Colorful

:17



「どうだい、グラハム。向こうでは上手くやっているかい?」

顔と肩のあいだに携帯を挟み、それでも器用に電話を続けるビリー・カタギリの両手は、淹れたてのコーヒーとドーナツでふさがっている。電話の向こうから聞こえてくる滑舌のはっきりした張りのある声を適当に聞き流しながら彼は辺りを見回し、積み重なった本と資料のあいだのわずかなスペースにそれを落ち着けた。思わずほっと安堵の吐息が漏れて、しまったと思ったときにはあからさまに気分を害したらしい声が聞こえてくる。

「・・カタギリ、私の話をちゃんと聞いているのか?」
「ああいや、すまないねグラハム。ちょっと手が離せなかったものだから、」

相変わらず聡いというか生真面目というか。同研究所に勤めており、今は自身の研究のために大学の研究室へ出向している腐れ縁ともいうべき同僚は大きな器を持っていて尚、妙なところで神経質なところがある。端整な容姿とすぐれた才気を持ち合わせた彼はいつだって、尊敬と羨望、妬み嫉みの対象になっているが、彼はそれらをまったくもって意に介そうとしない。それはひとえにグラハムが稀代の大物だからなのか、びっくりするくらいの鈍感だからなのか、カタギリにはいまいち判別できていなかった。大抵を笑って流せるだけの度量を持ちながら、ひとたび目に留まったものに対する執着はカタギリの理解をおおよそ超えている。

「ふむ・・忙しいのなら、また日を改めるが」
「いや、大丈夫だよ。久しぶりに君から連絡があったんだ、時間くらい空けさせてもらうさ」

グラハムが出向した研究室は、カタギリの出身元でもある。学生時代、といっても修士から博士へ進み、号を取得するまで所属していた研究室は、カタギリにとって過去の場所ではない。共同研究を進めているおかげでちょくちょく顔を出すそこは、前と同じやわらかな空気で自分を出迎えてくれる。

「で、どうだい? 期待した結果は得られそうかい?」

答えはほとんど聞くまでもない。グラハムの声は初対面の人間にもそれとわかるほど、瑞々しい感情に溢れている。たとえ電話越しだとしても、それはほとんど遜色なくカタギリに届けられていた。

「ああ、万事抜かりない。すべて順調だよ」
「そう、それはよかった」
「・・ここはいい研究室だな、カタギリ」

自分の気に入っている場所を褒められるというのは、無条件で嬉しいものだ。自分の出身だと知っているからこそ、おそらく彼はそんなことを口にしたのだろう。それと理解しながら、カタギリは口元に笑みを浮かべる。グラハム・エーカーという人間はそういう何気ない言葉で、無自覚に人を惹きつけるスペシャリストだ。多少くすぐったくても、気障だとしても、心からの言葉なら嬉しいものに違いない。

「それにしても、随分と楽しそうだねぇ グラハム」
「ははっ、さすがはカタギリ。すべてお見通しだな」

彼の機嫌がいい理由はやはり、仕事が順調にはかどっているからというだけではないらしい。事が順調に運び、欲しい結果が得られればもちろん機嫌は自然と上昇線を辿るが、それだけでこんなに楽しげな声を出すほど彼は子供ではない。

「なにか、君の興味をひくようなことがあったのかい?」
「ああ、大有りだよカタギリ!」

前に話した少年のことを覚えているか、の騎士のようだと言った彼を。
元々、グラハムにを紹介したのはカタギリである――というのはグラハム自身の言で、カタギリは常々それを否定したいと思っている。カタギリが紹介したのはあくまでも彼女が働いている鳩羽書房で、その日にたまたまシフトに入っていたらしい彼女をグラハムが勝手に気に入ったに過ぎないのだ。のろけるなら余所でしてくれ、と何度となく訴えたが、「彼女を紹介したのはカタギリだろう、なら君には話を聞く義務がある!」 とかなんとか、全く論理的でないくせにひどく説得力のある言葉に、カタギリは未だ流され続けている。

