「クレーンゲーム ガンダムフィギュア入荷しました」 の文字。へぇ、今時のUFOキャッチャーはガンダムも取れるのかぁ・・・え、でもどうやって? 思わず首を傾げたの視界で、しかし刹那は気落ちしたようにため息をついた。

「・・取れなかった」
「へ? ・・・ああ、ガンダムのこと?」

こくん、と刹那は無言でうなずく。

「でもこーゆーのってどっかに売ってるんじゃないの?」
「クレーンゲームの賞品としてしか、手に入らない」
「へぇ、そんなのあるんだ」
――・・取れなかった」

――― もしも、もしもである。
刹那のこれが、すべて計算されつくした上での言動なら主演男優賞ものだとは心からそう思う。斜め45度で足元を睨み、悔しそうに肩を小さく震わせて 「――・・取れなかった」 。ここで 「そっか、それは残念だったね。じゃあ帰ろっか」 なんて言える人間がいるなら、そのろくでなしの顔を拝んでみたい。ついでにそのスカポンタンの頭を一発どついてやりたい。ろくでなしでもスカポンタンでもない彼女が、刹那に告げられる言葉といえばそんなもの、ただ一つに限られている。

「後は任せろ、刹那」

はろくでなしでもスカポンタンでもない―――ただのアホである。



「・・、もういい。帰ろう」
「いや、あと1回! 次こそ取れると思うから、あと1回だけ!」

クレーンゲームの天板にべったり張り付いて剥がれようとしないに、刹那はこれで何度目になるか知れないため息を吐き出した。時刻は優に5時を回っている。ちらりと外に目をやり、夕焼けに染まった空を見上げて刹那はもう一つため息を重ねた。・・・・もう、どうでもいいから帰りたい。彼の切なる願いは、いまだ叶う気配を見せていない。

ス、と目の前に差し出された野口英世。眉間に皺を寄せる刹那を省みることなく、差し出した当人はひどく真剣な声音で 「両替お願い」 とだけ言い残し、ひたすら手元のレバーをいじくっている。これでもう何度両替機とクレーンゲームの前を行き来しただろう――彼女が今日一日でこのゲームセンターにばら撒いた金額を数えそうになって、やめた。結果が恐ろしすぎる。

、」
「あ、刹那 両替行ってきてくれた?」
「・・・もういい、帰るぞ」
「え、いやまだ取れてないし!」
「もういい。帰ろう、
「えええ、でも刹那あれ欲しいんじゃないの?」
「・・・・・・・・・・・いいから、帰るぞ」

ほら、やっぱ刹那 あれ欲しいんじゃん! っていや、ちょ・・引っ張んなよ刹那、痛い痛い!
いつの間にか出来ていた人だかり。気が付いたら見世物化していたらしい事実に刹那は顔をしかめ、けれど頓着することなくその輪を抜けた。奴隷として虐げられていたイスラエル人を引き連れてエジプトを脱出したモーセは、その道程で葦の海を割り、迫るファラオの軍勢から逃げ延びたという話だが、なるほど彼はこんな気持ちだったのかもしれない。刹那が歩みを進めた方向に、二重三重に取り巻いていたはずの人だかりが割れた。それはもう、綺麗にぱっくりと。

「次こそは取れてたかもしれないのにー」
「何度も聞いた」
「・・や、でもホントのホントに次こそ 「何度も聞いた」

ついに大人しくなったをずりずりと引きずりながら、今度はロックオンを連れてこようと刹那は決意した。不満そうに眉間にしわを寄せる彼女を目尻にとらえ、脳裏をよぎった紫色に刹那はため息をつく。あの紫色から繰り出される舌鋒凄まじい嫌味と皮肉は、刹那ですらできるだけ遠慮したいものに違いない。

――・・随分と神妙な顔をしているが、何かあったのかな?」
「あ、グラハムさん」

ちょうど店の外に出たときだった。予想通りというべきか、頭上を覆っていた茜色の空に刹那は軽い頭痛さえ感じながら、かけられた声に振り返り、 どうも と会釈するの後を追うように小さく頭を下げる。

にそのような表情は似合わないな。・・私に出来ることなら、なんでもするが」


このとき刹那は、がはたと何かに気付いたように、口唇の端をゆっくりと、そしてほんのわずかに吊り上げたのを見た。


チラとグラハムを見上げた彼女は、けれどすぐさま視線を斜め45度に落とした。至極残念そうに眉を八の字に歪め、殊更悔しそうに背中を丸める。そして彼女はゆるりと腕を動かして看板を指差し、哀しみに彩られた声でこう言った。

――・・取れなかったんです」



「・・・それで、刹那だけに留まらず、きみまで貰ってきたと? 
「・・・・・」
「えへ」

ティエリアは控えめなVサインをのぞかせる目の前の二人に、明確な殺意を覚えた。黙々と夕飯を食べ続ける刹那・F・セイエイと、へらへら笑うの前には一つずつ、ガンダムのミニフィギュアが並べられている。

大学から帰宅し、ようやく人心地ついたときの訪問者は刹那だった。予想外の訪問者に対して眉を寄せるティエリアに 「が、ティエリアも一緒に夕飯を食べないかと言っている」 とただそれだけを言い残し、さっさと彼女の部屋に消えた刹那。まったくもってわけの分からないまま玄関をノックし、の部屋に上がったティエリアを待っていたのは想像もしていなかった戦果報告だった。

「俺はいいって言ったんだよ? 言ったんだけど、折角だからって」
「・・・だからと言って、」
「いやでもだってさ、萬札崩してまで取ってくれたんだよ? いりません、なんて言えないって。ねぇ、刹那」
「・・・・・(こくこく)」

このときティエリアは、初めてあのグラハム・エーカーという人間に心の底から同情した。
空になった刹那の皿を見つけ、 「おかわりいる?」 と満足そうに笑って席を立つ。手狭な台所に向かいながら、ひどくごきげんに鼻歌を口ずさみ始めたそれを確認して、ティエリアは静かに口を開いた。

―――・・何か、妙なことをされなかったか」
「・・・? 別に、何も」

そうか、ならいい。
一瞬だってその無表情を変えず、淡々と口を開いたティエリアに返事をした後で、刹那はふと思い出した。あれは、ティエリアの言う “妙なこと” とやらに入るのだろうか――― 帰り際、あの男がに贈った 手の甲への口付けは。

「(・・・まぁ、いいか)」


堂々巡り


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writing date  08.05.17    up date  08.05.20
主演女優賞は彼女に。(匿名大希望さま、ネタ提供ありがとうございました!)