Colorful
:28
「こンの下手くそ! もう見てらんねェ、俺にやらせろ!」
「やってみろって言ったのハレルヤだろ! やだよ、まだ始めたばっかだもん!」
最近は特にたまり場と化してきた研究室。実際に教授らがいるのは隣の部屋で、空き部屋のここを学生控え室という名目で改装したのは10年近くも前の話であるらしい。ティエリアはその見慣れた扉のノブに触れ、けれど中から聞こえてくる声に眉をひそめた。
――非常に残念なことに、彼はこの二つの声を知っている。
「テメーがこんなに下手くそだとは思わなかったぜ」
「うるさい話かけんな、今大事なとこ・・ 「あーあ、死んだ。これで何度目だと思ってんだよ」
一人は白い携帯ゲーム機を手にその漆黒を不服そうにゆがめ、もう一人はその阿呆の手元を覗き込むように背後から腕を回して、覗いている金色の瞳に分かりやすい “呆れ” を宿した。もう一回、と意気込むあれの手からゲーム機を奪う。
「だからキュリオス使えっつってんだろ」
「やだ。エクシアがいい」
ンだとコラ、と低く唸って頬の肉を引っ張るハレルヤと、痛い痛いと悲鳴をあげながらも彼の手からゲーム機を奪い返したは、ティエリアの見間違いでなければ彼の席に座っている。もしかして自分の知らないうちに研究室の大移動でも行われたのだろうか、と思考を遠い彼方へぶん投げたティエリアはしかし、「ああ、おかえり ティエリア。君もアイスコーヒーでいいかい?」 と朗らかに笑うアレルヤを認めて、投げ飛ばした槍を回収せざるを得なかった。もしも投げやりな態度にランクを付けるとしたら、今のティエリアはメダルを狙える。
「おー。久しぶりだな、お姫サマ」
の背中にもたれかかったまま、ハレルヤはひょいと片手をあげた。アレルヤ・ハプティズムの双子の弟、ハレルヤ
――― ぎらぎらと、目にうつる全てを喰らい尽くそうとするかのような獰猛さを宿す金色の瞳。鋭い犬歯をむき出しにして歪む口元。ティエリアは不快感をあらわに、ハレルヤを睨みつける。お人好しが服を着て歩いているようなアレルヤと、野性が服を着て歩いているようなハレルヤ。まったくの正反対に見えて、実のところ同類項の多いこの双子は、到底ティエリアの手におえるものではない。
「お姫サマ・・って、ティエリアのこと?」
「見たまんまだろ?」
肩越しにはハレルヤを見上げ、ハレルヤはそれを見返してにたにたと唇の端を吊り上げた。その後ろ頭を鈍器で殴りつけてやろうかという衝動を、ティエリアはいつだって飼い殺しにしている。
「・・なぜここにいる」
「あ? ・・ナンパされたんだよ。コイツに」
ひどく楽しげに金色を染めて、ハレルヤがあごで示したのは一心不乱にボタンを連打するだった。すぅと細められる深紅にハレルヤはその笑みを深くし、まるで右から左に言葉を受け流しているか、もしくはまったく話など聞いていないの首に、その長い腕を巻きつけ 「ちょ、ハレルヤ邪魔!」 ・・ようとして思い切り振り払われた。金色が苛立ちに歪む。
「テメ・・話聞いてんのかよ?」
「聞いてるわけないだろ、この状況で」
「威張んなボケ」
「うるさいアホ」
ああホラ、ハレルヤが邪魔するからまた死んだ!
