Colorful
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これはチャンスだ。アレルヤは黒い革張りの手帳(ロックオンに誕生日プレゼントとして貰ったものだ)に、いま聞いたばかりの予定を書き込みながら心の中でそっと呟く。
――これはチャンスだ、千載一遇の。夏休みに入る前から、気になってはいたのだ。それまで、その可能性について考えたことなどこれっぽっちもなかったし、そのときだって全然信じられなかった。けれどよくよく考えてみると、確かにそんな気がするような、気がしないこともない・・かもしれない。言いだしっぺのくせに、それ以降どんなに慎重に、さりげなく話題にしても 「だァから、俺の気のせいだって」 と言うばかりで全然相手にしようとしない双子の弟は、きっとそのことについて喋る気がないのだろう。一度決めたらそう簡単に揺るがないハレルヤの頑固さを、アレルヤは十分よく知っている。同じように首をかしげていた刹那は置いておくとして、ロックオンに話を聞こうかとも思ったけれど、ハレルヤが喋らなかったことを彼から聞き出すのはもっと難しいようにも思われたし、本人たちの知らないところで話をこそこそ聞きまわるのはなんというか、フェアじゃない気がしてやめた。
本人たちに知られないように話を聞くことを是としないのなら、アレルヤが取れる行動は必然的に限られてくる。それに、噂や憶測ではない本当のところを尋ねたい・・・そうなると本人に直接聞いてみるのが一番いいに決まっている。けれどアレルヤがそう決意したのはもう2週間も前の話で、彼は未だにもやもやした思いを抱えていた。最大の問題は夏休みに入ってしまったことで、個々の研究テーマを与えられる段階にはないティエリアやアレルヤは、別に毎日研究室に顔を出す必要がなくなってしまったせいである(ロックオンやスメラギは、研究室にほとんど缶詰同然だ)。それでも一週間のうちに何度かは研究室へ向かい、実験なり手伝いなりをこなすわけだが、それも強制ではないために顔を合わせることが極端に減ってしまった。アレルヤの考えではできるだけ自然に、「さっきマルチーズを見かけたんだけど、すごくかわいくて・・やっぱり犬っていいよね」 と同じようなさりげなさで質問を投げかけたいのだ。研究室に出てくる予定を聞いて、それにわざわざ合わせるなんてのは余計な警戒心を煽る。予定を尋ねただけで何をそんなに、と思われるかもしれないがそれは違う。これからアレルヤが質問しようとしている人間は、ただそれだけで絶対零度の視線をよこす可能性が十分あるのだ、慎重になりすぎるということはない。
だから、「な、アレルヤ明日の夜ひま? 花火しない?」 という電話を貰ったときには、思わずガッツポーズをするところだった。渡りに船、とはまさにこのことである。大勢で騒いでいるときのほうが会話のプライバシーが守られることは十分ありえる。花火となれば時間は夜、多少話し込んでいてもなんら不自然ではないはずだ。この機会を逃すわけにはいかない。ハレルヤも誘っていいかい?、と電話口の相手に尋ねながら(「えー・・あー・・うん、でも忙しいなら無理して来なくてもいいよって伝えて、」 と向こうは応じた)、アレルヤは明日の日付をボールペンでぐりぐり囲み続けていた。勝負はもう20時間後に迫っている。
これはカンだ。なにかそう考えるに至った証拠があるわけでも、根拠があるわけでもない、完全なるヤマ勘。けれどハレルヤは自分のそういう直感を決して蔑ろにはしていなかった、むしろあながちバカにしたものではないと冷静に評価している。にこやかに電話に応じる双子の兄が、またなにかやらかしてくれそうな気がする
――“また” というのは何も、ハレルヤの被害妄想ではない。「今夜はなんだか、酔わない気がするんだ」 と自信ありげに語ったその十分後、普段はならない涙製造機と化した兄の面倒を看させられた身としては、そのくらいのことを言わせてもらってもバチは当たらないと思う。
