Colorful
:19
「
――・・ティエリア?」
人の流れが途切れた一瞬、鮮烈なまでの深紅と視線が交わった気がしたのだけれど。まるで磁力で引き寄せられるように、鍵が鍵穴にカチリとはまるように、歯車が正しくかみ合うように。周囲の音も、人々の存在も、隣にある金色も、すべてがモノクロの背景に溶けていく。そのなかで唯一、鮮明だった紫苑はまばたきをするそのわずかな時間で白黒の海に消えた。余韻を追う暇もない。
「、どうかしたのかい?」
「・・や、なんでもないです。すいません、エーカーさん・・じゃなくて、グラハム」
おだやかな若草色を見返して、は口元に笑みを乗せた。彼の微笑は完璧だ。まるで非の打ちどころがない
――芽吹き始めた若葉のように鮮やかな瞳はあたたかさに満ち、ゆるやかに微笑む口元は絵にかいたような弧の形を描いている。計算しつくされた完璧なバランスで、美しい輪郭に収められた全てのパーツ。ゆるゆると波打つ金の髪が、店内のあかりをやわらかく反射している。
有名私立大学構内のカフェ。大学構内にこんなおしゃれなものがある時点で羨ましいことこの上ない世界だが、なるほど確かに便利だとコーヒーを口に運ぶ。正面がガラスになっている店の中からは、絶え間なく行き交う人々の波が見える。眩しい太陽の下で、学生たちの顔はどれも明るく見えた。
―――見間違えるはずがない。
一瞬だって止まることのない人の流れ。ほんの数秒目を逸らしていれば移り変わる景色。けれどその中で、その他すべての時間と色を奪い、絶対的なまでに君臨した深紅を間違えるはずがない。人工的に光を屈折させるレンズを介して尚、鋭さを削がない深紅。拒否を許さない不遜と、不要を切り捨てる傲慢でもって存在する紫苑。・・あれがティエリアでないわけがない!
「・・ちょっとすいません、野暮用を思い出しちゃって」
無表情という表情を浮かべることを忘れ、呆気に取られているような変な顔。思い出すだけで笑いが込み上げてくる。そうか、ティエリアはあんな顔もするんだ。取り繕う余裕もなかったらしい美貌が、どうしてその余裕を失ったのかなんて知らない。自分とはまったく関わりのないところで、ティエリアは白皙をゆがめているのかもしれない。けれどその瞬間、あの深紅の先にあったのは間違いなく自分だ。自惚れでもなんでもないただあるがままの事実として、揺らいだ深紅を目の当たりにした。・・無理に理由を聞き出すほどに自分は愚かではないし、それで口を割るほど彼は弱くない。今の自分に与えられたのは、人ごみにまぎれた紫苑を追いかける権利だ。
「会計、俺払っておきます」
席から腰を上げて、オーダーリストに手を伸ばしたときだった。不意に伸びてきた腕がの手首をとらえる。それは苦しさをおぼえるほど強い力ではなく、けれど振りほどくことを許さない我侭な力。己の行動を制されて、一瞬の無表情が漆黒に宿る。はきょとんと目を丸くしてグラハムを見返した。
「どしたんですか?」
「・・君は つれないな」
平穏に凪いでいた若草色が、静かにゆらりと色めき立ったのをは確かに見た。ティエリアとはまた一種異なった形で人々を魅了する整った容姿。あたたかな春の日のように丸みをもった空気が、直線的な鋭さを帯びる。それはほんのわずかな時間、周囲の人間にはそれと悟らせない慎重さで。は思わず言葉を飲み込む。
「私としては、まだ君と話をしていたいのだが」
「・・いきなりでスイマセン」
「いや何、構わないさ。突然君をお茶に誘ったのは、私のほうだからな」
完璧なタイミングで、完璧な態度で。ふわりと苦笑を浮かべるグラハムはしかし、の手を握る力を緩めなかった。若草色が閃く。
「けれど私は、君がこの場を離れて他の男の背中を追いかけるのを許せるほど、心の広い男ではないのだよ」
「ティエリア! やぁっと見つけた」
人ごみの中でようやく見つけた紫苑は振り返った途端、その白皙に惜しげもなく驚愕をあらわにした。いつもは鋭い深紅が大きく見開かれ、薄い唇が何かを言わんとしているように二、三度わななく。呆然と立ちすくむティエリアには秘めやかな笑みをのぞかせた。息を整えながら歩み寄り、服の裾を握る。
「これだけ人がいると、ティエリア探すのも一苦労だな」
「・・なぜ・・・、」
「んぁ?」
「なぜ、ここに・・・」
本当は、探すのにそこまでの苦労はなかった。の予想通り、ティエリアはその容貌から大学内の有名人で、彼の容姿を伝えるまでもなく、声をかけたほとんどの学生が理解を示してくれたから。 「ああ、あの美人の?」 「そう、あの美人の」
――そんな会話がされていたことが目の前の本人様に知れたら、切れ味バツグンな嫌味の一つや二つ、覚悟しなければならないだろう。
足取りを追ってようやく辿りついたここはどうやら、正門玄関に近い場所にあるらしい。数え切れない人間がそれぞれ、思い思いの方向に過ぎ去っていく。肩で息をしながら周囲を見回す。知らない場所、知らないもの、知らない人。けれど不安は感じない。それに勝る確信があった。人波の中に見つけ出したときの、何よりも鮮明な紫苑をは忘れない。
「ここの近くに本屋あるだろ? そこで偶然エーカーさんと会ってさ。大学すぐそこだって聞いたから、案内してもらってた」
「・・・そう、か」
「てかティエリア、さっき無視したろ?」
普段はほとんど逸らされることのない深紅が、ス と横切っていった。
――・・ビンゴ。
「ひっでーの、ティエリア。あれ?って思ったらもういないんだもん、手ェくらい振ってくれてもいーのにさぁ」
「・・っ、それは きみたちが!」
「 “きみたち” がなんだよ」
ぐ、と言葉を飲み込んだティエリアはしかし、深紅に明らかな苛立ちを揺らめかせた。不機嫌というよりはむしろ不愉快そうに眉を吊り上げ、汚らわしいものを見たとでも言い出しかねないような顔で睨みつけている。真摯にまっすぐ前を見据えて、傍から見ると息苦しそうに思えるくらい。・・・不要だと切って捨てることを一瞬だって躊躇わない、彼の服をつかむこと。許容範囲は見誤らない。
「・・なんでも、ない」
「・・ふーん? それにしちゃあティエリア、変な顔してたけど」
「・・っ、うるさい黙れ」
「あーあ、写メしときゃよかったなー」
「・・黙れと言ったのが聞こえなかったのか?」
「おぉっ! あそこにいるのは刹那じゃないか! せーつーなぁああ!」
けれど私は、君がこの場を離れて他の男の背中を追いかけるのを許せるほど、心の広い男ではないのだよ。
――・・やだなぁ、グラハム 誤解ですよ。
・・・、どういう意味だね? それは。
あれは同類なんで、いまいち条件に合致しません。・・じゃあ、俺はこの辺で。お代、ここに置いておきます。
包み隠して、
捜し求めて
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046:包み隠して、捜し求めて (hide and seek かくれんぼ) ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date 08.05.11 up date 08.06.07
乙女に見えて仕方ない。・・え、誰がって? そりゃあもちろんティ(万死だ、万死に値する!)