Colorful
:23.5
「いらっしゃいま・・・・・・・
―――え?」
は絶句した。地球がその自転を止め、時の流れがふっつり途切れた気がした。人語を操る猫と初めて出会ったときにもそれは大層驚いたが、今はそれに順ずるほどである。驚愕というより衝撃のほうが勝って言葉が出ない。 「なんで」 とか 「どうして」 とか言うべき言葉は山ほどあるはずなのに、それらは舌の上で散り散りになって消えていく。・・が、それはどうやら向こうも同じ思いであるらしい。先頭を切って入ってきた長身の青年は笑顔のまま時を止め、顔の半分を前髪で隠した青年は顔を真っ赤に染めて視線を逸らし、少年はその鳶色の瞳をまあるくしてこちらを見上げ、あんぐりと口をあけた紫苑はその白皙にひどく間抜けな表情をのせた。
今日は “友好祭” の3日目。金曜日から開催されている大学祭の最終日である。日曜日の今日は一般のお客さんも多く訪れ、それは大いに賑わっている。
――企画賞の選出の仕方は、一般投票だ。訪れてくれた一般のお客さんには、大学の門を通る際にそれぞれ3枚ずつ投票用紙が渡される。お客さんは自分が気にいった店で、友好祭実行委員会が実施の日までひた隠しにしてきた投票用紙を店の人間に渡す・・これがつまり “票を入れる” ということになり、それをどこよりも一番多く集めた団体に、企画賞である賞金5万円と、前期の間にたった一日だけ行使しうる自主休講権が与えられるのである。
ちなみにこの投票は、その冗談としか思えない景品を掲げるがゆえにひどく厳密に行われている。親類や他大学の友人を呼び込んだりという、ある程度の組織票はコントロールのしようがないが、出たり入ったりを繰り返して投票用紙を不正に入手しようとする輩にはレスリング部による制裁が待っていた(ちなみに現レスリング部の部長は体重120キロを超える巨漢である)。また、投票用紙を店の人間が不正コピーなどしようものなら、実行委員会と大学側が結託して今期の成績判定を1ランクずつ落とす(A+を取れるところがAに、単位ギリギリのCならDとなって単位を逃す)など、身も凍るような制裁が加えられる
――という 噂 がまことしやかに囁かれるほどだ。あくまでも学生の間で語り継がれている噂にすぎないのだが、あまりに高すぎるリスクのため、挑戦する猛者はそこそこ長い歴史の中で現れていない。
華やかな大学祭という裏で行われている熾烈な争いも、今日が最終日。今夜ある後夜祭、それぞれの団体の代表が入手した投票用紙を数え上げていくメインイベントで、戦いは終結する。残り時間はあと6時間
――勝負は激化の一途を辿っている。
「
――・・、だよな? えっと、その 格好は・・・」
たちが企画したのは “男女逆転喫茶”。企画賞の本命馬と目されているだけあって、なかなか繁盛している。今日までに集めた投票数も1位2位を争う場所にいるらしい、というのが諜報部(新聞部)からもたらされた情報だが、まだまだ気は抜けない。対抗馬の看護学科は女子が多いという特性を利用した戦術で、票をごっそり集めている。
「・・入り口に書いてあるとおりです、ロックオン」
“男女逆転喫茶”
――文字通り、男子は女装を、女子は男装をして客をもてなすイロモノ喫茶である。狙いは女性客だった・・・が、予想以上に男子の女装が見られるものに仕上がった結果、席の6割以上が男性客で占められている。
「・・・・・だったらどうして 「ちゃん、こっち向いて笑ってー?」
「ダメですよー、お客さま。写真撮影は投票用紙2枚となってますから、ね?」
振り返りざま、にっこり笑った彼女にたかれるフラッシュの山と言ったら! の動きから一足遅れて、袴の裾がふわりと揺れる。鮮やかな着物の袖で彼女が器用に顔を隠すと、「あぁ・・」 という嘆息があちこちから漏れた。
「・・・・お前が男だったとは、初めて知ったな」
「うるさいティエリア、皆にやれやれって脅されたんだよ」
当初の予定では、女性客をメインターゲットにも男装するはずだったのだ。けれど蓋を開けてみたら女性客と男性客が半々か、もしくは男性のほうが多いという現状。・・・代表という名の店長から、命は下った
――― 「、お前女装しろ」
背中まで流れる黒髪を器用に結い上げたは、深くこっくりした赤とすがすがしい白で彩られた矢絣の着物に紺色の袴を合わせた、いわゆる女学生のような格好に身を包んでいる。半ば呆然としている4人を席に案内した彼女は、ティエリアにのみ聞き馴染んだトーンで、「で、何にするんですか」 とひどく無愛想に告げた。
「てゆーか、なんでここにいるんですか。俺、全然言わなかったと思うんですけど」
