Colorful

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あれの部屋にある本棚は、いかにも混沌としている。少年漫画がずらりと揃えられた隣に恩田陸や江國香織が並び、生化学や分子生物学の分厚い参考書が並ぶとなりに東野圭吾や司馬遼太郎が収められ、隙間を縫うようにそのほか様々なハードカバーや文庫本、それにCDケースが押し込まれている。それはほとんど、本棚というより押入れだった。襖がついていないだけよほどたちが悪い。

作者ごと、タイトルごとにきっちりあいうえお順で並べないと気のすまないティエリアにしてみれば、どうしてそのまま放置しておけるのかさっぱり理解できない。けれどもっとわからないのが、そんな雑然とした状態にあるにも関わらず、あれは本の位置をほとんど正確に記憶していることだった。「多分これ」 という根拠も何もないくせに、あの細指は大抵のばあいティエリアの目的を引き当てる。なんだかそれが妙に癪に障り、順番をぐちゃぐちゃにしてやったことがある。もちろんはティエリアが本の順番を変えたことに気付く様子はなく、けれど一向に見つからない目的を探していつもの3倍の時間は本棚のまえで唸っていた。実際のところ、あれは頭がいいのかそれともただの馬鹿なのか。ティエリアはそれに答えを出していない。

その本棚の一角、所々に大きな×印の書かれたカレンダーの横には、少し前――1ヶ月前になるだろうか、あれが受け取ってきた小さなガンダムのフィギュアが鎮座している。どこからどう見ても、この部屋にあるのに似つかわしくないその玩具はうっすら埃を積もらせながら、けれどそこに居座り続けている。・・・もう1ヶ月以上も、そこに。



「お客さま、プレゼントをお探しですか?」

ティエリアの世界は、彼にとって必要か否かという判断に重きを置いている。たとえば今、彼に話しかけてきたショップの店員――若者をターゲットにした売り場だからか、無理をして塗りたくったらしい化粧のにおいが鼻を刺す、どう贔屓目に見たって30代前半と思しき女――は、彼にとっての不要だ。人工的に彩られた口唇を吊り上げ、ばさばさと音がしそうな睫毛の奥でそろばんを弾く音がする。それは金銭的な、というより自身の容貌に基づくものであることを、彼は経験的に知っていた。ティエリアは美醜に関して無関心だが、自身のそれが他よりも幾分か優れていることと、それが要らぬ好奇心や興味を引くことを知っている。

「・・・別に、なにも」

ティエリアは彼女に視線の一つもくれてやらない。興味も関心もないのだ、くれてやる愛想などない(第一、彼が有している “愛想” は常人の10分の1にも満たない)。ぴし、と笑顔のまま固まってしまった店員に見向きもせず、ティエリアは綺麗に陳列された品物を無感動な瞳で眺めた。・・・人混みはやはり嫌いだ。

「ティエリア。なにか気に入ったのは見つかった?」

まるで何かから逃げるように、アレルヤ・ハプティズムがするりと隣に滑り込む。きちんと鍛えられた彼の体つきは決して小さくなどないし、前髪の間からのぞく銀色の瞳はどことなく鋭い。けれどその第一印象の割に物腰は穏やかで言葉は優しく、それがよりいっそう彼をお人好しに見せている。お節介をお節介だと告げることのできないアレルヤは、言うなればきっと鴨がねぎをしょってきたも同然なのだろう――店員を処しきれなくなったアレルヤが、彼らをきっぱりすっぱり跳ね除けるティエリアを頼るのは珍しい光景ではない。

「別に。だいたい俺は、君の用事に付き合わされているだけだ アレルヤ・ハプティズム」
「あはは、それもそうだね」

今日の予定を全て終え、帰路に着こうとしていたティエリアを呼び止めたのはアレルヤで、どうやら彼はプレゼントを買いに行くための連れを探していたらしかった。アレルヤがただ一人で買い物に出向いた場合、目的とは別のものを山のように買い込んでくる厄介な性質は、彼自身が一番理解している。

「でもティエリア、君は君自身の用事があったから、僕に付き合ってくれたんじゃないのかい?」
―――・・は?」
「・・違うの? 僕はてっきり、さんになにかあげるものを探しているのかと思ったんだけど」

何の脈絡も前触れもなく、けれどまるで当然のように飛び出した名前にびっくりしたのはティエリアだ。夜空に浮かぶ月のような銀色はわずかなてらいもなく注がれ、ティエリアはほとんど反射的に一歩後ろに体を退く。彼は一体、なにを言っているのだろう。一瞬にして混乱をきたした思考の中、胡乱な目を向けるティエリアにアレルヤはふわりと笑う。

「だってティエリア、置時計とか写真立てとか・・置物ばかり見てるから」
「・・どうしてそれが、そういう話になるのか理解に苦しむ」
「だって君の部屋にはもう時計はあるし、写真を撮るのも撮られるのも好きじゃないって前に言ってたから・・・じゃあさんにあげるのかなって思っただけで、他意はないよ」

――このアレルヤ・ハプティズムという人間は、ほえほえと柔らかく笑う表情のままで、時折こちらがぞくりとするような聡さを滲ませる。それは例えば目聡さや耳聡さだったり、心の裏側をひょいと覗き込む図々しさにも似ていた。しかも彼の場合、覗き込むだけでは飽き足らずそれを手の平にそおっと掬い上げてティエリアの眼前に晒す。ティエリア自身が気付いていなかったものを、アレルヤは目の前で拾い上げるのだ。

「・・・・・・・・・」
「違っていたのならごめん、謝るよ」

そんなつもりでここまで来たのではない。これが嘘偽りのないティエリアの本心だ。自分はただ、アレルヤの買い物に付き合わされただけで、他に何の用事があるわけでもない。もちろん、あれに何か買ってかえろうなんて――言語道断だ、ありえない。けれどアレルヤの指摘どおり、自分が先程から小さめの置物を、わずかなスペースにおける物ばかりを見ていたのは否定しようのない事実で、だからティエリアは続く言葉を見失う。まるで乾いた地面に吸い込まれる雨粒のように。アレルヤの言葉は一瞬にして白に染まったティエリアの思考にすうと吸い込まれていく。

――でも、折角ここまで来たんだし。何かいいのがあったら、買ってみれば? きっと喜んでくれるよ」



―――・・なにこれ、」

がさがさと包みの中から取り出して(包装紙を何の遠慮もなく、バリバリ破るあたりがこの阿呆らしい)、はひどく神妙な顔でそれを見下ろした。みずみずしい緑と、わずかな土のにおい。それを突きつけたのはティエリアだが、彼は手元の本から目も上げない。

「なんでいきなり観葉植物? え、これ食べられるとかそういうオチ?」
「・・・・・・・君は食べるのか? それを?」
「冗談だよ」

ピン、と指で弾くとわずかに揺れる緑の葉っぱ。片手にのる程度の小さなそれを見つめて、彼女はなおも不思議そうに首を傾げた。――― 「なんで、いきなり?」

「・・迷惑だったか?」
「や、そんなことは全然。でもいいの、ほんとに貰っちゃって」
「・・・ああ」
「えーとさ、もし万が一、枯らしても 「・・・・・・・・」 わかった、枯らさないよう最大限努力します、はい」


臆病な一等星は歌う


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臆病な一等星は歌う ... ジャベリン
writing date  08.06.17    up date  08.07.22
限りなく白に近い灰色のアレルヤを書けて満足です。(水城さん、ネタ提供あざーっす!)