Colorful
:21
「えーっ? ティエリアが優しくなったぁ?」
綺麗に整えられた眉を思い切りしかめ、 “信じられない” というニュアンスを言外に含めて言い放ったのはスメラギ・李・ノリエガ。彼女の手の中で、グラスに注がれた琥珀色の液体が揺れる。氷が奏でる軽やかな音は嫌いではないけれど、それも時と場合によるなぁ。そう密かに思いながら、アレルヤは既に空き瓶と化しているボトルに目をやって苦笑した。ここは雰囲気のあるバーやカウンターでもなんでもない。研究室の机に並べられたボトルの隣には、機械油が鎮座している。
「あのねぇ、アレルヤ。冗談は、おもしろいから冗談なのよ? 笑えない冗談はやめてちょうだい」
スゴイ言い草だな、とロックオンと刹那の二人は同時に思った。 「最近、ティエリアが優しくなったと思いませんか?」 と何の脈絡もなく突然切り出したアレルヤのマイペースぶりもさることながら、それを “冗談” の一言でばっさり切り捨てる彼女も大したものだ。しかし、真実一番すごいのは、同僚に優しくなったと報告されるティエリアであり、それを一瞬の逡巡もなく否定されるティエリアである。さらに付け加えるなら、ロックオンと刹那の二人に 「まぁ、ティエリアだしな」 とわけの分からない理由付けをされて、尚且つ納得されてしまうのだから、彼に勝る人材は他にない。
「冗談なんかじゃないですよ。本当のことです」
押し付けたグラスの中の琥珀色は、ほとんど減っていない。アレルヤのそれが冗談や酔いからくる言葉ではないらしいことを認めて、スメラギは怪訝そうな顔をあらわにした。
・・・あのティエリアが? 研ぎ澄まされた刃物のような深紅であたりを睥睨し、自分にとっての不要を切り捨てることを一瞬だって躊躇わない “あの” ティエリアが? 宝の持ち腐れとしか思えない端麗な顔立ちをしていながら、無表情と怒り以外の表情をどこかに置き忘れてきた節のある “あの” ?
「まぁ、ミス・スメラギが信じられねぇって思うのもわかるけどな」
「・・・・(こくこく)」
ロックオンは苦笑を漏らし、押し付けられたグラスを傾ける。窓から差し込む日差しはまだ明るくて、本当ならここで飲むべきはコーヒー・紅茶の類であるはずだが、そんな理屈はミス・スメラギには通用しない。ここ1週間、パソコンとにらめっこを続けて難解プログラムと格闘し、ようやくその身を開放された彼女がアルコールを口にしないわけがなかった。ついでに言うなら、今日はもう上がりのロックオンと、そんな彼を迎えに来た刹那を見逃してくれるわけがない。けれど、刹那にまで琥珀色の液体(アルコール分43度のウィスキー!)を手渡そうとしていたのには、さすがのロックオンとアレルヤも悲鳴をあげた。代わりに彼らの手には琥珀色が注がれたグラスがあり、刹那の手にはミルクがある。
「でもアレルヤの言うとおりだと思うぜ」
「・・俺もだ」
「刹那まで・・? ますます信じられないわね」
――確かに信じがたいことだが、その変化はじわりじわりと目に見える形で現れてきている。
常の無表情と辛辣な言葉に大きな変化はない。けれど、ふとした拍子に、まるでメッキがはがれるように垣間見える表情の一部には、これまで彼らが見てきたものとは違うものが混ざっていることがあった。言葉の棘は普段どおりでも、一本一本の先端がわずかに研磨されているというか。嘲笑を浮かべそうな場面で、思わず失笑を漏らしているというような、ひどく曖昧で微妙な変化。けれど、その変化と言っていいのかわからないほどに些細な変化を見逃してくれるほど、彼らはティエリアに対して無関心ではなかった。
「でもじゃあ、どうしてこんな突然? 何か変わったことでもあったって言うの?」
首を傾げるスメラギを残し、ロックオンをはじめとした3人は顔を見合わせて 「やっぱ、あれだよなぁ」「あれですよね」「あれに決まっている」 と当人たち以外の誰も分からない会話を繰り広げていた。まったくもって理解不能な後輩たちの会話に、スメラギは眉間に皺を寄せてグラスを煽る。
「いいわよ別に。私、仲間はずれでも気にしないから」
「ははっ、違うんだ ミス・スメラギ。実は 「あなたたちは、一体何をやっているんですか!」
彼の声には迫力がある。それには例えば、ぼそりと口の中で呟かれた皮肉が胸を抉ったり、その深紅で睨みつけながらはっきりと告げる苦言や嫌味がストレートに痛いところを突くのと同じように、こちらの背筋をぴんと伸ばさせる力。予期せぬご本人登場に、思わず姿勢を正してしまったロックオンとアレルヤ、そして刹那を尻目に、スメラギは大きなため息をつく。