ぎゃんぎゃん吠えるに、「テメェが下手くそなのが原因だろーが」 と至極真っ当なことをハレルヤが言ってのけるから始末に終えない。本来なら本人たちとはまったく関係のない場所で罵りあいをはじめる馬鹿二人、簀巻きにして川に沈めてやろうかとティエリアは半ば本気で考える。
そんなバカ共を聖母マリアのごとき微笑で見守るアレルヤによると、どうやらあれはアレルヤとハレルヤを見間違えて声をかけたらしい。ちょうど席を外していたアレルヤが戻ってきたときには既に、二人は意気投合していたという。行動基準は反射神経、思考力と瞬発力がほとんど同じ意味を持つ阿呆二人は、なるほど気が合うのかもしれない。ティエリアはその眉間に皺を刻む。
「大人しくキュリオス使っとけ。もう俺が育てたからそう簡単にゃ死なねェんだよ」
「やだ。エクシアがいい」
「・・・犯すぞこのアマ」
「潰すぞコノヤロー」
ハレルヤ!、と双子の兄が弟を制するのと、ティエリアが無言での頭をひっぱたくのは同時だった。
「いったぁ・・! 何すんだよティエリア!」
「貴様は何を口走っている!」
「“潰すぞコノヤロー”」
「誰が二度も繰り返せと言った!」
再び振り下ろされたティエリアの制裁が、の頭でスパンとはじける。片手ではたかれたところを押さえるのは相応の反応だが、残りの手がゲームを離そうとしないあたりがあれらしい。「二度もぶった・・! 父さんにも殴られたことないのに!」 と口の中でもそもそ呟いて睨みあげるその漆黒には、涙の膜がうっすら浮かんでいた。ティエリアはそれを、彼の持ちうる限りの嫌悪をこめて睥睨する。
「君は女性としての自覚がないのか」
「・・・・・・」
「いやそこ黙り込むところじゃねぇだろ、。嘘でも即答しとけよ」
おー、よく伸びるほっぺただなー。
ハレルヤの骨張った長い指がの頬をつまむ。むに、という擬音語が聞こえてきそうな状態のまま、それはハレルヤに多大な不服をこめた漆黒を向けた。切れ長の目をすぅと細め、黙っていれば悪くない表情を盛大にしかめて。
「はえるやのへーらろ」
「ハッ、何言ってっかさっぱりわかんねー」
「・・・・・・・・」
ひゅ、と空を切る音がして、ティエリアが反射的に身体を引いたその前をの拳が横切った。ひくりと引きつる頬をティエリアは自覚している。もう少し利口だと思っていたが、あのバカの判断材料はやはり反射が多くを占めているらしい。から繰り出された直接的な攻撃に、アレルヤは呆気にとられて目をぱちぱち瞬かせている。ティエリアは思わず舌打ちを漏らす。ハレルヤを制止しうるのはあくまでも、アレルヤただ一人だというのに!
「
――おっと、やんのか?」
の拳を易々と受け止めて、ハレルヤはその金色を挑発的に閃かせた。獰猛で貪欲な、まるで飢えた獣のような金色。並の人間であれば、ただそれだけで白旗を揚げるだろう。けれどティエリアはほとんど無意識に深いため息を吐き出していた。あれが “並の人間” でないことは、もう重々理解している。手に取るように分かるこの先の展開が、頭痛の種以外の何になる?
「ケンカ売ってきたのはそっちだろ」
「・・ハッ、威勢のいいこったなァ!」
ものすごい勢いで飛び出したハレルヤの腕が、の襟元を捕まえるよりはやく。まるで猫の子でもつかむように、その襟首を問答無用で引きずり上げたのはティエリアで 「首、首絞まってますからぁああ!」 ハレルヤの腕は空を掠めた。虚を衝かれながらも第二撃を繰り出そうとしたハレルヤだが、にっこりと笑う銀色に出会い、まるで “お手上げ” とでもいうように両手を挙げる。
―――「わぁーってるよ、冗談だろーが。遊びだよ、遊び」
「・・・世話をかけたな」
「別に、なんてことねェよ」
たいして気を害した様子もなく、ひらひらと手を振るハレルヤを一瞥してティエリアはため息を漏らす。びくりと首をすくめて身体を小さくしたに、もう一つ大きな息を吐き出しながら彼は諦めたように言葉を零す。
「
――・・帰るぞ」
心地よい水槽
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心地よい水槽 / ジャベリン
writing date 08.06.26 up date 08.07.12
ハレルヤ登場! やっちまった感が否めない。