Colorful
:39
抜けるような青空、もくもくと積み重なった白い入道雲、大地を照らす眩しい太陽とそして、そこらじゅうに鳴り響いているセミの悲鳴。
―――まったく、窓から見える景色の全てが忌々しい。エアコンの冷気に満たされた部屋の中、黙々と活字を追っていたティエリアは窓の外に目をやり、その秀麗な面立ちを心なしかゆがめた。締め切っている窓の向こうから、外で遊ぶ子どもの声が聞こえてくることがティエリアには信じられない。このクソ暑い日に、どうしてわざわざ好き好んで熱中症になりにいく? エアコンのない場所にいくなどもってのほか、狂気の沙汰以外のなにものでもない。
だから、聞こえてきた呼び鈴の音もティエリアは無視する。こんな夏の日に外に出る人間など理解できないししたくもない、無遠慮にティエリアを呼びつける人間に心当たりがあるだけ、彼は小指の一本だって動かさなかった。思考の隙間に入り込んでくるセミの声がいい加減わずらわしい。
十数秒の沈黙は、嵐の前触れにも等しかった。一度目の呼び鈴の後、呼び鈴の連打という迷惑極まりない、こちらの神経を逆撫ですること甚だしい手段でティエリアの思考に介入した阿呆が誰かなど、考えるまでもなく答えは出ている。ハレルヤに借りた(強奪した、というほうがニュアンス的には近い)ゲームに夏季休業中の時間を利用して勤しんでいるらしい阿呆が無駄に身につけた技術を、我が身で持って知る羽目になるとは、誰が予想しえただろう。このまま無視を続けよう、という姿勢をティエリアが貫けたのはわずか三秒、四秒目には本を放り出して玄関のドアノブをつかんでいた。
「ちわーっす、三河屋でーす」
「・・・・・・・・・・・・お前は何がしたいんだ・・」
玄関の戸を開けた瞬間に立ち込めるむわっとした夏の熱気と、ティエリアの予想を裏切らずそこに立っていた人間、そしてその阿呆が両手で抱えている物体にティエリアは怒鳴りつけるセリフを忘れ、代わりに口から飛び出したのはそのままコンクリートの地面にめり込むんじゃないかと思うほど重々しいため息だった。メガネの上から片方の手で顔の半分を覆うティエリアの存在などまるで無視して、は慣れたようにその身をドアの隙間に滑り込ませる。
「おじゃましまーす、ティエリア冷蔵庫借りんねー」
ぽいぽいっ、とサンダルを蹴り上げるようにして脱ぎ捨てたは最短ルートでキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けるその一歩手前で動きを止めた。なにすんだよう、と後頭部を直撃した痛みに振り返った彼女は、背後に立つそのひとに思わず口をつぐむ。仁王立ちするティエリアの手にロンギヌスの槍を見た、と彼女は後日ハレルヤに語った。
「なにをしようとしている」
「・・なにって、見ればわかるだろー。スイカ冷やそうとしてるんだよ」
このスイカというのがまた、スーパーの店頭によく見かけるカットされたスイカではない。丸々としたそれはの頭よりも大きく、それはもちろんティエリアの頭よりもずっと大きい。んしょ、と大事そうにスイカを抱えなおすあれの額には汗が浮かび、その頬は赤く上気していた。・・・まさかこの馬鹿、炎天下の中ここまでそのスイカを抱えてきたとでも言うつもりだろうか。
「もー、なんなんだよ言いたいことあるんならさっさとしろっての! これ重いんだからさぁ、」
「・・・・・・・・・・・」
「入れていい?入れていいだろ?入れていいよね? はい、入れまーす」
普通、他人の家の冷蔵庫を許可なく開けるという行為は自重すべきものなんじゃないのか、とか、なにを平然と他人の家の冷蔵庫にものを入れようとしているのか、とか、そもそも家主が許可を与える前に部屋に上がりこむのはどうなんだ、とか瞬時に浮かんだあれこれは結局、ティエリアの口から飛び出すことなく終わる。そんな世間の一般論が通用する相手ではないことを十分すぎるくらい知っていた、言うだけこちらが損をする。