コンビニでの一件を聞いたときには、折角見つけた使い勝手のいい本屋をみすみす棒に振ることになるのかと落胆もしたが、彼女はそれ以降も変わらずカウンターで本を広げている。このくらいの年齢の女の子が見目麗しいとはいえ見ず知らずの男にそんなことをされれば、ドン引きするのが普通なんじゃないかとカタギリは思うのだが、話を聞くところによるとグラハムとも変わらず接しているらしい。予想以上に肝の据わったお嬢さんか、もしくはグラハムのことなど点で相手にしていないかのどちらか――いや、両方正しいのかもしれない、とカタギリは苦笑した。もちろんそんな考え、グラハムには伝えていない。折角いい気分で仕事をこなしているのだ、そこに水を差すような野暮な真似はしない。

「ああ、覚えているよ。グラハムが止めるのも聞かず、お姫さまを連れ出していった白馬の王子だろう?」
「・・その配役だと、私はもっぱら悪い魔女役か?」
「はは、これはすまない。ついうっかり」

隙を見てコーヒーを口に運ぶ。ふわふわと立ち昇る湯気とともに、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。本当を言えばここでドーナツを一口いただきたいところだが、そこまですればきっと電話の相手はへそを曲げるだろう。ただ機嫌が悪くなるだけなら大したことはない、問題なのは仕返しが見事なまでにカタギリの弱点を突いていることだ。・・グラハムのいる研究室には、彼女もいる。

「見つけたのだよ、その彼を」
「へぇ。それはすごい偶然だねぇ」
「カタギリ、世間とは狭いものだな。・・君が言うところの “白馬の王子” はどうやら、君の後輩だったらしい」
「・・・え、」

カタギリの脳裏を掠めていく顔写真。けれどこれという目星は浮かばない。ロックオン・・ならもっと上手に立ち回るだろうし、アレルヤはそういうタイプではない。“男だというのが信じられないくらいの美人” というグラハムの評価に耐えうる人間にカタギリは思いあたりがあったけれど、それに彼を当てはめるなんて驚天動地も甚だ

「まぁ、思い浮かばないのも無理はないだろうな。・・ティエリア・アーデが、そのひとだよ」

―――・・なるほど、グラハムが楽しそうにするわけだ。カタギリは深く納得してしまった。

「彼が近くにいるということはおそらく、ともさほど離れてはいないらしい。・・まったく、ついているな 私は」
「・・余計なちょっかいを出して、雰囲気を悪くしないでくれよ? グラハム」
「フ・・そうだな。善処しよう」

電話口の相手がどんな顔をしているのかはっきりと想像できるのは、大学時代から続く腐れ縁の賜物だろうか。カタギリは苦笑を浮かべ、同時にティエリアに対して両手を合わせる。ティエリアの短気とグラハムの執念深さを比べたとき、グラハムのそれがティエリアの怒りに触れないはずがないのだ。そしてティエリアにとってより一層残念なことに、グラハムは最近稀に見る大物か、もしくは超がつくほどの鈍感である――暖簾に腕押し、ぬかに釘・・・その言葉の真を、彼が実感する日は近いだろう。

「そういえばグラハム、君が注文していた本が届いたから伝えて欲しいと頼まれたよ。彼女に」
「・・ここ最近はごたついていて、店まで出向けなかったからな。は、何か言っていたか?」
「いや、グラハムの “グ” の字も聞かなかったなぁ」
「・・・・・カタギリ、」
「ははっ、冗談だよ」

眉間に深い皺を寄せたその想像図は我ながら、よくできていると笑ってしまった。


オフェーリアに
花束を


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044:オフェーリアに花束を ...鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(カナ混じり編)
writing date  08.05.30    up date  08.06.01
カ・・カタギリとグラハムで1本書けてしまった・・・! (水城さんネタ提供あざーっす!)