Colorful

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「そこにいるの・・・もしかして、か?」

近々催される春の大学祭。学生主体で行われるこの “友好祭” は、部活やサークルの新入生勧誘の意味合いが強く、どちらかというと秋に行われる本祭典の予行練習のようなイメージがある。新入生がいきなり出店を出すことは少ないけれど、上回生ともなれば慣れたもの。かくいうの通う生命機能化学科2回生連中も学科を上げて参戦することになり、彼女はそこで使うBGM選曲のため、市街地のCDショップに赴いていた。企画賞の景品は現金5万円と、この前期の間に1度だけ行使しうる自主休講権――血眼になって企画に乗り出したのはも同じだが、だからといって男女逆転喫茶にどうしてジャズが必要なのか、にはうまく理解できていない。

「ロックオン! わぁ、お久しぶりですー」

悶々としながらCDをラックから出したり仕舞ったりしていたは、背後からかけられた声に振り返って、ぱっと表情をほころばせた。視線の先にはゆるゆると波打つ栗色の髪に、ひどく端整な顔立ちをした長身の青年――ロックオン・ストラトスの姿がある。ひらひらと手を振るその人には小さく会釈して、笑顔を浮かべた。

「前のときは迷惑かけまくっちゃって、ほんとスミマセンでした」
「ははっ、いいってそんなの。第一ありゃあ、ティエリアが悪かったんだし・・気にしなさんな」

ぽん、と頭に大きな手が降ってきて、は照れたように目を伏せた。多分この人は、自分がそうするべきだと思う対象を守ることに慣れている。そうすることを当然だと思っていると言ってもいいかもしれない。それは例えば自分より年下だったり、異性だったり――決して押し付けがましくなく、まるで呼吸をするのと同じくらい、そういうことを自然に出来る人なのだと思う。だからこそ今自分は、子ども扱いされていることに嫌悪を感じていない。胸に満ちていくとろりとした蜂蜜のような温かさは見知ったもので、笑みを浮かべるロックオンに重なる姿がある。

「そうだ、 これから時間あるか?」
「? はい、だいじょぶです」
「近くにおいしいケーキ出す店知ってるんだけど、ヤロウ一人じゃどうも入りにくくてな。が付き合ってくれるとありがたいんだが・・」

――― そう、例えばこんな風に。このひとは、人を甘やかすことに慣れている。

「ぜひ、付き合わせてください」
「よかった。助かったぜ、ありがとな」



口の中に入れた瞬間、ふわっと広がるチョコレートの甘い芳香。決して甘すぎることはなく、けれどほっぺたがとろけて落ちそうな上質な甘さにへにゃへにゃと口元が綻ぶ。ふわふわのスポンジとビターチョコレートのハーモニーに文句の付けどころなどあるはずがない。一口ずつ、じっくりまったり味わいながらは目の前の人を見返し、既に緩みきった表情をさらにくしゃくしゃにして満面の笑みを浮かべた。

「すっごいおいひいです。最高です」
「だろ? ここのチョコレートケーキは格別なんだ」

ニッと笑って、ロックオンは片目をつぶる。そういう仕草がまったく違和感なく、それこそ挨拶のときに手を上げるのと同じくらい自然にできる人なんて、きっとそう多くないだろう。ニコニコと相好を崩すロックオンに連れられてやってきた小さめのカフェで、道行く人々の視線をわずかながらに集めているのを感じながら、は至福の時を満喫する。

「でもホントお久しぶりです。1ヶ月ぶり・・くらいですよね?」

フォークをくわえたまま、けれどはきょとんとした表情で見返してくるロックオンと数秒間見詰め合うことになってしまった。ぱちぱち、と瞬きを繰り返すわずかな時間がにとってひどく長い。なにか自分は変なことを言っただろうか――・・刹那とは何度か顔をあわせたが、ロックオンやアレルヤとはあれ以来会っていないはず、だと、思うのだけれど・・

「・・え、と・・・違いましたっけ?」
「あーいや、確かに、1ヶ月以上会ってないはずだよなぁ」

悪いな、と笑ったロックオンは心から面白がっているらしい。くつくつと笑みを零すその人は、笑っていても勿論その端整な面立ちを崩さなかった。華やかかそうじゃないかといわれれば華やかだが、決して浮ついた印象を抱かせず、誠実な好青年という路線をど真ん中に突き進む整った容姿。ロックオンの周囲を包んでいる朗らかで明るい空気はきっと、彼自身の性格に由来するものが大きいのだろう。

「なんだか、とは1ヶ月ぶりに会ったような気がしなくてな」

――・・スゴイ殺し文句だな、とはひどく冷静に思った。

「この前の大雨のとき、車に泥撥ねられたんだって?」

あれはまったく、運が悪かったとしか言いようがない。前日から降り続いていた雨は夜が明けても降り止まず、天はぽろぽろと泣き続けていた。道路のわずかなへこみに出来た水溜まりに罪はない。勿論、傘をまっすぐに差して歩道を歩いていた私にも、罪はない。・・・罪があるのは、水溜まりがあることを知っていながらあの速さで走り抜けていった黒のワゴンRであり、ボンネットに猫のぬいぐるみやらハイビスカスやらをごちゃごちゃ飾り、わざわざ車体を下げ、雨の降りしきる外に聞こえるほどの大音量でオーディオを垂れ流しにする頭の悪そうな車である。アイツは決して忘れない。

「そーなんですよ! もう思いっきりバッシャァアアって・・・・・・・・え、てか なんで、それ・・」

傘を差して歩く意味もなくなるくらい、盛大に泥水を撥ねられたのだ。ぽたりぽたりと髪からしたたる水滴が首筋を伝って背中を這う。自身、ヒヤリと冷たいそれに体が震えたのか、屈辱に体が震えたのかわからなくなるような出来事だった。・・けれど本当に運が悪かったのは、その濡れ鼠のような格好で自宅にたどり着いたとき同時にティエリアも帰り着いていたことで、はあの呆れかえった声を忘れない。 ――― 「・・・お前は、傘の差し方も知らないのか?」

「・・あンの バカティエリア! 誰にも言うなって言ったのに・・!」
「ははっ、そう怒るなって。俺たちが無理に聞きだしたようなもんだからさ」
「俺 “たち” ・・・・?」
「あー・・っと、いやその、なんつーかホラ、」

アレルヤと刹那も話を聞いていたかもしれない、というロックオンの言葉は間違いなく、にとってのとどめの一撃だった。自分から笑い話にするならまだしも、よりによってあのティエリアからの伝聞形じゃ自分はただの可哀想な人Aにしかならないじゃないか! ・・もしも次に彼らと会ったとき、本当に心配されたりしたら私はどうすればいいのだろう。

「・・アイツが変わってきてるのは、お前さんのおかげだな」
「? いま何か言いました?」
「いや、なんでもない。こっちの話さ」

ふわりと微笑んだロックオンの双眸には、追及の矛先をまあるく研磨するやさしい傲慢があった。分け隔てなく与えられるぬくもりと、選別を加えるエゴイズム。それら全てを内包してなお、彼を包むあたたかな空気。――このひとは 「大人」 だ。いい意味でも、悪い意味でも。

「これからも、ティエリアをよろしく頼むな 


柔らかな手


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074:柔らかな手 ...鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date  08.05.24    up date  08.05.30
なんだかお嫁に出るみたいですね、ティエ(万死!) (水瀬さま、リクエストありがとうございました!)