――・・グッバイ、私のシングルモルト。
「あーあ、見つかっちゃった」
「スメラギ・李・ノリエガ。あなたはここで、何をやっているんです?」
「何って、ティエリア 見ればわかるでしょ? 酒盛りよ、酒盛り」
アレルヤは確かに見た。あれは錯覚や幻覚の類ではなかったと、強く主張したい。ティエリアはゆらりと怒りの炎を立ち昇らせ、そして背景に堕天使 ルシファーを従えた。堕天使 ルシファー
――・・またの名を、地獄の支配者 サタンという。
「あなたはこの研究室を、バーか何かと勘違いしているのですか」
ティエリアとスメラギを一直線に結んだときに、図らずもその中間点で立ちすくむことになってしまったアレルヤは、見ているこちらが可哀想になるくらい顔を真っ青にして、あわあわと両者を見比べている。右のティエリアに 「と、とりあえず落ち着こうよ」 と呼びかけて一喝され、左のスメラギに 「ひとまず、お酒置きませんか」 と進言して一蹴された。この部屋で今、間違いなく一番不幸な立ち回りを演じているアレルヤはもうほとんど泣きそうである。悪いな、アレルヤ
――ロックオンは確かに彼の勇姿をまぶたの裏に焼き付けながら、素知らぬ顔でミルクのおかわりを注いでいる刹那を安全圏へと移動させた。スケープゴートになるのは誰だって嫌に決まっている。
「してないわよ、失礼ね。・・・持ち込みできるバーなんて、聞いたことないもの」
ティエリアの背後に立ち昇る毒々しいというか、禍々しい色をした炎が火力を増し、ルシファーがその手に持った槍を構えたとき。大天使 ミカエルは確かにアレルヤの危機を救った。
「ティエリアー? 何してんの?」
ひょっこりと研究室の入り口から顔を覗かせたのは。彼女の声にぴくりと眉を動かしたティエリアは殊更不愉快そうに表情を歪め、けれど背後のルシファーは静かに動きを止めた。ちろちろと赤黒く背景を染めていた憤怒の炎は威力をそのままに、しかしそれ以上火力を上げようとしない。アレルヤは思わず、とことこと自分たちに近づいてきたに抱きつき、心からの感謝を述べそうになって・・・その寸前で動きを止めた。
――・・この感覚はなんだろう、ハレルヤ。なんだかとても、よくない予感がするんだ。アレルヤの直感は、この日珍しく冴えわたっていた。
「久しぶりだなぁ、」
「ども、ご無沙汰してます」
「んで? 今日はどしたの」
にこにこと相好を崩すロックオンのその言葉に、はハッと顔をあげた。先ほどから、スメラギと無言の攻防を続けているティエリアの服の裾をつかみ、不満をあらわにして睨みつける。
「早くしろよ、ティエリア! じゃないと映画間に合わなくなる」
「・・元はといえば、時間に遅れた君の責任じゃないのか? 」
「待ち合わせ場所が、“この大学の時計台の下” とかいうのがおかしいんだよ。そんなのわかるわけないだろ」
「俺は今まで講義があったんだ。時間に余裕のあるほうがないほうに合わせるのは当然だと思うが?」
「・・・わかんなかったんだから仕方ないだろ」
「・・わからなかったならわからないと早々に連絡を寄越すべきだろう。何のために連絡先を交換したと思っている」
「・・・てか、今取りに戻ってきたそのカバンの中に、ティエリアの携帯入ってんじゃないの?」
「・・・・・・・・さっさと行くぞ」
「おう」
ばたばたと駆け出していく二人の背中を見送って、残された4人は呆然と顔を見合わせ、そして同時に吹き出した。肩を震わせて笑うスメラギの手の中で、氷がカランと涼やかな音を立てる。
「なるほどね、そーゆーこと」
「そーゆーことだ、ミス・スメラギ。・・かわいいだろ?」
本当にね、とスメラギは表情をほころばせた。可愛くない後輩の可愛らしい変化は、彼らの言うように確からしい。
「仲いいですよねー、ティエリアとさん。ティエリアもなんだか楽しそうっていうか」
「・・まさかアレルヤ、あの子達がただ単に “仲がいい” だけだなんて、思ってないわよね?」
「・・・え、違うんですか?」
なんのことはない。アレルヤの直感の精度は、いつもと同じだった。
彼らに関する一考察
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006:彼らに関する一考察 ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date 08.05.16 up date 08.06.14
待ち合わせに遅れそうになってすごい焦った結果、カバン忘れちゃったりしてたらかわいくないですか?
(水城さん、ネタ提供あざーっす!)