――だからティエリアは、スイカを入れるスペースを確保してそれをようやく手放した阿呆が、「あ、このお茶貰うねー」 とこちらが許可を出すよりはやくグラスを手にとってペットボトルのそれを注ぎ、ぐびぐびと飲み干すのも見逃してやった、・・・苛立ちに表情筋を痙攣させながら。
「ふは、やっぱティエリアの部屋クーラー効いてて涼しー。極楽だね、ごくらく」
二杯目のグラスを手に、室内の空気を循環させるためにつけていた扇風機を自分の前で固定して、あれは全力で涼を取っている。講義がないからか、珍しく結わえられていない黒髪が風にさらさらと流れる
――見方を170度くらい変えれば確かに女に見えないこともないが、如何せん扇風機の前で 「ワレワレハ宇宙人ダ」 などと声がぶれるのを楽しむ馬鹿だ、筋金入りの馬鹿だ、正論がまかり通るはずもない。
「・・・・・・・・どうして俺の家なんだ。冷蔵庫はお前のところにもあるだろう」
「えー、だってあんなでっかいスイカ入んないもん。ティエリアのには食材とかあんま入ってないから大丈夫かなーって」
じゃあスイカ丸々一個なんて買ってくるのはやめろ、という至極常識的な言葉はきっと通じない。
「・・・・・・・・どうしてそんなもの買ったんだ・・」
疲れ果てたため息と共にそう零したティエリアを見上げる漆黒は、まるで虚をつかれたようにまんまるに見開かれる。普段は男のそれのように切れ長の瞳は、まあるくなると途端に面立ちを幼いものへと変える。あれの表情は、笑みの形をした顔は盾だ。最後の最後で決して本心を悟らせないあれが、自己を守るために構える盾。ロックオンやアレルヤとおなじような意図で用いられるその盾はしかし、彼らのものよりはティエリアの前で幾分か容易にボロを見せる。入った亀裂の隙間から、作られたものではないあれの表情がちらりとのぞく。ス、と彼が眉間にしわを寄せるのと反対に、彼女はへらりと破顔した。
「そっかー、ティエリア引っ越してきたのって4ヶ月?くらい前だもんな。そんな感じ全然しないけど、」
「・・・・何の話だ」
「うん、あのな、今日 花火大会やるのは知ってる?」
そういえば、最近そんなポスターを見かけた気がする。詳細を確認することなく通り過ぎたが(ティエリアは人混みが嫌いだ)、なるほど今日が開催日だったのか。小さくうなずいたティエリアに、はひどく嬉しそうに笑みを濃くした。
――のそれが頻繁にこぼれるものではないことを、ティエリアはもう知っている。
「結構大きな花火大会でさ、人もかなり見にきてすっごい混むんだけど、このアパートからすっごいよく花火見えんの! 去年かるく感動してさー」
「・・・・・それで?」
「うん、折角だからティエリアと一緒に見ようと思って、なんかもう声かけた気でいた。ごめん」
「・・・・・・・・それがどうしてスイカにつながる?」
「花火と言ったらスイカでしょー! 絶対外せないね、これは」
それでどうして一玉買うことになったのか、というティエリアの質問に帰ってきたたった二文字の言葉は、彼女という人間の本質を表しているといえるだろう。ティエリアは薄々予想しつつも、返ってきた予想通りの言葉に思い切り顔をしかめ、そして盛大なため息をついた。深く息を吐き出しながら、けれど思わず苦笑が漏れる
――巧妙に本心を包み隠すわりに、あれの行動は時々どこまでもわかりやすい。
「
――・・ノリ!」
午後の蝉時雨
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085:午後の蝉時雨 ...鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date 08.08.07 up date 08.09.05
私は、並んで花火を見る二人が書きたかったんだ(なのになんでスイカの話で終わっちゃうの?)