「いや、少し前に会ったとき大学祭が近いって言ってただろ? だから来てみたんだが・・」
ぽりぽりと頬をかくロックオンを見下ろして、は己の油断を悔いた。・・・まさか、こんなことになるなんて。
「、知り合いか?」
「あ、てんちょー」
店長と言うのはよせ、と苦々しく唸ったルルーシュはしかし、4人の前で完璧に微笑んだ。いらっしゃいませ、お客さま。ご注文は何になさいますか
――にこやかな営業スマイルを浮かべるヤツは今、ロングのヅラをかぶり、ごてごてのロリータファッションに身を包んでいる。
「・・・ロックオン、一応言っておきますけど、こいつ男ですよ」
「わ、わぁかってるって!」
店のシステムはこうだ。基本的には普通に、女装した男子、男装した女子がそれぞれ給仕を担当してケーキや飲み物を出したりする。その支払いはもちろん普通のお金によって行われ、それは運営資金として回収される。
――客が持つ3枚の投票用紙を得るため、店長を中心に考え出された特殊なシステムがここからだ。
「投票のあらましはもうあらかた理解されたと思います。もしも当店を楽しまれましたら、投票用紙の1枚を店のものに渡してください」
「・・1枚で、いいのか?」
「投票数によって、付加サービスが変わる仕組みです」
刹那の質問に、にっこりと笑ったは店長から渡された複数枚の投票用紙を手に、笑顔のまま振り返った。途端、彼女を待ち受けるカメラのフラッシュとシャッター音。目線こっちにください、次ちょっと目線下に落とした感じでお願いします
――突如として始まった撮影会に、4人はひくりと頬を引きつらせる。
「写真撮影は投票用紙2枚・・あ、これは写メも同様です。ツーショットはプラス1枚となっていますのでどうぞ、ご利用ください」
そう朗らかに笑った店長の目は、決して笑ってなどいなかった。部屋のあちこちから聞こえる彼(彼女?)を呼ぶ声に振り返り、その手に投票用紙を重ねながら遠ざかっていく。今まで浮かべていた笑顔を綺麗サッパリ消し去ったは、深いため息を吐き出しながら注文の品をテーブルに並べた。どーぞ、と低い声で唸る彼女に、ロックオンは苦笑する。
「すごいな、ここの大学祭」
「去年はビックリしました。気合の入り方が異様なんです」
「・・それはきみも同じだろう、」
「うるさいティエリア黙って食ってろ」
はそれを、笑顔を浮かべたままで言い切った。
「最初はちょっとビックリしたけど・・、でもすごく似合ってます さん」
「・・それはどーも、アレルヤ。是非3枚ともここに置いていってください」
「
――― そう、それなんだよ!」
突然声を大きくしたロックオンに、を含めた4人の視線が訝しげに向けられる。きょとんと不思議そうに見返す二つの視線と、何を言い出すつもりだこの人はと不審感たっぷりに見返す二つの視線。特に後者、深紅と漆黒のそれを意に介することなくロックオンは言葉を重ねた。
「どーせ俺たちは、ここで3枚ともに渡して帰るんだ」
「あ、ホントですか? よかったー」
「・・・だったら、有効に使ったほうがよくねぇか?」
―――何を言い出すつもりだ、この大人。
「つーわけで、写真撮ろーぜ 」
「お帰りください」
「即答かよ!?」
このひとは私に、これ以上の恥の上塗りをしろと言うのだろうか。こんな格好を晒せるのは、ここにやってきた人たちが普段の自分とまったく関わりがないからだ。熱心にシャッターを切り、矢継ぎ早にかわいいね似合ってるよメアド教えて、と声をかけてくる奴らだって、明日偶然すれ違ったところで気付くまい。大学内の友人たちだって、互いに他言されたくない姿をしているからこそ、こんな格好ができるのに。
「・・票が欲しいんだろ?」
「や、まぁ・・そりゃそーですけど、」
「ティエリアも写真、撮りたいよな?」
げほっ、ごほごほ・・っ。大きくむせこんだティエリアの目には、困惑と嫌悪がありありと浮かんでいた。
「・・・下らない。要りません、そんなもの」
「ですよねー。ほら、ティエリアも要らないって言ってるんで、「ロックオン、どうせならみんなで撮りませんか?」
「賛成だ」
「えええええ、ちょっと何言ってんのアレルヤも刹那も!」
ロックオンの机にある写真立てがそれまでと装いを変えたのは、それから数日後のことである。
私が終わる音
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私が終わる音 / ジャベリン
writing date 08.06.01 up date 08.06.24
調子に乗りすぎた感が否めない。常付まといちゃん(@絶望先生)のコスプレともいう。