確かな根拠があるわけではないが、まったく思い当たりがないわけでもない。事実、ここ最近のアレルヤはどこかそわそわしていて、向けてくる話題の着地点がひどく似通っていた。・・あのガキどもの現状をよくよく把握する前にこぼした言葉に、そのときはサラッと流したくせに今になってがっつり食いついてくるのだからまったくタチが悪い。血の繋がった兄だからとかいう贔屓目ではなく、アレルヤは十分すぎるほど思慮深いし、彼は彼なりに色々考えた結果が今につながっているのだろうが・・・なんというか、時期はずれな感は否めない。出会ってから日の浅いハレルヤでさえそう思うのだ、ロックオンなら尚更だろう。それにあいつらの間には、前に自分が疑ってかかったような、今アレルヤが疑ってかかっている繋がりがただあるだけではない気がする。ほんの些細な出来事で、これまでのすべてがぷっつり切れてなくなるような危うさ。・・いや、それよりもっと危なっかしいのは、それがぷっつり切れてなくなった後なのかもしれない。どこをどう考えてみても、奴らが一度切れたものをまた繋ぎとめようとするとは思えないのである
――甲斐性なしといえばそれまでだが。
「明日、花火するんだって。ハレルヤも行くでしょ?」 確かに花火が楽しみなのもあるだろう、夏休みに入ってあまり顔を合わさなくなった友達と会うのが嬉しいのもあるに違いない。けれど、完璧すぎるほど完璧なアレルヤの笑顔にはもっとなにか、理性的なものがあるような気がした。嬉しそうに細められる銀色の瞳の奥に、確固たる意思が光となってゆらめく。・・なんかやらかす気だな、こりゃ。ハレルヤは胸のうちでそっと嘆息した、こうなったら誰にも止められない・・止めることのできる勇者のツラを一度でいいから見てみたい。「ねぇハレルヤ 去年の残りの花火って、大丈夫だと思う?」 とわずかに声を張り上げて床下収納をひっくりかえすアレルヤに適当な返事をかえしながら、ハレルヤは天井を仰いだ。脳裏に浮かんだ紫と黒に、軽く手を合わせる。悪いが俺は、手助けしねーぞ。
妙な空気だった。色鮮やかな光を伴ってパチパチ爆ぜる花火を手にの隣にしゃがんだ刹那は、きょとりと周囲を見回す。時刻は夜8時、河原には自分たちと同じように花火を楽しむグループや家族連れが、それぞれ思い思いの時間を過ごしている。ベンチに広げた大量の花火を前に、次どうするか思案しているらしいハレルヤ。片手にたくさんの花火を確保した状態で悠々と花火を楽しむ。川の風からろうそくの火を守るのに一生懸命になっているアレルヤ。少しはなれたところでひとり黙々と花火を見つめるティエリア。(ちなみに 「俺も行く!」 と駄々をこねたロックオンは、スメラギとともに学会発表の真っ最中である。)なんのことはない、刹那もよく知っている無理のない面子。
じゃあ、この違和感はなんなのだろう。思わず首を傾げたとき、不思議そうにこちらをのぞきこんでくると目が合って、刹那はゆるゆると首を振った。彼女の片手に握られている未使用の花火を一本拝借し、火のついている花火から直接火をもらう。「んじゃ俺も、」 と手の中に握られた花火を抜き取ろうとしたハレルヤと、それを阻止すべくがっちりこぶしを固めたとの間で火花が散り、刹那はするりとその場を抜けた。刹那の考えるところでは、この妙な空気の出処はアレルヤだ。別になにか変わったところがあるわけではない、ただ消去法で考えた結果、残ったのがアレルヤだっただけ。けれど刹那は、その考えを全面的に受け入れることに決めた。彼なりの熟考を重ねた結果だったし、なんとなく双子の弟であるハレルヤがちらちらアレルヤを気にしているような気がしたからだ。
持ち寄りで集めたたくさんの花火の中から一本を選び出し、刹那はあたりを見渡す。さっきまでいた場所では、ハレルヤとが両手に持った花火を振り回して遊んでおり、ベンチを中央に挟んだ反対側では、ろうそくの火を守ることを諦めたらしいアレルヤとティエリアが静かに花火を手にしている。・・どちらに火をもらいに行くかなど、悩む余地は少しだってなかった。
―――だから、刹那がそのセリフを聞いてしまったのは完璧な偶然で、故意などでは決してない。立ち聞きするつもりなどさらさらなかった、誓ってもいい。
「
―――・・ねぇ ティエリア。君は・・・さんのこと、好きなのかい?」
突発モノローグ
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089:突発モノローグ ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date 08.09.07 up date 08.09.20
アレルヤ・ハプティズム、貴公の戦果を期待します!